私が自傷を始めた理由 リストカットしていない自分の苦しみを認められない

コラム 自傷行為 さや

初めまして、さやといいます。女子高校生です。拙い文章ですが、最後まで読んでくれると嬉しいです。

初めての投稿で緊張しますが、今回は自傷を始めたきっかけについて書こうかなと思います。

 

自傷する背景は色々あると思いますが、私が自傷(リストカット)を始めたのは「心の痛みを可視化して安心したい、誰かに気づいてほしい」という理由でした。

実際自傷をしてみると、心の痛みが体の痛みに変換されて心がスッと軽くなった気がしたり、母が私の心の問題について深刻に考えるようになったり、私の望んでいたことが叶いました。そうしてリストカットへの抵抗がなくなるまでに、そう時間はかからなかったです。

ただ、自傷をするのは怖いので本当はやりたくないのです。だけれど、自傷をしなければ孤独から抜け出せないような気がしてしまうのです。それは誰かに見てもらいたいという気持ちから来るのだと思います。そんなことをしていては将来的に余計孤独になってしまうというのも、頭では理解しているつもりです。

そんな感じでリストカットに対して怖さもあった私は、縫合体験をしてからアッサリと自傷をやめられました。アッサリやめられた理由として、もともと私が自傷をしていた理由が”今すぐ早急に自傷行為で解決しなければいけないこと”じゃなかったから、ということもあると思います。

 

私は自傷を始める前、「リストカットもしていないのに自分は苦しんでいるなどと思う資格はない」と思っていましたが、自傷をしても「自分は苦しんでいるのだ」と認めることができませんでした。私にとって、これが一番大きな衝撃でした。変な言い方をすれば、病んでいなくてたって体に傷をつくることはいくらだってできるのです。

それと、リストカットをしている人間がリストカットをしていない人間に対して「リストカットをするな」と言っているのを見て、お前なんかにリストカットをしていない人間の気持ちがわかるわけないだろと思っていました。

私は今、一生消えない自傷痕がたくさんついた汚い腕を見るたびに激しい後悔に襲われます。この傷痕は、幸せになってもつきまとうのです。自傷をしても良いことなんて1つもないです。私以外にも、自傷をする前の私のような思考を持った人がたくさんいると思うので、そんな人たちに何か伝わったらいいなと思います。

前述したように、私はリストカットをしていなかった自分に対して「リストカットもしていないのに自分は苦しんでいるなどと思う資格はない」と思っていました。でも、いざ自傷をしてみても、その資格は手に入らなかったのです。そんな思いと経験を経て、皆さんにはできれば綺麗な腕のままでいてほしいと思ってしまいます。無責任過ぎると思いますが……

私が今まで周りの人間に「病んでいる」と思われたかったのは、人生を休むことについて、周りから見てもわかるような正当な理由が欲しかったからなのだろうなと思います。

そんな理由のために自傷をしなくても、自分の心や体が休みたいと感じた時に心置き無く休めばいい、今はそう思っています。

 


【執筆者】
さや さん

【プロフィール】
女子高校生


【募集】
メンヘラ.jpでは、体験談・エッセイなどの読者投稿を募集しています。
応募はこちらから

この記事のカテゴリ・タグ

コラム 自傷行為 さや
このエントリーをはてなブックマークに追加

1件のコメント

タスク 返信

私も同じです。元気が出ました。

コメントを残す

返信をキャンセル
返信先コメント