【書評】声をかける(高石宏輔) ナンパという自傷を通して、人と向き合う

コラム 恋愛 書評 綿箆マナ

こんにちは、綿箆(ワタベラ)マナです。
今回は、「メンヘラ文庫」に参加し、書評を書かせていただこうと思います。

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紹介するのは、高石宏輔さんの『声をかける』です。この本を紹介する理由は、この本がコミュニケーションについて多くを教えてくれるからです。私はこの本を読み終えたとき、誰と話したわけでもないのに、僕はコミュニケーションに自信がついていました。それは、この本を通して実在の人物との交流を経験し、コミュニケーションの入りを円滑にする方法を学んだからです。この本を読めば、あなたのコミュニケーションが一変するかもしれない。そんな本です。それでは、紹介していきます。

この本は、女性に苦手意識がある主人公が、自分を変えるためにクラブでナンパしようとするところから始まります。怯えながらも女性に声をかけ、主人公はクラブでのナンパに成功します。それ以降、主人公は街に出て、さまざまな女性に声をかけていきます。その過程のなかで出会った多くの女性との、接近と触れ合いそして別れを記録したのが、この本です。

ナンパ、というと拒否反応が出る方も多いと思います。たしかにこの本にはナンパの醜い部分が多く描かれています。本にも『ナンパは惨めな自傷行為』と書かれています。しかし、この本はナンパを通して行われた人と人の触れ合いに主軸が置かれています。けっしてナンパを成功させるためのハウツー本ではありません。ですので、ナンパという言葉でちょっと引いてしまった人にも、ぜひ読んでほしいのです。

ナンパという入り口であっても、そこには人間関係の一連の流れがすべて入っています。出会いがあり、言葉を交わして距離を近づけ、深い関係になり、そして最後には別れていく。出会った人の数だけ、違う人間関係のカタチや移ろいがあります。そういったナンパで生まれた人間関係の数々を、この本では作者が鋭い観察眼で描いています。この本はいわば、人間関係の実践問題集といったところです。実際に作者が体験した人とのつながりを読むことで、読者はコミュニケーションについて学ぶことができます。コミュニケーションが苦手な人は、ナンパに対する嫌悪感をいったん置いておいて、ぜひこの本を読んでみてください。人と人とのかかわりについて多くのことを学ぶことができます。

書く順番を間違いましたが、この本はほぼ私小説です。もちろん多少のフェイクは入っているでしょうが、主人公の『僕』は高石宏輔さん本人であり、登場する女性たちもすべて実在の人物のはずです。

以下、この本を読んで僕が興味深く思った点について書いていきます。

 

〇相手へ意識をむける


本のなかでの作者のコミュニケーションの特徴に、対話相手に意識を向けていることがあげられます。自分の内側に意識を向けて閉じこもるのではなく、あくまで対話相手を「みて」います。相手が自分に好意を抱いているいないに関わらず、です。体感ですが、コミュニケーションが苦手な人はこれができていないのではないでしょうか。相手に視線をむけること、相手に意識をむけること、相手の立場から考えること、相手を理解しようとすること。これらは、コミュニケーションの入りを円滑にするために必要なことではないでしょうか。作中で、作者が女性のファーストコンタクトで悪い印象を抱かれないのは、作者が常に相手を(良くも悪くも)理解しようとしていたからでしょう。

たとえば、この本は人物の外見描写が非常に細かいです。最初に声をかけた女性からしてその外見を写生のように緻密に描いています。作者がナンパに慣れてくる本の後半では、その描写はさらに細かくなります。

『ユキさんの白のハイヒールが目に入った。その背面には白のリボンの形をした装飾がついていて、そのリボンにはさらにラインストーンがちりばめられていた。その上のタイトな黒のジャージ素材のスカートが彼女の太腿と尻のラインを露わにしており、腰よりも少し高めの場所から始まるレース地の白のトップスもまた彼女の胸元の膨らみを示し、首から胸元へかかっているシンプルなネックレスが胸元を強調していた。そして、つけまつげとアイラインが彼女の目を大きく見せており、今日は細長いピアスが耳元から垂れ下がり、揺れていた。僕は彼女が自ら欲望の対象になろうとしている類の人間に見えた。』

どれだけ観察すればここまで書けるのか、というぐらい細かく書いてあります。ここから分かるように、作者はよく他人を見ているのです。自分のうちに籠らずに、他人に意識をむけていないとここまで書けないでしょう。

また、作者は他人の言葉や仕草から相手の求めていることを敏感に感じ取ります。

『そういう彼女の目を見ていると、息苦しくなる。「大切にして欲しい。わかって欲しい。私を特別な女性だと思って欲しい」とむき出しに伝えられているような気がするからだ。』

このように、誰かと対面しているとき、作者は相手の存在に意識を向けています。自分のうちで考えることはあっても、考えた内容を相手に告げると、また作者の意識は相手に向きます。

作中に冴えない男の子が出てきます。この子は作者と真逆で、意識が自分に向いたまま、相手のことを考えようとしません。そして、作者にナンパのコツを聞きにきます。結果、かなりボロクソに言われてしまいます。

『 「なんかもっとこう、テクニックとか、声のトーンとか、いつもブログに書いてあるようなことないんですか? そういうの詳しいんでしょ?」
「そんなこと知る以前に鈍いんだよ。人にものを頼む態度じゃない。そもそも才能がないんだよ。」 』

