苛烈な教育虐待の末「18歳になるまでに死のう」と決意した話

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初めまして、メンヘラ歴は9年のまだまだ新米メンヘラ、ももと申します。

精神科にはまだ一年と少ししか通っていません。
現在、双極性障害Ⅱ型と診断されています。お手帳は3級です。

 

私は小さい頃はドリル、幼稚園に入る前から教育するプレ幼稚園、小学校受験は当たり前の幼稚園へ入園、公立小学校一年生から塾通い……と幼い頃から勉強漬けの日々でした。

そして親の希望と、ある種の洗脳により、中学受験することを決意。小学校三年生までは習い事であるピアノと個人塾、家でのドリルだけだったのでまだ楽でした。この頃が一番楽しかったかもしれません。四年生になると、中学受験専門の集団塾に入塾することになりました。もちろん、忙しくなるのでピアノも辞めざるを得ませんでした。

四年生の一年間は塾での新しい友人もでき、毎日楽しかったです。勉強に追いつくのには必死でしたが、その当時はただ学ぶことが楽しみでした。

五年生になると、成績別でクラスが分かれることになりました。幸いなことに、私は全ての教科で一番上のクラスに在籍することになりました。しかし、そのクラス分けは月ごとに行われるテストの成績で変わります。

当時の私にとって、上から下に『落ちる』ことは本当に恐ろしいことでした。家族からは一番上にいるから評価され、「下に落ちたら許さない」等の暴言を浴びせられていました。今思えば、自身の完璧主義はこの辺が原因なんじゃないかとも思います。

そのプレッシャーに打ち勝ち、なんとかずっと上のクラスに所属し続けることが出来ました。しかし、そのストレスは想像以上のものだったようです。

あまりに辛すぎて記憶を消したのか朧気にしか覚えていませんが、五年生の時には夕飯に食べたものをお風呂場で戻していました。吐いては食べ、また吐くという事を繰り返しました。また、太ももをガリガリと爪で引っ掻くこともありました。当時はその行為が自傷行為だとは気づいておらず、本当に無意識の行為だったと思います。

六年生になり、毎月のように模試、テスト……もちろん小学校に行きながらですから、休みなんてありません。この頃の記憶は、親に隠れて濃縮の白出汁を飲んだり、塩を舐めたり、コンソメのキューブを齧ったこと等しか覚えていません。

 

ここまで読まれた方は、子供の異変に鈍感な教育熱心な親だとしか思わないでしょう。確かに外から見たらそうだと思います。ですが、中では色々なことがありました。

髪を掴んで家中引き摺り回されるのは当たります。

今なら、虐待だと、誰かに訴えろと伝えたいです。しり前、真冬に全裸で外に出されて隣人の方がパーカーを貸してくれたこともありました。私が家にいるとき、勉強していないと蹴られました。首を絞められ、数日間声が出なくなったこともあかし、その時は私が悪いんだ、もっと努力しなくちゃ、とおかしな方向へ進んでしまいました。

努力の甲斐もあって無事志望校には合格できました。その学校でのんびり出来ればよかったんですが、中学一年生から大学受験に向けての講演会や模試、勉強、資格取得……とにかく忙しかったです。そんな毎日に心が休まるはずも無く、精神状態はどんどん悪化。中学一年生の夏休みに、初めてリストカットをしました。

それからどんどん自傷行為は酷くなり、担任にバレて命の大切さという名の偽善的な説教をされたり、その件の関係でクラス替えでもずっと同じ担任だったりと色々ありました。一つ一つ説明するととても長くなるので割愛します。

 

高校三年生になり、受験生にとって大切な夏休み。私は見事にメンタルを壊していました。私の誕生日は8月31日、夏休み最終日です。5月頃にはもう、18歳になるまでに死のうと決めていました。

8月4日、東急ハンズに首を吊る為の道具を買いに行きました。その日の夕方に、精神的なこととは無関係の病気で処方されていた抗不安薬を過剰服薬し、そのまま首を吊りました。死にきれませんでした。数度試したものの成功せず、次の日に化学の補習があるからもう寝てしまおう、と思って寝たのを覚えています。

翌日の5日、どうやって登校したのか、下校したのか、全く覚えていません。後日友人から「あの日大変だったんだよ」と伝えられたり、先生方に顔色が悪かったと言われたりしましたが、何も覚えていません。

そして6日に、これは駄目だと思って母親に「精神科に連れて行ってください」と懇願しました。すぐにはわかってもらえませんでしたが最終的には折れてくれて、当日たまたま予約が取れた病院に行きました。

 

それからも転院したり家がなくなったりとなんやかんやありましたが、生きています。私は19歳になりました。死ぬと決めた年から一年も生き延びました。これからもきっと、生き続けるんだと思います。

死ぬことはとても楽に思えるかもしれません。もうどうしようもなくて、死にたい、と思う気持ちはとても分かります。ただ、そんな時にこの文章を読んで、こんな奴でも生き延びてるんだなあとでも思ってもらえたら幸いです。

毎日生きてることを褒めてください。死にたくなったら、メンヘラ.jpさんを読みながらホットミルクでも飲んでください。

私が死にたくてどうしようもなくなったとき相談した、ある方が仰った言葉があります。

『生きてるだけで消費活動は起こる。存在するだけで変わるものがある。』

その変わる事は悪いことなのかもしれません。動けず、ただ寝たきりで死にたいと検索してここに辿り着いた方もいると思います。私もそうでした。

それでも、ただ生きているだけで、存在するだけで変わるんです。

私は、良い方向に変えられることを願ってこれからも生き続けたいと思います。

拙い文章をお読み頂きありがとうございました。皆様が平穏に暮らせるよう、微力ながら祈っております。

 


【執筆者】
もも さん

【プロフィール】
現在実家暮らしのニート。毎日死にたいなあと考えるも友人と話して気を紛らわせる日々。100万以上の貯金を母親に使い込まれてもなんとか生き延びてます。


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