通信制高校という選択肢 いじめと不登校を経て、通信制高校から短大に進学した私の話

体験談 いじめ 毒親 おしゅしばった 通信制高校

みなさん初めまして。私は今、短大1年でそろそろ就活を真剣に考えなければいけない年頃です。

メンヘラ.jpを知って皆様の投稿がとても参考になり、自分の話がもしかしたら誰かに共感してもらったり、通信制高校に通った経験などが誰かの助けになるのでは?と投稿することにしました。読みづらかったら申し訳ございません。

私の人生の総まとめのようになっています。よろしければお付き合いください。

 

遡ること小学3年生。初めてのいじめを受けて、そして自殺を考えていました。きっかけは些細なことなのですが、そこから自分は運がないのでは?と思うほど友達同士のいざこざに巻き込まれたり、体型のことでも虐められていました。

それから休みがちになりながらも、何とか小学校を卒業しました。

中学校に入るとさらにいじめは悪化しました。また友達間で問題ばかり起こるようになって、その問題に巻き込まれたり、男子に汚物扱いされたり...でも友達すら助けてくれない。先生にすら虐められていました。

その時やっと分かりました。
「人はいくら友人だろうと、虐められていたら助けてくれないんだ」…と。

そこから中学1年生の2ヶ月、3年生の1年間ほど、不登校になったり、学校の相談室に通ったりしていました。そこでもカウンセラーのおばさんにまで機嫌が悪いと八つ当たりされる、担任にも八つ当たりや嫌味を言われるなど苦しい中学生時代でした。

 

しかし、そんな苦しい生活の中で唯一助けてくれたのは母親でした。間違った事が大嫌いで強気な性格の母は、学校を相手に最後まで戦ってくれました。

そして母は父親とも戦ってくれました。父はモラハラ気質で外面がよく、歪んだ考えの持ち主で人の気持ちが分からない人です。とにかく「学校は虐められていようが行くのが当たり前、自分は一回も休んだことがない。何がなんでも行かせる」と言い、母と何回も私のことで言い争いをしていました。毎日父から母に、私が学校に行ったかどうかの連絡がきていましたが、母は嘘を付いてくれていました。

母は父の事が大嫌いで結婚した理由も愛ではなく、幼稚園の頃から暴力を振るったりお金を取ってくる両親から逃げるため、父と結婚したそうです。

そんな優しい母ですが、中学生になるまでは寒いなか下着姿でベランダに出されたり、殴られたり、お酒に酔っては些細な事で怒鳴られたりしていました。父や私や父方の祖母の介護で、母もストレスが溜まっていたんだと思います。

父親には未だにブタと呼ばれたり、ねちねち文句を言っていたり、お金にうるさかったり、大学生になってもスキンシップで身体をベタベタ触られるなど嫌な事をされていました。

そして未だに理由が分からないのですが、私は責められたり、「ーーってどういう事なのよ!?自分のしたことでしょ!?」と怒鳴られると声が出なくなるのです。説明しようと考えても頭がぐちゃぐちゃでよく分からなくなって、説明が出来なくなってしまうのです。

これは病気なのか?という思いで不安になります。なので未だに母親がお酒に酔って機嫌が悪くなるのが怖くて、ビクビクしてしまう時があります。これは私がうつ病からなのか、性格からなのかは自分でもよく分かってません。

 

前置きが長くなりましたが、話を元に戻します。

中学3年生で不登校になり、相談室に行っても勉強はほとんどしていませんでした。学力からの不安、そして高校でやっていけるのか?という不安で毎日押しつぶされそうなプレッシャーの中、とある雑誌の広告で通信制高校という存在を知りました。

私が通っていた通信制高校は、

・毎日3時間授業があり、その後に選択授業や特進がある(特進:大学を目指す人たちが塾のように教えて貰いながら勉強する時間)。
・部活は3種類くらい。
・スクーリングが年に1度、1週間ほど。
・生徒はギャル~オタクまで様々。
・年齢は同年代~少し年上の人もいました。

……という、ほかの通信制高校よりは有名かな?というところで、1年の夏まではほぼ毎朝登校していました。しかしその後は同学年とのトラブルにより行けなくなり、適当に外で時間を潰したりする毎日でした。

期限が年度末までのレポートを秋頃から一気にこなし、スクーリングや最終テストで単位を取り、何とか卒業は出来ました……が、やはりそこでも問題はありました。

入学してからというもの、母は別人のように機嫌が悪くなって嫌味を言ってくる毎日でした。これが今までで一番しんどかったです。

原因は、親が反対だったのに無理を言って行かせてもらっていたからです。私立扱いなのであまりはっきりとは言えませんが、学費がとても高かったです。あと親にとっては、経歴的に通信制高校だと弊害が出るのでは…?という気持ちもあったのだと思います。

