ずっと普通になりたかった。でも、普通になることが正解じゃなかった。

コラム ヤサシイキカイ

昨日、初めて他人から「普通だね」と言われた。

ずっと普通になりたいと思ってた。「変わってるね」と言われるのが嫌だった。普通のことをしているつもりなのに、「個性的だね」と言われるのが嫌だった。みんなと一緒がよかった。

個性的なんてなにもいいことないじゃん。「個性的なのはいいこと」「違うのはいいこと」とか言って、結局はみんなと一緒のことをできる人が選ばれるじゃん。

 

発達障害の診断が出た時、こりゃもうダメだと思った。普通になるのは諦めようって思った。思ったけど、頑張るのはやめなかった。

みんながどうやって話してるのか聞き続けて、ちゃんとそれを身に付けた。お世辞も言えるようになったし、たわいのない雑談も多分もう完璧だ。どんなことがあってもパニックにならないように感情のコントロールも練習した。心の中でどうしてもコントロールできない私がどんなに暴れまわっても、表には出さないでいられるようになった。

まあ時々「うー」とか「あー」とか言っちゃってるけど人前では平然としてるはず。片付けはまだちょっと苦手だけどなんとかなる。家事はもう一通りできるから一人暮らしだって余裕。電車に一人で乗れる、どんなに遠いところでも一人で行ける。

そこへ他人からの「普通だね」指摘だ。もうこりゃ完璧だ。私は完璧に普通になった。

 

でもおかしい。ようやく普通になれたのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。

毎日死にたいし、毎日何かに怒っているし、毎日悲しくて泣いている。いや待てよ、普通が楽だなんて誰が言った? よく思い出してみろ、普通が「楽だ」なんて誰も言ってなかったよな。本当は誰とも話したくない、必要なことしか喋りたくない。ベンチにのほほんとした顔で座ってるけど心の中は大パニック。電車は怖い、バスも怖い、大学も怖い。いろんな人の目線が怖い。少しずつ無理が積み重なっているのが自分でもよくわかる。毎日とてつもなく死にたい。死ぬならここと決めている場所にわざわざ行ってはバカみたいに泣いて帰ってくる。

私は普通になるために頑張った。そして今日も「普通だ」と言ってもらった。悲しくなった。どうやら私は目標を間違えていたらしい。

本当は変と言われる自分を認めてあげるべきだった。認めてあげる努力をすべきだった。私はあなたとは違うけどこれはこれで別によくない? って。

周りに迷惑をかけているわけじゃないなら無理をする必要はなかったと今になって気づいた。無駄な努力をしてしまった。話したくないならわざわざどうでもいいことを話す必要はなかった。外が怖いなら誰かに一緒に出かけてって頼めばよかった。一人でそつなくやるための努力じゃなくて、他人の力を借りるために必要な努力をすべきだった。

どうして間違ってしまったんだろう。どうして普通が楽だなんて勘違いをしたんだろう。自分が自分らしくいられることが本当は一番よかったんじゃないのか。周囲に溶け込むことと、周囲と同じになることは全然違うんじゃないのか。

 

これから私はしょーもない普通になった私を大事にするしかない。どうせ大事にするならそのままの私を大事にしてあげればよかったと思う。無駄に悲しくなってしまった。

 


【執筆者】
ヤサシイキカイ さん

【プロフィール】
大学5年生


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