本当に私は病気なんだろうか? 承認欲求を創作活動で満たす日々への不安

コラム 承認欲求 りるる

これを読んでいる人は今どんな時間帯に生きているのか、これを書いている今現在の私では到底わからないことなので、とりあえず挨拶は「はじめまして」にしておこうと思う。

現在、私はかなり長く付き合っている方と長い間一緒に暮らしている。その人はきっと私のことをちゃんと理解してくれていると思う。でもその人は要領が良い人ではないし、普通の人なら出来ることでもその人には出来ないことがある。

だからか、最近は特に不機嫌な事が多い。私は正直それにビクビクしている。私の代わりに朝から働いて、夕方~夜の時間帯に帰ってくるその人は、帰ってきたときの態度が日によってかなり違う。

機嫌がいい、または普通といった感じで帰ってきたとしても、その後の態度もそのままとは限らず、不機嫌に変わってしまうことも多い。でも私はこの人を働かせてしまっている張本人で、そんな存在だから不満は言えない。言っちゃいけないと思っている。

 

私はその人がいない昼間の時間や、その人が寝ている時間帯にパソコンを使って、創作活動みたいなことをしている。主に文章だったり絵だったり、まあそんなことだ。

それは熱中すればするほど今の私から「私の現状」を切り離してくれて、上手い・下手を抜きにして心が落ち着く。私にとって、そんな行為が創作活動なんだと思っている。もしかしたら、ただ思い込んでいるだけなのかもしれないけれど。

たまに完成したものをまとめて、みんなが知っているような創作活動系サイトで公開して評価をもらう。そのときにやっと、「求められているのかもしれない。私は生きていていいのかもしれない」なんて思う。自分でも狂っていると思う。

 

私は昔から承認欲求が強かった。最近までそれは悪だと思っていた。それでも、なんとなく書いたものや描いたものを発表して埋められる承認欲求は、なんだかとても健全に思えて安心した。

人によっては「そんな不純な動機、そんなの間違ってる」なんて言うかもしれない。でも、私は「これは間違っていない」と思った。正解らしい正解がないこんな人生の中で唯一と言っていいほど、ピタッとハマった承認欲求の解消法だった。

例えば無闇に誰かに抱かれる必要も無ければ、例えば自分を傷つける必要もないし、例えばわざと自分を自嘲して得る注目でもない。だからこの承認欲求を満たすための創作活動は、きっと健全なんだと。

そんな風に思いながらも私は怖い。いつしか好きな作品への熱が冷めてしまった時に、このとてつもない承認欲求はどこにいくんだろうと怯えている。怯えれば怯えるほど、私はさらに何もできなくなる。でも何もできなくなることはもっと怖いから、家のことも何もしないくせに、今日もパソコンに向かってメモ帳を起動させて物語をディスプレイへ映し出す。日によってはペンを持って色を置く。それさえすれば、今の私は生きていける。まるで水の中で気持ちよさそうに泳ぐ魚のようになる。

創作活動で他人と比べることはやめた。はっきり言えば私より文章が書けない人だって、絵が描けない人だっている。それと反対に、私より書ける人も描ける人もいる。そんな人たちと自分を比べてそれを自分の作品に落とし込んだら、それはきっと私の作品ではなくなってしまう。私がしたいもの、見たいものじゃなくて、みんなが見たいものになってしまう。

世界中に人は沢山いる。特に絵なんて、言語関係なくいいものはいいと評価される。私が好き勝手に好きなものを描いたとしても、その数え切れないほどいる世界中の人々の誰かは、きっと私にいいねと言ってくれる。私は、それを大事にしたい。きっと私にいいねと言ってくれる人の人生の端っこには私が刻まれているはずだと思うから。

 

そんな、創作活動で自分を保っている私だが、時々思うことがある。

医者の診断は気分障害(うつ病)、対人恐怖症、強迫性障害なんてものだけれど、創作活動に精を出せている私って、「ただ病気という言い訳がほしいだけの働きたくない屑」なのではないのかと。

