「リストカットなんてやめなさい」 そんな担任教師に言ってやりたかった5つの言葉

コラム リストカット 自傷行為 きゃろ

「リストカットをしている」

この事実を突きつけられた教師は、ここぞとばかりに熱血を発揮して、良い教師、良い大人を演じようとする。

 

「やめなさい。ご両親から授かった大切な命じゃないか。生きていればいいことが必ずある。君がそんなことをしていたら、友達が悲しむだろう。悩んでいるのなら、わたしが何でも相談に乗るから、一緒に頑張ろう!」

そうして、自分は今、目の前の救われない可哀そうな生徒に、教師として素晴らしい行いをしているとでも思っているのだろうか。

 

1つ目のまちがい


まず。わたしはその「ご両親」とやらによって、心をひどく傷つけられている。

物心つくまでは、無意識に両親を慕っていて、大好きだった。私はとてもいい子だった。

しかし、わたしの心が育っていくほどに、両親は私を受け入れられなくなったし、私も両親の言葉が耳障りで仕方がなかった。反抗期なんて可愛いものではなく、人間として受け入れがたい言葉の暴力や威圧に耐えられなかった。

一般的には、親が最後の砦なのだろう。社会や学校から辛辣な矢を浴びせられ、命からがら逃げかえった自宅で、最後に温かく迎えて癒してくれる場所。それが家庭であり、親なのだろう。この教師も、もれなくその一般論に執着している頭の悪いタイプの大人で、自分にとって当たり前のことが、他人にとっても当たり前だと思い込んでいる。

説明したところで、この教師が身を切って私をかばうはずもない。保護者に立てつく教師だなんて、今時流行らないだろう。保身を最優先にするに違いない。

 

2つ目のまちがい


「生きていればいいことがある」なんていう根拠のないことに希望を見出せるのなら、リスカなんてしていない。

それから、その「いいこと」とやらが起こるまでの間、私の心が生きていられるとは思えない。

人が生きるか死ぬかの選択をしている時に、「生きていれば」とか「いいこと」なんていうあやふやな飴でなだめようだなんて、本当にこの人は教育のプロなのだろうか。

「あと一週間生きてくれたら、かならず君の全てを受け入れて包み込んで守ってくれる恋人が現れ、君に起こっているすべての悪いことが解決し、二度と傷つくことのない未来が訪れる。私はそれを知っているし、そうなる為の準備を終えていて、あとは実行するのみだ」

くらいのことを言ってくれなければ、希望なんてものは見えやしないし、リストカットを止める理由になんてなりはしない。

それでも、そんなことが起こるはずがないと確信しているのだから、絶望してこのように我が身を切り刻んで生き長らえているのだ。

いいことがこの先あろうがなかろうが、私にはどうだっていい。今この瞬間に、死ぬことよりも恐ろしい感情に心を支配されて、自分の鮮血を眺めることでしか生にしがみついていられないから、切っている。

教師は知らないのだ。死ぬこと以上に苦しい現実があること。死ぬことが楽なことと思えるほどの苦痛が、この世に絶え間のなく溢れていることを。

死にたくない理由があるとすれば、二つある。

ひとつは死の瞬間の恐怖。

もうひとつは、死んだら私を苦しめたやつらに屈した気分になるということ。

これすらどうでもいいと思ってしまえば、私の明日は来ない。

 

3つ目のまちがい


悲しむ友達がいないことなんて、担任のあなたが一番よくわかっていてしかるべきではないのかと思う。

私が毎日一人でお弁当を食べていて、放課後はチャイムと共に逃げるように帰ること。そんなことも知らない時点で、教師としてどうかしている。

期待なんてしていないけれど、私を救おうだなんて気の触れたことを考えるくらいの動機があるのなら、そもそもこんな私になる前に声をかけてくれてもよかったのではないかと思う。

目の前で聖人君子のツラをしている教師の、言っていることとやっていることが一致していないので、私の胸はこうして冷え切っている。

 

4つ目のまちがい


おまえになんか死んでも相談しない。

相談なんてして解決するようなレベルのできごとではないけれど、相談しなさいという前にやるべきことがあるはずだろうと思う。

そうやって言っておけば、教師としてのメンツが保てるし、「僕は一応生徒の相談に乗って、親身に対応し、問題の解決に尽力しました」という痕跡が残せる。そのためだけに「相談に乗るから」と言っているに違いない。

そもそもこの教師が、相談しようと思うほど優れた大人であったのなら、私の腕がこれほど分厚くただれた脂肪でパンパンになる前に、異変に気付くはずなのだから。

 

さいごのまちがい


私は生きるためにリストカットをしている。

死にたいならもっと別の方法をとる。

私は死にたくないから手首を切るのだ。

今日も死にませんように。そう願いながら、薄い鉄の刃を体に滑り込ませて、生と死を熱く体で感じている。

死の手前に触れている瞬間に、強烈に生を実感できる。

流した血の分だけ、なんだか汚く重たい枷が流し落とされた気がして、気分が軽くなるんだ。

死ぬためのリストカットはしない。それは自殺だから。

私はどれだけ醜くても、泥にまみれた靴で踏みつけられても、生きると決めている。

 