作者の台詞の『鈍い』とか『才能がない』とかは、男の子の『人にものを頼む態度じゃない』こと、つまり自分ばかりに意識がいき、相手に意識をむけられずに礼節を欠く言動をしたことを指していると思われます。相手に意識をむけられないとナンパの才能がない、と言えるならば、同様にコミュニケーションに難があると考えられます。ナンパとコミュニケーション全体を一緒くたにするのは気が引けますが……。

この本では、作者が対話相手に視線や意識をむけ、そこから相手をわかろうとする描写がなんどもされています。それを読むことは、あなたの対話時の意識のあり方を変え、相手の存在を尊重するコミュニケーションを可能にするでしょう。

 

〇相手の話を聴く


先の項目と被りますが、作中作者はよく相手の話を聴いていることも、この本でのコミュニケーションの特徴です。作者が自分の話をするシーンはあまりありません(作中では主人公が自分の話をするときは『僕の話をした。』とぼやかしているのもあるが)。相手の話を聴いたり引き出したりして、それに感想や意見、質問を返すのがほとんどです。話しかけても、それはすべての相手についての話題です。

『 「こうしてたくさん歩いている人がいますよね。」
そう言って僕は視線を彼女から周りへと向けた。
「皆、リズムが硬いですよね。カツ、カツって感じで。」
彼女は不思議そうな表情で頷いた。
「それに対してお姉さんは……名前聞いてもいいですか?」
「え? ユキ。」
「ユキさんは、脚が持ち上がるときはス、降りるときはフって感じで、ス、フ、ス、フって歩いていて綺麗だったんです。それを周りの人たちが追い抜いていっていて。こんな新宿の地下通路の中でそんな動きができる人ってなんかいいじゃないですか。言ってること、なんとなくわかります?」 』

一般的な話として、自分のことを話すの(いわゆる自分語り)は楽しいです。愚痴や自慢話などを相手に聞かせるのは、ある種の恍惚感を伴います。しかし、それはお互い様なのです。つまり、自分のことを話して気持ちよくなっている間は、相手は相手自身の話をせずに聞いてくれている、もしくは我慢しているかもしれないということです。コミュニケーションは相互的なものなので、どちらかだけが気持ちよくなっていては理想的とはいえないでしょう。つまり、円滑なコミュニケーションには、相手の話を聴く姿勢が必要不可欠なのです。この本における作者の、話の聴き方や話の引き出し方は大いに参考になるでしょう。

〇彼女たちも自分と同じだった
さらに、もうひとつ面白い点として、ナンパされた女性と作者の立場がしばしば逆転することがあげられます。

当初、ナンパする側の作者が女性から関心を引こうとします。しかし、女性が作者にこころを許しはじめると、女性が愚痴を言う相手として作者に依存し始めます。そうなると、作者はその関係が嫌になり、女性から作者の感心を買おうとする逆転がおきます。この現象が作中では何度かおきます。

『 「私はこんなに好きなのに、どうしてちゃんと連絡してしてくれないの。」
それを聞いて僕は、自分が好きなら好かれるはずだという彼女の考えに怒りが湧き、それまで思っていたことが口を突いて出てしまった。
「そんなに好きになって欲しいなら、そうさせてみろよ。自分だっていろんな人のこと、口説いてくるけど惹かれないって言って振り回してるじゃん。同じことだよ。」
「酷い……」 』

作者が最初自分とは遠い存在だと考えていた、クラブで遊んでいるような人や街をいく女性も、作者と変わらない存在だったのです。誰もが『自分のことわかってほしいという視線』を、他人に送っているのでした。

この本を読むと、他人も自分と変わらず、認めて欲しいを持っているという事実が体感で理解できます。それは、他人への恐れを繋がりますし、他人の気持ちを想像する助けにもなります。

 

◯『誰もあなたのお母さんにはなれないのよ』


作中もっとも存在感のある女性から作者が言われた言葉です。この言葉で、作者は『僕が誰かに甘えようとしていること』を見抜かれます。つまり、女性の本人のことは見ずに、あくまで母親役を押しつけていただけ(誰でもよいのだ)と言われたのです。

この言葉がコミュニケーションの役に立つとかではないですが、僕には突き刺さったので紹介しました。男性は、自分が相手のなかに母親を探して、相手自身の人格を無視してないか気をつけないといけないかもしれませんね(これは超個人的な意見です)。

 

〇まとめ


色々と、この本の特徴を書いてきました。しかし、本当のところのこの本の良さは、やはり読んでみないとわからないと思います。ナンパを通して作者が自分を探っていくなかで生まれた、他人の肉体と魂との交流をぜひ味わってほしいです。そして、それはきっとあなたの他人に対する姿勢を変え、コミュニケーションに変化を起こすでしょう。ぜひ一読してみてください。

この本の作者の高石宏輔さんは、『あなたは、なぜ、つながれないのか——ラポールと身体知』というも本も出されています。こちらもコミュニケーションについて書かれた本で、おすすめです。

僕は自分のブログで、こんな感じに本や映画の感想を書いています。そちらもよかったらよろしくお願いします。男女の関係性から人間をむき出しにしていく映画、
『愛の渦』などおすすめです。【門脇麦】映画 「愛の渦」 感想と考察【池松壮亮】

以上、「メンヘラ文庫」第4弾(?)、『声をかける』の書評でした。ありがとうございました。


【執筆者】
綿箆マナ さん

【プロフィール】
ライターになりたい大学生
ブログ書いてます。よければ、ご一読ください。

Twitter : @homuty
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