「完璧な人間になれないのなら死ね」完璧主義者を苦しめる極端思考

コラム ADHD 発達障害 ASD 希死念慮 あがつま ゆい

おそらくこのサイトにアクセスされている方にとっては「初めまして」になるでしょう。
あがつま ゆいと申します。

私は発達障害のADHDとアスペルガー症候群を併発していて、生きる上での気苦労というのは普通の人よりは多い身分です。

今回はその気苦労の一つである「完璧主義」について語っていこうかと思います。最後までご清聴して頂ければ幸いです。もちろん途中で離脱しても構いませんが。

 

子供の頃に芽生えた完璧主義


子供、と言っても小学1~2年生だった頃の話です。テストで100点は当たり前で、それが自分の誇りでした。今から思い返してみると、その頃は大して珍しい事や凄い事じゃなかったんですがね。

特に小学校の頃は、月1で漢字の読み書きと計算力を試すテストがあって、それで100点を取らないと怒られると思って(多分思い込みでしょう)、必死に勉強する小学生時代を過ごしていました。思い返せばこの時に「100点を取らないと親に認められない」という間違った考えが生まれて、それが完璧主義の基礎になったのでしょう。

そうして大学も何とか卒業して、企業に就職して、それなりに順調な人生を歩んでいたある日……詐欺の被害に遭いました。

それは完璧な私の人生において「絶対に」あってはならない汚点であり恥。それでいて「見ないふり」が出来ないほどの大きな事件でした。

「見ないふり」という言葉が出ましたが、子供のころから「欠点は見ないふり」をするのが得意でした。父親は「酒に飲まれて」暴れるし、母親は忘れ物が多くて買い忘れなんかもしょっちゅうするのですが、その「駄目な部分」を排除して父親も母親も完璧な存在だという事にしていました。もちろん自分の欠点も排除していて、大学の卒業が危ぶまれる事態になっても「自分は完璧だ」と思うようにしていました。ちなみにこの見ないふりというのは完璧主義者には良くある話だそうです。

そんな「カンペキだったボク」はこの事件をきっかけに完璧になれなくなってしまいました。すると「完璧な人間になれないのなら死ね」という考えが支配するようになり、毎日事あるごとに「死んだ方が良い」「死んだ方が良い」と自分に言い続けた結果……精神を病みました。

 

死にたいという声が聞こえる。それでも完璧主義を手放せない。


今では時々、猛烈に「死にたい」という思いが嵐のように吹き荒れるようになりました。その時は、普段は美味いと感じるラーメンを食っても砂を噛んでいるみたいに全然美味しくなくて「外食で無駄遣いする奴は死ね」という声が聞こえたり、週2で運動するときも「こんな事しても何にもならない。死ね」という声が聞こえてきます。

そうなると本当に何をやっても駄目で、対向車線を走ってるトラックを見ると「あれに飛び込めば楽になれるよ」という妖精のささやきのような声が聞こえて、ふと思いとどまると「残念だったね。でも次があるから頑張ろう」というささやきが聞こえたりします。

 

そんな害の多い完璧主義ですが、子供の頃に築かれた習慣を簡単に手放せるかというと、そうではないんです。「完璧主義を手放そう!」なんて無責任に言ってるサイトが多数ありますが、「そう簡単に捨て去ることが出来るのなら苦労しねえよ!」というのが正直な感想です。そういうサイトは正直言って「お前完璧主義で苦しんだことも無ければ振り回されたことも無いだろ?」っていう連中ばかりで、かなり頭に来ています。

完璧主義者が完璧主義を捨て去るというのは、手術で例えるなら「脳以外の内臓の半分を人工臓器に、残りの半分を他人から移植する」ような大事業で凄まじく困難だったり、人によっては不可能な場合もあります。何年も、人によっては何十年もかけて少しずつ修正していくしかないでしょう。風邪薬やインフルエンザに対するタミフルみたいに「飲めばたちどころに治る!」という特効薬はおそらく無いでしょう。

特に完璧主義者は全てにおいて完璧を求めるので、「一気に完璧に治らないのならそんな治療は無駄だ」と思って治療を拒否することも多いかもしれません。そこを何とかして治療を受けさせるのに相当苦労している人も多いでしょう。私自身、現在も治療中の身なので完治した経験というのは語れませんが「ほぼ100%の人においては過剰な完璧主義は無い方が良い」とだけは言えると思います。

 

「私と関わった人間が死ぬ所は見たくない」という身勝手で自己本位的な理由かもしれませんが、あなた……そうこの文章を見ているあなたには死なれて欲しくはないので、生きづらいかもしれませんが生きてください。

完璧でなくても多分誰も気にしませんよ。

大切な事なのでもう一度言います。「完璧でなくても誰も気にしない」よ。

最後までご清聴していただき、誠にありがとうございました。

 

追伸
この「あがつま ゆい」名義で各種WEB小説サイト、特にカクヨムというサイトをメインに活動中です。もしよろしければ応援よろしくお願いします。

 


【執筆者】
あがつま ゆい さん

【プロフィール】
大人になってADHDとアスペルガー症候群の併発が分かった発達障害患者。精神もだいぶ病んでる。
仕事をしつつ投稿サイトで小説を垂れ流す、カッコつけて言えば兼業アマチュア小説家。
Twitter:@agatuma_yui
カクヨム:https://kakuyomu.jp/users/agatuma-yui


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2件のコメント

kato.hk 返信

はじめまして。
共感できるところが非常に多く、読んでいて少し救われました。
私のASDなのですが、自分が完璧でないといけないという思いが強く、そして完璧ではない点は見ないふりをしてしまいます。そして見ないふりができないほどの何かが起こった時、同じように「完璧ではないのなら死ぬしかない」と思ってしまいました。

完璧でなくても誰も気にしない。すぐには受け入れられないかもしれませんができるだけ忘れないでいきたいと思います。ありがとうございました。

返信

極端な意見を前提にしてるところがビョーキっぽい
子供時代の精神構造は消えないよ

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