創作活動ばかりで家の掃除も料理もしない。辛うじてすることと言えば、気が向いたときに食器洗いとお米を炊くこと、本当にたまに、洗濯物を干すくらい。要は、怠けたいだけのダメ人間なのではないか。

病気だと思い込んで、わざと診断をもらって、それにかじりついて言い訳をして人生から目を背けているどうしようもない存在なんではないか。

私はただ、本当に性格も悪くて屑で、嘆くくせに行動を起こさずに蹲っているようなどうしようもない人間なだけなのではないか。

存在自体が迷惑だったり、生ゴミみたいなものだったり、そういうものだからこういう思いを抱えているんじゃないか。

じゃあもし仮にその通りだとしたら私は病気じゃない。メンヘラでもない。ただのどうしようもない屑なだけである。働かないと、お金を稼がないと、一緒に住んでいる人はきっと私のせいで沢山の不幸を背負ってしまう。そういう考えが頭の中にあふれて、涙だとか鼻水だとか異常に出る汗だとか唾液だとかに変われば変わるほど、私は私を殺めたくなってくる。

自殺はしてはいけない、と人々はよく言う。それじゃあ私みたいなのはどうしたらいいのだろか。何も出来なくて何も利益も生み出せないような私は、どうしたら「生きていい」と思えるのだろうか。

今、私のこの重ったるしく、苦しくなるような文章を読み進んでくれている人はとてもいい人で、きっと私みたいな屑ではないのだろう。物語のように何も考えずに書き殴る文章はきっとかなり見苦しいし読みづらいと思う。それでもちゃんと見てくれる人はすごくいい人だ。私もあなたのようになりたいと思う。でも、どうしたらなれるのか全くわからない。

 

今回この文章は頭に血が上った状態で書いているので、きっと支離滅裂で何を言っているかわからないと思う。

起承転結もなければ序論も本論も結論もない。それでも、やっぱり私は私のままで何かを遺したくて、思い切ってこれを書いている。

私は、本当にメンヘラなのだろうか。

 


【執筆者】
りるる さん

【プロフィール】
はじめまして。ネットで複数の名前を持つメンヘラなのか未だによくわからない謎のカテゴリに入っている人間だと思いたい者です。
Twitter:@liliy_lilil


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2件のコメント

ゆきねこ 返信

はじめまして。
私は通院歴半年の「診断がついていないメンヘラ」です。(自分が思うメンヘラ歴は10年超)
一応、PTSDではないかと疑っています。
まぁ、疑っている疾患をあげれば、発達障害や社会不安障害もありますが…。

私も「ただ怠けたい屑」なのかもしれません。「障害」を隠れ蓑にしているのかもしれません。
あなたと同じように。
でも、他人に上記のことを言われたらブチ切れるでしょうね…。
矛盾していることは分かっている、でも、襲ってくる「症状」は紛れもない現実です。(私は、その「症状」すらも「休みたいだけなんじゃ…」と疑ってしまうんですけどね。厄介です。)

すみません。私も何を言っているのか分からないような文章になりました。
でも、あなたの文章に惹かれたのでコメントを残します。
本当にすみません。

りるる 返信

はじめまして。
掲載されるとは思ってなくて驚いています。

読んでいただき、またわざわざコメントでご意見していただきありがとうございます。とても嬉しいです。

私の感情に共感していただいた上に私の文章に惹かれたと言っていただけて光栄です。
どうすればいいか未だに分からない人生ですが、それでも今は頼まれて記事を書いたり描いたりし始めており、なんとなくこれでいいのかなと思います。
しかし、それをしていてもやはり唐突に不安は襲ってくるものだし、その度に自分自身を苦しめてしまいます。
これを読んでくれた貴方も、苦しみの度合いは人それぞれなので私にはぴったりと貴方の苦しみを理解することはできませんがその苦しみがいつか取れることを願っています。

今回は、コメントありがとうございました。

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