唯一のすくい


このクソみたいな世界の唯一の救いは、すべての人間がついには死ぬことだと思っている。

あいつも、どいつも、クソみたいに私を踏んづけたやつも、みんな死ぬ。

それがとても楽しみだ。

だから最後まで生きようと思う。

自分の手では自分を殺すまい。

平等に。平等に。みんな死ねばいいのだから。

 


【執筆者】
きゃろ さん

【プロフィール】
六年間のカビ布団生活を抜け出して、田舎でリタイアライフを楽しんでいます。毎日なにかしらの創作をして心を満たしています。最近2年ぶりに就職してみたらめちゃブラックな会社でヘラってしまって、無断欠勤したら会社の人が心配して家に来て、それも無視したら警察に通報されて、生存確認ということで踏み込まれました。しんどいです…。

ブログ:「ぎぶ。」
イラスト:「HEY GIRL」
小説:「ウシナッタヒトタチ」
Twitter:@bokuha_moudame


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36件のコメント

ゆきねこ 返信

はじめまして。
心底共感したので、お礼を伝えたく…!!
そうなんですよね。5つの理由すべて私も言いたかったです。
特に4つ目は泣けるほど同意します!!
「相談して」とか「味方だよ」とかの甘い言葉ですり寄って『痕跡』を残そうとする偽善のかたまりのような大人が大嫌いでした。殺意を覚えるほど…。

きゃろ 返信

>ゆきねこ様

筆者のきゃろです。
これは人の書いた文章ですので、人の意図が加わります。
かつて教職に就き、教員の友人にからその激務を聞き知っています。
彼ら自身が自傷に走るほどの世界です。

それをわかったうえで、かつての私の存在をここに残しました。
こういう考えの生徒がかつていたのだと、知ってもらうためです。

伝えるとは主張することです。
誰かに伝わるとは、別の誰かには伝わらないということです。
ですから、わたしの意見がすべてではないこと申し添えて、その上で心から感謝を申し上げます。
共感していただきありがとうございます。

ちょっと救われました。

シュトレン 返信

はじめまして。自分では体験のない境地でうまく想像もできませんが、お気持ちを考えるととても悲しくなりました。

リストカットをしなければならないようなつらい状況にある子供に対して、自分も安易な言葉を吐いてしまいそうで背筋が正されました。周囲の大人のできることって本当にないんですね。

対策が子供の話をまず聞く、親と面談する、病院を進める、周囲の先生方と連携する、、ぐらいしか思いつかず非力さを思い知りました。いったい先生は何ができたのでしょう、、。

きゃろ 返信

>シュトレン様

こんにちは。
筆者のきゃろです。

まずは察していただいたお心に、感謝と敬意を表します。
ありがとうございます。
第一に否定から入ってしまわれる方が多く、つらい思いをしてきました。

そういう人もいる。
これを第一に据えていただけるシュトレン様のような方がいらっしゃること、なんだかうれしいなと思います。

しかし、わたしの今回の主張はあくまで一例です。
十年も前のわたしの代弁の文章です。
今は全く違う価値観の私です。

なので、今のわたしも、リストカットをするこどもに、「相談に乗る」という言葉を使ってしまいそうです。
ただ、大切なのは、その言葉に含まれる感情なのだと思います。

わたしが言いたいのは、言葉の中身が整っていないと、同情したような言葉がかえって攻撃になるということです。

シュトレン様のおっしゃる対策の是非は未熟なわたしに判断できませんが、私の文章を読んでくださり、否定よりもまずそういう思考をめぐらされたことが、とても、とても大切で、ありがたいことだと思います。

ありがとうございます。

木口 返信

はじめまして。とても共感する記事でした。
こういう人が「相談して」という時の「相談」ってきっと気持ちを吐露することでしかないんですよね。
具体的な解決策等何もなく、ただ聞いて(そして内心引いて)こちらが感じないようにしていた感情を
掘り返すだけして散々荒らして「本音を話してくれた」と満足して引き下がるわけです。
「生きてれば良いことが有る」と言われても、生きること自体に殺されそうになっているわけですからね、
そういう人生観の方々には介入してほしくないと本当に思います。

きゃろ 返信

>木口様

筆者のきゃろです。
こんにちは。

まったくその通りの気持ちをわたしも当時は抱いておりました。

「相談して」という言葉。
普段からわたしたちの現状を知らない友人に言われたら、とてもうれしい言葉です。

しかし、普段からわたしたちを見ているはずの教師から聞かされた時、まさいそのときに、その教師がなんの対策もしていなかったとしたら、この言葉に信頼を置くことができるかと、わたしは問いたいのです。

生きること、しんどいですね。
わたしは自分のしんどさのすべてが他人のせいだとは一言も申し上げておりません。
ただ、傷ついたからこそのリストカットであり、なんの傷もなければ、それには至りません。