それから信頼していた友人達の裏切り、失恋、ネットに個人情報や顔を晒されるなどの嫌がらせを受けて精神的ショックも大きく、どんどん辛くなり「死にたい…なんで私は生きているんだろうか…」と毎日考えていました。

しかし、そんな中でも毒舌ながらも優しい友人と、人生の中でも1番尊敬している先輩のお陰で何とか頑張れました。今でも本当に感謝しています。

そして1年生が終わるころ、やっと母は落ち着き少しだけ理解してくれて、家に居てもそこまで小言を言われなくなりました。その後、高校3年生になり病気をして秋まで学校には行けませんでしたが、今までで一番感謝している先生に出会い、人生の中で一番マシな学校生活を送ることが出来ました。

 

…でも3年生の私生活はとても大変でした。母親のがんが見つかったのです。

私はまるでドラマの様な突然の事に、毎日隠れて泣いていました。元々病気持ちで体が弱かったのもありますが、私のせいだ…私が心配やストレスばかりかけたから…私が…という自己嫌悪に陥っていました。

療養のため自宅近くの祖父母の家に居ましたが、ほぼ毎日祖父と母は怒鳴りあっていて、それも聞いていて辛かったです。そして人に心配されたい欲求が強い私は、体調を崩した際に母親に「その程度で具合悪そうにしないで!」と怒鳴られ、そこから心配されたくて毎日喉に指を突っ込んで吐いてました。今思えば何してたんだろう、私。

そのせいでひどい胃痛もあり、元々通っていた内科の先生に嫌気がさしたので、母が通っていた大きな病院に連れていかれて、先生に全て打ち明けましました。

先生は泣きながら話す私に親身になってくれて、精神安定剤を処方してもらい、しばらく様子を見ました。

しかし「その薬を飲んでも精神が安定しない、薬が効かない」ということを話したら「それが効かないって事は心が相当疲れてるんだよ。心療内科を紹介するね」と言ってくれて、そこから心療内科に通うことになりました。今では1日に22錠の薬を飲んでいます。

病名を聞いたところ「うつ病か自律神経失調症」と言われましたが、正直どっちなんだろう?と思いつつ、曖昧な日々を送っています。(病院を変えようか悩んでいる)

そして11月、父親に「学費が半分だからここの短期大学にいけ」と言われ、しぶしぶ行ったオープンキャンパスでしたが印象が良く、今通っている大学に進学することを決めました。

通信制高校のコンプレックスはありましたが、AO面接の時に「通信制高校だったけど、私はこの学科がどうしても学びたい、もう負けたくない」という気持ちを伝えたところ見事合格。

その後知ったことなんですが通信制高校の子もたまーにいるので、通信制高校だけで落とされることはないんだなと思いました。

 

重要なのは「普通の学校か?通信制か?」よりも「本人の熱意かな?」と私は思います。

メンヘラ.jpを読んでいると、私よりも頑張りやさんな中学生の方のお話を目にする事があります。頑張ることは悪いことではありませんが、私は通信制高校でも人生が終わるわけじゃない、逃げ道として通信制高校を選ぶのも有りだと考えています。

無理して辛い思いして普通の高校より良いんじゃないかなって…

またまた大学でもめんどくさい人たちに絡まれて、問題も色々起きましたが、なんとか前期の単位をひとつも落とさず頑張りました。

 

今でも私の希死念慮が消えることはありません。

父親にすがる思いで「私、死にたいほど苦しいんだ。どうすればいいか分からない」と言ってみましたが、「俺は頑張って仕事している。毎日楽しい」「外に出たら?」「せめて検定ぐらい取れ」「通信制高校の代表なんだから(笑)」という言われようです。

「もうカフェイン錠剤でODして楽に死のう…ネットで楽に死ねるって書いてあるし、苦しくなさそう。これで終わる」と思っていた矢先にメンヘラ.jpに出会い、カフェインODによる自殺未遂を経て気付いたことというお話を読んで、他の方の自殺未遂のお話も読み、自殺を踏みとどまることができました。本当に感謝してます。

すこしでも高校の進路に悩んでる人が楽になりますように…
すこしでもみなさんのお役に立てたり、暇つぶしになれたなら幸いです。

そして私が今後どうなるかはまた書こうかな?と思っております。

皆様ありがとうございました。

 


【執筆者】
おしゅしばった さん


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1件のコメント

おひろ 返信

中1から中3まで、学年主任から体罰をうけ、授業中に、なんどもくりかえし、家庭内のことをばかにされつづけられまさした。学校の先生はみな知らんぷり、まもってくれたのは、友達でした。今通信高校への入学を考えています。自殺も考えたけど、ばかな先生のために、しぬのはやめました。

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