機能不全家族、不登校、自殺未遂 そんな時期に生きるきっかけを与えてくれた先生について

体験談 不登校 自殺未遂 機能不全家庭 佐屋さん

わたしの人生は酷かった。笑えるほどに酷かった。

家族構成は母(60)、父(70)、姉(37)、私の4人家族

両親はわたしが幼稚園の頃に離婚した。だけど今でも同じ家で暮らしている。

母は父の借金から逃れるために離婚したのだと言った。でもそれだけじゃなくて、両親はお互い、相手のことが嫌いだった。

母はわたしとお風呂に入ると毎回、父の悪口を言った。
父はわたしとお風呂に入ると毎回、母の悪口を言った。

父は「割れたガラスは元には戻らないんだ」と言った。わたしは「だったらわたしは接着剤になってくっつけてあげる」と言った。
母は「佐屋が生まれる前はね」が口癖だった。わたしが生まれる前は幸せだったらしい。暗に「生まれて来なければよかった」と言われている気分だった。

あるとき、小さかったわたしは走ってお風呂の戸に顔をぶつけて顔面麻痺になった。休日の関係ですぐに病院に行けなくて、今でも笑うと片方の口角が上がらず歪んだ笑顔になってしまう。だから笑顔を強いられるような写真を撮られることが大嫌いだった。

そして、わたしには持病があった。その持病は小児喘息で、歩いて小学校に通うのが困難なほどだった。それでも両親は「通え」と言った。わたしは不登校になった。

喘息も辛かったが、学校に行かないと不機嫌になる母が怖かった。怖くて学校に行ったふりをしたこともあったが、すぐにバレて、叩かれた。怒鳴られた。姉も不登校になったことがあるらしく、母が「自分の育て方が悪かったのだ」と自分を責めるのが辛かった。わたしが泣けば「うるさい」と父が不機嫌になり、姉が不機嫌になり、母ももっと不機嫌になり、死にたくなった。

学校でもイジメられた。菌呼ばわりされて男子に叩かれたこともあった。上級生に自分の背より深い側溝に落とされたこともあった。今思うと不思議だけれども、その時はあまり辛くなかった。家族から受ける辛さ以外麻痺していたんだと思う。

中学に進んでも喘息は良くならず、不登校も続いていた。中2の担任(女性)が凄かった。休むと毎日家に来た。毎日電話がかかって来た。

「いつ来る?いつなら来れる?数時間でもいいからおいで?がんばろ?みんな待ってるよ?」

その電話が、先生が怖かった。

あるときは泣きながら電話をかけて来た。あるときはレクリエーションをしているところに泣いてるわたしを無理やりかかえこんで引きずっていったこともあった。

学校の相談室に行くと毎日時間割を渡され、「今日はどの授業をがんばる?」と聞かれた。授業について行けず辛かった。先生に会うのが怖かった。「毎日一個ずつ出る授業を増やして行けば、みんなと一緒に授業を受けれるようになるよ!」と言う先生の言葉がどんどんわたしを追い詰めた。

死のうと思った。でも怖くて、本当に死にそうな手段は選べなかった。

当時テレビで農薬で死ぬというニュースがやっていた。だから中身を抜いた薬のカプセルに園芸の農薬を入れて2錠飲んだ。結果はめちゃくちゃ気持ち悪くなって吐いただけだった。

母から「血が止まると死んじゃうから、ヘアゴムをきつく腕に巻いてちゃダメ」と注意されていた。だから血が止まれば死ねると思って、手首に輪ゴムをぐるぐる巻きにして死ぬのを待った。手が紫色で倍ぐらいになった所で痛くなって取った。

リストカットをしようと思ったが怖くて薄皮一枚うっすら切れるぐらいでちょっと貧血になる程度の血しか出なかった。

中学2年の半ばごろに入院した。たまたま違う病院で喘息を見てもらったら即入院と言われた。そこから3回ほど入退院を繰り返したが、前ほどひどい喘息は出なくなった。

高校生になった。私立の不登校児の特別枠がある学校だった。そこでわたしは色んなことを知った。

高校の相談室は不思議なところだった。アスペルガーの子も、解離性同一性障害の子も、自傷を繰り返す子もいた。年相応の恋愛で泣く子もいたし、受験で神経をすり減らしている子もいた。

毒親、自閉症、いじめ、恋愛。色んな悩みを抱えた子の話を聞いてくれる先生がいた。

その先生は体育会系だが山ほど本を読み、統計で物事を考える不思議な先生だった。先生から色んな話を聞いて、色んなことを知って、いっぱい泣いた。今まで感じたことのない感情の渦にごちゃまぜにされているような感じだった。親から受ける愛情に近いものをもらった。

悪いことをすれば注意してくれて、悲しんでいるときにはふとしたことで笑わせてくれて、頼られるだけじゃなく、頼ってくれて。高校での話はべつの文章でもっとしっかり書きたいと思う。それぐらい濃い3年だった。

改めて読むと支離滅裂な文章になってしまった、、、地味に辛い時期だから振り返って書くいいチャンスだと思ったのだけれども、、、

辛かった!辛かったけれども!辛いけれども!!もうちょい生きてみるかーと思えたころのことを振り返って見ました。

また改めてちゃんとした文で投稿したいと思います。


【執筆者】
佐屋さん さん

【プロフィール】
20歳高卒。高校卒業後予備校に通うも、夏休みに入り通うのがしんどくなり9月から翌年8月まで駄菓子屋に勤める。その間プログラミングの勉強をし、そのスクールの紹介で現在コールセンター勤。名古屋で一人暮らし。


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