自分の精神の弱さをなげき、奮闘し、心を強くしようと努めた結果、それさえ周りの大人に認められることなく、心の耐久の限界を超え、入院してしまいました。

こういったことは、木口様がおっしゃるように、人生観の違う方にはまったくりかいできないのです。
そして、わたしたちも彼らの人生観を理解できません。

ですから、わたしは、この記事で、「こういう価値観の存在が、たしかにある」のだと、主張したのです。

そして最後に最も大切なのは、この主張が完全なものではなく、万人に共通するものではなく、私個人の主観であり、何一つ他人に押し付けようとは思っていない。

そういう主旨で書いた、人工物だということです。

そのあたりのことを理解できない方が多く、とても残念でなりません。
もちろん木口さんのおっしゃるように介入していただきたくないのですが、こういう場で主張すると言うことは、共感と反感のどちらも受け入れる器が必要なのです。

わたしは、その前提で、あえて、言い切ったのです。

リスカのまま 返信

はじめまして。3人の母です。上の娘が高校生の頃 リスカしてました。母親である私が鬱で引きこもり 通院治療してました。死にたくてただ 消えたくて仕方がない状態。リスカしている娘が手首から肘迄 血を流して笑ってる姿を見て 嗚呼 悲鳴をあげてる。 母である私は、何て言えば良いのだろう。
ただ泣く事しか出来ませんでした。
私が消えたいのに、消えたらどうなるの?私を救ったのは、リスカをしていた娘です。
あれから8年になりますが。取り敢えず2人とも生きてます。

きゃろ 返信

>リスカのまま様

はじめまして。
筆者のきゃろです。

大変におつらいことだと思います。
言葉にできません。
何と言っていいか。

思うことはありますが、わたしから明確な言葉を絞り出すことは、あえていたしません。
その責任を負う立場にいないからです。

ですが、リスカのまま様の流されたお涙が、そのままのお答えだと存じます。
その涙が、目に見えない形となって、娘様に伝わればと願う次第です。

とても繊細な問題ですから、個人としてはあいまいなコメントになってしまうこと、お許しください。

娘さんの存在が、リスカのまま様を踏みとどまらせ、リスカのまま様の存在が、娘様を踏みとどまらせたのではないかと想像してしまい、なんだかとても、何と言いますか、感謝を申し上げたい気持ちになりました。

リスカのまま様が救われた経緯を想像することは難く、敬意を表し、察することもいたしませんが、お二人が生きていらっしゃること、こころから嬉しく思います。

人並みの8年ではなかったかと、とても長い8年だったのかと思います。

ありきたりな言葉ではございますが、お二人の心の健康と安寧を、深くお祈り申し上げます。

ゆう 返信

はじめまして。高校1年生です。私も現在自傷がやめられないです。担任に相談しても必ず綺麗事しか言わず苦しんでました。少しずつ辞めていけたらなと思ってます。お互い辞めれるよーになれたらいいですね。

きゃろ 返信

>ゆう様

はじめまして。
筆者のきゃろです。

この記事を読んでいただけたのでしたら、わたしからのコメントは想像されたかもしれません。
あえて申し上げますが、辞めれるようになるべきだとは思いません。

わたしが特殊なだけで、この価値観をあなたに押し付ける気持ちはさらさらありません。
ただ、わたしは自傷をしたからこそ、生きていられました。

ほかに心のはけ口がなかったからです。
あれば、しませんでした。
さがしても、ありません。

リストカットはまともな人間のすることじゃないとおっしゃるかたが、ごくまれにいらっしゃいますが、リストカットをしなければならないほどのこの世界が、この環境がまともじゃないのだと、わたしは思います。

どうか、ご自身の行為を責めないでください。
他人を責めろと言うのではありません。
わたしのようにはなってほしくありません。

辞めるに越したことはありませんので、否定は決して致しません。

ただただ、あなたがあなたのこと、あなたのやっていることを否定してしまうこと、それだけを、それだけを、どうか思いとどまっていただきたいと、遠くから、こっそりと願っております。

天気のいい日に、静かな公園で、一度好きな歌を歌ってみてください。

もしかすると、それで一本の赤い線が刻まれずに済むかもしれません。

これはわたしの体験したことです。

え。 返信

望んでないといいながら、自分を知って、気づいてと構って全開ですね。
気づけない大人の言うことなんか信じるもんか、
………貴方何様です?
30~40人それ以上の生徒、ヒトリヒトリを細かに見るのは容易い事ではない。
貴方がその先生のことを、気持ちを思いやれないのに、貴方自身を思って欲しいだなんて、おこがましい。
救いを求めているのならば、
貴方の親の目の前でリスカしなさい。
親の反応を、見てみなさい。
先生が、先生の、先生は所詮とか、赤の他人だからこそ言える冷たい言葉を、貴方自身が言っていることに
気づけるといいですね。



