毒親の元から飛び出して一人暮らしを始め、心の平穏と自由を得た話。

体験談 政宗

どうも、久しぶりの投稿になります。
過去の二つの投稿はこちら↓から見られます。

【記事リンク】
・精神疾患と向き合い続けた僕が辿り着いた、たったひとつのサバイバル技術
・自分が存在する意味はあるのか? 精神疾患と希死念慮に向き合い続けた僕の死生観

出来れば最初の投稿に目を通してから読んでいただくと、今回の話もすんなりと飲み込めるのではないかと思われます。一万文字越えの長文ですが、なにとぞ目を通していただけたなら幸い。

さて、最初の投稿の終盤、僕は父と和解して同居に至ります。

その同居から約三年、父とは色々なことがありました。

時に殴り合いの喧嘩をしたかと思えば、時に居酒屋で一緒に飲んだり、仲がいいのか悪いのか自分でも正直よく分かりません。まあ普段の言動からしても、これは毒親だなあと思いつつ、あまり重くとらえず一定の距離を置いて生活していました。

そして去年末から今年の6月の間に、父が色々とやらかしていたことが判明しました。
具体的には書けませんが、父が借金の塊みたいな状態になっていたと思っていただければ助かります。

最初のうちは殴り合いの喧嘩になってしまいましたが、終盤の僕は完全に諦観しておりました。
「もうどうしようもねえ、沈む泥船に乗り続けて一緒に沈むか?」そんな考えも浮かんでいました。

「でも誰にも相談しないで破滅するのは嫌だ。何か手段があるはずだ、絶対にあきらめちゃいけない。」

そう思って7月ごろ、所属しているバンドメンバー(ドラムボーカル)に相談をしてみました。

ドラムボーカル氏は自身の住んでいるアパートの持ち主でした。つまり持ち家。

彼はボードゲームとか人狼ゲームつながりの友人に部屋を貸していました。(ついでに話すとバンドメンバーのキーボード氏も住んでいる。)

そしてこんな会話が繰り広げられます。

ドラムボーカル氏「うちのアパートあと一部屋空いているけど、住む?」

暗闇に一筋の光が見えた瞬間でした。

僕「住む!!!」

こんな感じでドラムボーカル氏のご提案に二つ返事をし、話がトントン拍子で進みます。

そしてさらに嬉しいことは続きます。ドラムボーカル氏が自身の親御さんに、こういう人が引っ越してくるよと、僕の経歴やどんな人間かを話しておいてくれたところ、「その人うちの会社でバイトとして働いてくれないかな。」とオファーが来たのです。

引越しの前に会社の面接を受け、無事合格。
事務業務で現場日報の処理をしつつ、現場業務の流れを掴めてきたら、自社のブログ記事を書いてほしいとのお話を頂きました。

そして引っ越し完了、埼玉県民だった僕は、横浜市民になったのでした。

今はアパートの友人たちと休みの前日等に遊んだり宅飲みをしたりしながら、バイトをする生活。バンド活動も以前のようにスタジオに行くために埼玉→横浜へという移動がなくなり楽になりました。

そんなこんなで今の僕はとても自由です。

引越しの折に、父から絶縁宣言を食らい、責任ある自由を手に入れた僕はこれからどこへ向かうのか?自分で決めて進む道ですが、とてもワクワクしています。


【執筆者】
政宗 さん

【プロフィール】
鬱と自律神経失調症と不眠と自殺未遂を経験し、現在統合失調症の治療を受けている30歳です。

twitter : @b3masamune


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