きゃろ 返信

>え。様

こんにちは。
筆者のきゃろです。

ご指摘の通りでございまして、自分を知っていただきたくこの記事を書きました。
しかし、それは知ってもらいたいからではなく、この気持ちを言葉にすることで、言葉にできない思いを抱かれて苦しんでいる方の気持ちが、少しだけ楽になるのではないかと思ってのことです。

「知ってほしい」のその先の気持ちがあります。

教職は、え。様のおっしゃるとおり、非常に高度な技能を要する職でしょう。

え。様も、文脈から察するに、教職のお立場なのかと考えます。
その上でお聞きしますが、その「おこがましい」というセリフを、心を殺しながら自傷する子どもにお伝えになることができますでしょうか。

私はこの当時、担任の先生を心配しておりました。
この相談をすることで、先生がいじめっこから標的にされる可能性を考えたのです。
クラスの空気を見る限り、そんな想像は簡単に出来ました。

え。様のおっしゃるように、おこがましいですよね。
わたしたちのために一生懸命努力して、毎日遅くまで残業していらっしゃる先生に、こんなこというなんて、、、どんな先生でも、わたしたちのために、精一杯やってくださっているのに。
本当に私は愚かな人間です。

「親の前でやってみなさい」とのことですが、ずいぶん前にやりました。
普通に会話していて、流れで、「ためらいなくできてしまう」という風に話したのです。
それを信じられないとのことだったので、つい「ほら」と言いながら刺してしまいました。

それくらいに躊躇なくできるようになっていた自分と、それを親の前でやった自分を責めました。
おそろしいくらいに最低な人間です。

ところで、疑問に思ったのですが、このような傷を訴える記事に対して、「構って全開ですね」とか、「何様です?」とか、「親の前でリスカしてみなさい」なんていうのは、いわゆる「冷たい」ものでは、、、ありませんよね。

すみません。

あなたのように、私のことを思いやって、丁寧に助言をしてくださる方が、そのような冷たいお気持ちを抱かれるはずもありません。

自身の言葉の温度を振り返り、反省いたします。
ご指導いただきありがとうございました。

╮( •́ω•̀ )╭ふー 返信

構ってほしいからやってるのでは?
死の直前で 生を感じるとか
後付の言葉。
自分のせいではなく 周りのせいにしてる所が、
最大の欠点。
誰に対しても、何に対しても
感謝の気持ちを持てない人に
誰も着いてこないし、興味を持ちません。
自分一人が、何もかも我慢してるように 思ってるのは、勘違いです。
ただの自己中。
完全に病んでいることには 間違いないので、
他人を傷つける前に、病院に入院したらどうですか?

きゃろ 返信

>╮( •́ω•̀ )╭ふー様

こんにちは。
筆者のきゃろです。

人に相手にされたいのなら、別の方法がたくさんあります。
他の方のコメントと比べてしまい申し訳ありませんが、全体的にピントが合っていらっしゃらないというか、、、読書が苦手でいらっしゃるのかなあとお察しします。

もちろん生を感じたのは事後です。当然です。最初は無我夢中でやっただけです。
文章というのは、ビジネス書や啓発書、研究所でもなければ、考えてはいるが、あえて書かないことなんてザラにあるものですよ。

さらに、わたしの心の弱さは自分のせいとしか思っていません。

先生が悪いとか、ひと言も書いていません。
ただ、「わたしのような人間にとってはその発言などは間違っていますよ」という一例なのです。

文章は基本的に一人の人間が一本書きますよね。
つまり、わたしの立場の言葉を、わたしだけが語れまして、それを共感してくださる方にのみ伝えるための、この文章であるのです。

我慢はしていません。
我慢していないので切っていたのです。
そして、我慢は無駄です。
わたしに人を変える力はないのですから。

入院はすでにしました。

そして、『わたしは人を傷つけたくないから、自分を傷つけている人』ですよ。


ところで、たった今、わたしは╮( •́ω•̀ )╭ふー様の数々の心ない言葉にひどく傷つきました。

同じ過ちを犯される前に入院されることを、心からお勧めします。

最後に、たいへん身になるご指導とご指摘をいただき、ほんとうに感謝しております。
ありがとうございます。

あなたのこれからのご多幸を、深くお祈り申し上げます。

え。 返信

リスカして生を感じている、辺りかなり美化してますね、
気持ちいいです?
ヒトは誰彼、ヒトリで生きてるんじゃなく周りの繋がりがあるからこそ生活できているんです。
悲劇のヒロインの如くリスカ仲間に同情誘ってるような、大人に牙向くような、そんな理性があるのなら、
自分は何かしら病気であるのかそうじゃないのかと、病院でみてもらって適切な処置をして貰う方が、
後のち、自分ラクになるかもしれませんね
周りの為にもなりますよ
上手く表現できない、貴方にとって、打開策が見つかるかもしれません。もしかしたら。
気持ちが楽になりますように。願っています

きゃろ 返信

>え。様

こんにちは。
筆者のきゃろです。

美化かどうかはわかりかねますが、私にはそう感じます。
気持ちはよくないですよ。
ただ、それがなければ、もっと気持ちの悪い世界で心を消費するので、ちょっとしたポーションにはなりえます。

なるほど、周りのつながりがあるから生きていられる…!
とっても素晴らしい言葉を教えていただき、ありがとうございます。

わたしの精神をむしばんでくださった、数多くの友人や家族に心から感謝の意を表し、いつまでもそのつながりを大切にしていきたいと思います!

さてさて、わたしが、「如く」ではなく、ほんとうに「悲劇のヒロイン」であることはさておき、ここは同じ境遇の仲間とつながることを「目的の一つ」としたサイトです。

サイトの説明をお読みにならずに、立ち寄られたのでしたら、ご覧になることをお勧めします。

同人誌の即売会に、店舗として商業本を持ち込んで売ろうとするくらいに恥ずかしい行為ですので、お早めにサイトの主旨をご確認くださいませ。

これは本当に余談なので、お気にされず頂きたいのですが、わたしの大切にしている「生の実感」という言葉を否定されたり、同情を誘う目的だと誤解されたりしたので、気持ちがとっても重たくなってしまいまして、え。様が親切に願ってくださった「楽な気持ち」というものから遠のいてしまいました。

ほんとうに、わたしの心の弱さのせいで、せっかくのお気持ちに背く形になってしまい、申し訳ありません。
この度は親切なお気遣いいただきありがとうございます。

( ̄▽ ̄) 返信

はじめまして。
あなたはいわゆる『かまちょ』というやつですね。親や先生に完璧な大人を求めるほど、あなたは立派ですか?リスカしてる時点で違いますよね(⌒ ͜ ⌒)。いや、教師に相談するって言うのは死んでもやらないって言うのは共感しましたよ?でもね、あなたリスカを生きるためにしているって言いましたか?死にたくないと?だったら真面目に生きてください。周りのせいにしないでいただきたい。リスカするだけ時間の無駄。その時間を生きるための何かに生かしてください。

きゃろ 返信

>( ̄▽ ̄) 様

はじめまして。
筆者のきゃろです。

そのとおりですといいたいのですが、ちがいます。

なぜなら、このサイトが、同じ境遇の人と共感しあうことを「目的の一つ」としているからです。
サイトのメニューをお読みになられることをお勧めします。
この場においてはあなたの正論はとっても恥ずかしいものになってしまうので、どうかそっとドアから一度戻っていただいて、おはいり直しください。

さて、わたくしは人に完璧を求めておりません。
そのような主旨の文ではございません。
それどころか、「完璧という言葉を絶対に使わないように、気を付けて」文章を書きました。

それはそうと、リスカしていたら立派な人間ではないことの理由をお聞かせいただければ幸いでございます。
わたくしからいたしますと、『かまちょ』なんていう安っぽくて気軽に相手にレッテルをはれるようなフレーズをさらっとお使いになるお人が、立派だとは思えません。

さらにですね。
わたしは、まじめに生きております。
リスカを大真面目にしていたのです。
ふざけてそんなことをする人の方が、珍しいと思うのですが、、、どうなのでしょう。


( ̄▽ ̄) 様と同じく文章を読むのが苦手でいらっしゃる方が他にもいらっしゃいまして、真意をお伝えすることがとっても困難な状況が残念でなりません。

わたくしの発信の方法が至らない点もあるかと存じます。
申し訳ありません。

さいごに、無駄なリスカをなるべく早くやめて(やめてますが)、一生懸命真面目に生きていこうと思います。
まったく見当違いの無駄なコメントを、大変ご多忙な中書いていただき、心からお礼を申し上げます。

ありがとうございました。

紗柳 返信

はじめまして。
色々と、読ませていただきました。

平凡に大学生活を送っている私ですが、分厚い布越しにでも 腕を掴めばなにか普通の皮膚ではないものがあると分かるほどの左腕になってしまった人間です。ですが 、”そちら側”にいるとは、あまり思えませんでした。確かに、教師の言葉とは何時如何なるときも児童生徒を想うものであるとは限りません。先生も、人間なので。ただ、先ほど拝見させていただいた文章、完全に教師側の意図を決めつけた前提で話されていますよね。もう少しだけ緩く構えて 広い視野を持ってみれば、なにか違う見方や考え方が生まれるかもしれませんよ。貴方の言葉たちは、貴方の内面と それが生み出した空想の教師像であるということを、忘れないでほしいです。だって、本当にその教員が自己保身の為に話しているかどうかなんて、可能性にしたら高いのかもしれないけれど、聞いて確かめてない時点で既に100%ではないですもんね。このご時世、全く給料に見合わない教職というこの仕事…、上から見下して安全なこどもの立場から言いたいことだけ好き放題言うのは、流石に控えていただきたいものです。
と 上から物申す私の言葉も、完全にエゴ。若造が失礼致しました。仮にも教員志望の私ですので、少し、形を決めつけられすぎていることに疑問を覚えたのです。お邪魔しました。

きゃろ 返信

>紗柳様

はじめまして。
筆者のきゃろです。

その厚みの蓄積に、どんな言葉を使えばよいのか、苦しくてなりません。

同じ場所を同じように傷つけていても、その内容や動機は全く別のものだということを、紗柳様もご存じだと思います。

つまり、わたしたちは同じことをしていても、理解し合えないということは、珍しくもなんともないと思うのです。

わたしの名誉の為に補足させていただきますが、文章とは「言い切る」ことで伝わります。
「~かもしれないし、ちがうかもしれない」とか、「○○にとってはこうだけど、△△にとってはちがう」なんていう言い方をしても、「まあ、それはそうだよね」くらいにした伝わりません。

ですから、一方のある人物の立場に立って、その気持ちを思いっきり言い切ることが大切です。

紗柳様は教員を志望していらっしゃるので、「みんなに同じようにまんべんなくあたりさわりなくちょうどよい正解に近いかんじの回答」をベストとお考えなのでしょうか。
そんなことはありませんよね!
みんなちがってみんないいですよね!

ところで、紗柳様の仰る、「空想の教師像」というものについてですが、紗柳様が「わたしの文章を読んで抱いたわたしの像が、まごうことなく空想の生徒像」であることにお気づきでしょうか。

わたしのなにをご存じなのか、わかりかねます。

ここはひとつお互いさまということで、折り合うことはかないませんでしょうか。
わたしはそういう前提で、お話を書いております。
わたしは、「こういう立場のこういう考えもある」を証明したにすぎません。
教師になられたら、無視はできない主張ではないのでしょうか。

「書いていないこと」=「考えが及んでいないこと」ではありません。
教員を目指されるのでしたら、目に見えないことも、同時に大切になさって下さい。

『星の王子さま』もう一度読みましょう。

余談ですが、わたしは社会人経験済みの成人で、教職の経験もあります。
この物語は過去の自分を再現したものです。

紗柳様の文章の人間味から、さぞかし学と人の豊かな方とお察しします。
ていねいなご指導に感謝いたしまして、こののちのご多幸をお祈り申し上げます。

返信

私はリスカではない自傷癖持ちですが、痛いほど気持ちがわかります……!
言語化してくれてありがとうという気持ちでいっぱいです。
いいことなんてあったとしても一日に+1程度で毎日苦痛が-100で生きれば生きるほどつらいのに、苦痛が蓄積していくのに、「生きていればいいことある」と言ってくる人間を滅ぼしたいと何度感じたことか!
経験的に、実際教師になった人間も、教師を目指してる人間も、こういう不理解がひどい人がそうでない人より甚だしく多く感じられるのですが何なんでしょうね、そういうマニュアルでもあるんでしょうかね。

私はもう「大人」と呼ばれる歳になるほど生き残ったものの、ただ死に損なっただけの存在なので、あなたのすくいに、決意に敬意を評します。

きゃろ 返信

>か様

「言語化」というフレーズをお使いいただいたこと、言葉にできないくらいに嬉しく思います。

若いころの自分は、心に抱えたたくさんのモヤモヤに、いちばん似合う言葉をつけてあげることができずに、いつも頭がグチャグチャとしていました。

時が経ち、たくさんの言葉と、たくさんの人の心を知って、ようやくその形のない嫌なモノに、名札を付けることができました。

それが、生きるということだと、知ったのは最近のことです。

教師の理解不足については、何ら異を唱えることができません。
教師の多数の人間は、およそ人の心の奥深くの傷や痛みを知らないからです。

当然です。
順調に生きてきた人間が、順調に生きる人間を育てる方が効率的です。

コメントいただいた中に、自傷を経験され、教師を志す稀有な方がいらっしゃいました。
わたしはそういうかたが、もう少し増えてくだされば、救われる命や心も増えるのだろうと思います。

生き残っているということが、強運なのか悲運なのか、わたしにはわかりませんが、どちらにしても、この瞬間の救いは、生きてるからこそだったのだと、お互い確認し、よしとしましょう。

『言語化』
忘れません。

返信


はじめましてコメント含め全部読ませていただきました。

健康な状態ならば(家庭、友人等)相手の立場や心情を察する事もできるけど、教師の親切心(不適切な)すら悪意に感じてしまう程、傷つき疲れ冷えている状態にあるのに相手の立場を思いやれというのは酷な話しです。配慮できないぐらい閉鎖的で追い詰められたしんどい状態なんです。
同じような状態にある人には筆者様の言われてる事に共感できると思いますし、届かない痒い所に手を届かせてくれるような救いのある文章だと思います。
ストレートな中傷ならまだしも散々自分語りをした後に最後は綺麗に幸せを願いますみたいな方たちが一番たちが悪いですね、配慮の足りない方たちがいて悲しくなりました、でもそれ含め良い読みものでした。

生徒側に寄り添ったで勇気ある文章ありがとうございます、もっと色々書いてくださいね!!









きゃろ 返信

>月様

はじめまして。
筆者のきゃろです。

一字一句たがわずおっしゃるとおりでございます。
危険の察知能力というものは、生物としてのあたりまえの本能なのです。

たとえば、人間に虐待された犬は、人間の臭いを嗅いだだけで興奮するようになるでしょう。
親に虐待された子は、父親に似た咳払いの音や、足音にさえ震えおののき、一生人の愛を心から享受することが叶わないかもしれません。

人は受けた傷を、誰から受けたかに関わらず思い出すことができるのです。

つまり、コメントのいくつかにあるように理解の出来ない方には、その法則が理解できないのです。
自分を殴った相手に謝られても、傷は癒えません。

いじめられると、いじめた相手だけでなく、その生物の特徴に対して恐怖を忘れられなくなります。

わたしは昔ふくよかな体系の方にいじめられました。
今でも、似たような体系の方を目にするだけで、胃が痛くなります。

さて、どちらの側に立つかという難しいテーマですが、これも生物の鉄則に「いちどにふたりにはなれない」というルールがありますよね。

月様には、これ以上語る必要はないと思いますので控えることにいたします。

時折投稿させていただきたく思っておりますので、またの機会があることを心待ちにしております。

勇気。
勇気ですね。
ありがとうございます。

返信

はじめまして。
私はリストカットした事がないので分からないのですが、痛くないですか? ストレスで自分を傷つけるのって、なんだかもったいない気がしてしまいます。
紙に嫌だった事をびっしり書くとか、物をバラバラにするとか、なんなら呪うとか発散方法を外に向けられないでしょうか。犯罪にならない程度に…
記事の内容とかなり逸脱してしまいましたが自分は痛いのは苦手なので、こんな事を書いてしまいました。すみません。

けいあーる 返信

相談にのるよって言うだけでは、信頼なんて出来ませんよね。ましてや先生になんか。なにも知らないのに自分のことだけ考えて相手に言う言葉は心に刺さることは絶対にないです。リストカットしてなくてもしてる人がどんな思いでしているのかを考えた上での言葉は嬉しいと思っています。
リストカットはしたことないですが、偽善者は私も嫌いです。私はリストカットをしている人を否定する人達ではなく、リストカットをして苦しんでいる人に寄り添いたいと、この文章を読んでそう思いました。
改めて生きるとは何なのかを考えることが出来ました。有難うございました。^^

きゃろ 返信

>けいあーる様

ほんとうに、ほんとうに。
そうですね。

自分の体験では計り知れない部分の感情に心を届かせることって、とてもむずかしくって、ある種の賢さを持っていないとできません。

想像してかみ砕くという能力は、日ごろから考える力を行使していなければ身につかないと思います。

とても乱暴な言い方ですが、自分の体験していないことに対してどのていど想像を及ばせられるのか、この文章に対するリアクションで、その多寡を判断することができるとおもっています。

きゃろ 返信

>に様

はじめまして。
筆者のきゃろです。

痛いです。

でもバランスなんだと思います。
どちらが痛くないか。
どちらがマシかっていう。

まず大前提として、「肉体的な痛みを感じないくらいに精神が痛む」という状態があるように思います。

よく映画のシーンで、武力団体に捉えられた人が拷問を受けて、痛みに耐えきれずに「ころしてくれ」と願う場面がありますよね。
あれが近いと思います。

死が怖くないくらいに肉体の痛みが限界を超えているということかと。

次に、痛みについてですが、歯の痛みをごまかすために、親指の付け根を思いっきり押すなんていうことありますよね。

あれが少し似ています。
これは説明が要らないかと思います。

ちなみに、おっしゃった数々の方法は、みなさんひと通りされたうえで、それらでは気休めにすらならずに、、、という方が、少なくはないと思います。
でも、そういう方法で気分が良くなるのならそれがいいですよね。

返信

サイトの仕様変更もあってかなのか、めっちゃコメント来てるけど全部冷静に答えてて凄いな…
こういう文章がこれからもこのサイトにいっぱい載ってしんどい時のいい暇つぶしになって欲しいです!自分はこの文章でちょっと救われました!ありがと〜!

きゃろ 返信

>碇様

はじめまして。
筆者のきゃろです。

逃げちゃダメだと思いまして。

というわけでもなく、共感してくださる方が救われないじゃあないですか。
せっかく心を納得させてくださったのに、心ないコメントをそのままにしてしまっては、その心がもったいないです。

このサイトは、理解できない人同士が喧嘩をする場所ではなく、共感する人同士がつながる場所だと解釈しています。
それをご理解されていない方が多いので、わたしはいたたまれなくなっております。

わたしにみなさんを擁護する責任はありませんが、この文章に対する責任はあるので、出来る限り偏見を解いておきたいなという気持ちもございます。

とはいえサイトを荒らすなんてことは消してしたくないので、出来る範囲で丁寧を尽くしてお返事しております。

できる範囲で。

「しんどい時の暇つぶし」なかなかないですよね。
それだけに嬉しいです。

しんどいときって何しても時間が空虚ですからねえ。

こちらこそ。
こちらこそです。
ありがとうございました。

くーちゃん 返信

はじめまして、
私は去年の11月末に脳内出血で倒れて、今年の2月末に退院したけど、後遺症で左の手と足に多少の麻痺が残ってしまいました。
これは倒れる前からですが、イライラしたり嫌な事があると、私もすぐリストカットをしてしまいます。
リストカットをしたからといって心が晴れるわけではないですが、リストカットをしているときは落ち着いていられる自分がいる❗
それを妹やお父さんに何か言われても、自分の腕なんだから別に良いでしょ?という感情にしかならないそれをどんなに周りや友達にやめろと言われても、心の中で、お前らに私の何が分かるんだよ‼という反発心しか湧いてこなくて、イライラ刷るばかり。妹の元旦那のお母さんには精神科行ってきなさいと言われ妹に言うがシカトされいってくれる様子もないので、それに対してもイライラしてます。
そんなにリストカットを止めろと言うならちゃんと対応してくれよ😢💦

きゃろ 返信

>くーちゃん様

はじめまして。
筆者のきゃろです。

命がありほんとうによかったです。
とはいえおつらいこととお察しいたします。

リストカットについて、世間一般の認識では「命を脅かすもの」と捉えられているのかと思います。

しかし、それによって「命を維持している」ひとたちがいることも事実です。

一見すると相反するこの二つの目的と行動が、一致してしまうほどに、極限の状態を知っている人は、とても珍しいのです。

ですから、他人に理解を求めることは、難しいと思っています。

理解を求めてしまうことで失望してしまうのは明白なことですので、わたしからはおすすめいたしません。

わたしは家族や友人には、このような話は極力しないように努めています。
そのかわり、ネットではオープンにしています。

ですから、このようなサイトがあってほんとうにありがたいですよね。
ここでは共感してくれる方がいらっしゃいますので。

ですから、理解の及ばない方はなるべくスルーして、そこそこに丁寧に振る舞ってお帰り頂いて、話の通じる者同士で会話を楽しんでいきたいと、私は思っています。

末筆ですが、どうかお大事に。
こころもからだも健やかにお過ごしになられること、お祈り申し上げます。

砂糖 返信

こんにちは。私の周りにもメンタルを病んでいる者に対して綺麗事を並べたて、さらにメンタルを病ませ、その自覚のかけらもない人間がいます。過去にもいましたし、現在にもいます。きっと未来にもいるでしょう(笑)
そんな人間に対して私がまんま思っていたことが書かれていて、めちゃめちゃスッキリしました。ありがとうございます。

きゃろ 返信

>砂糖様

こんにちは。
筆者のきゃろです。

綺麗なことを言うと、人間は気持ちが良くなるものです。

その綺麗さが相手にとってどれほど汚いモノであっても、綺麗なことを言っているときはそんなことお構いなしです。

常識や正論というものは、多数決の世界ですので、みなさんが正しいと言い張る為に用いられますが、少数の側の人間にとっては、ただの暴力です。

多くの人間が賛同することを、胸を張って声高らかに叫び、攻撃することで、自分は正しく常識的で優れていると自覚し、それを誰もが認めていると錯覚し、悦に浸っているのではないでしょうか。

とっても不憫な方たちです。
同情に値します。

しかし、そんな人たちをひとりひとり救ってあげようとすれば、わたしたちの心が疲弊してしまいますので、そんなことは神様や仏様にお任せし、わたしたちはわたしたちの心と体の健康のみ、考えて生きて参りたいですね。

うたねこ 返信

初めまして
投稿された記事を読ませていただきました
本当に共感出来て、私の思ってることが書いてあって、泣けてきて、
書いてくださってありがとうございます

ー死にたくないから手首を切るのだー
そうなんです!そうなんですよ!
勝手に共感させていただきますが、
生きたいんです、死にたいけど死なないって決めてて、死にたくなくて生きたいんです
かまってほしいから切ってるわけじゃなくて、自分のために切ってるんです

他の方々からのコメントも拝見させていただきましたが、感じ方は人それぞれですね

勢いでコメントをしているので拙い文章ですみません
お見苦しい点もあると思いますがどうかご容赦ください

きゃろ 返信

>うたねこ様

はじめまして。
筆者のきゃろです。

見苦しいことなんてありません。

見苦しいのを隠すことの方がよっぽど見るに堪えません。

ありのままでいましょう。

見せ方に配慮する必要のある場面がありますが、自分の心だけは偽らないで生きていたいと思います。

きっと、煮えくり返った心を偽って、常識的で善人であるかのように振る舞っている人が、いちばん苦しい思いをしているのでしょう。

勢いでコメントしていいじゃないですか。
何かを感じたときの言葉って、とっても生き生きとしていて、わたしは好きです。

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