いっそ病気だと言われたい 病名を持たずして一人悩み続ける苦しさ

コラム にじょう

私もうっすら死にたいと思っている一人だ。そこで私も一例として、中途半端な自分のことをお話させていただきたいと思った。

どうしてこのサイトに行き着いたかというと、就活戦線まっただ中の時にTwitterで流れてきた「メンヘラが就活で必ずブラック企業に入社してしまう理由」というのをブックマークしていたからだ。

ぼんやりしながら記事を遡ってみると、同じような境遇の人がちらほらいた(「自分が病気であることを認められない」「精神障害は誰にでも起こりうる 恵まれた環境で精神障害者になった自分の場合」など)。

恵まれた環境でもメンヘラは生まれること、今つらさを抱えながらも生きている人がいることを、同じような境遇の方と共有できればと思い文章を書いている。ちなみに今、この労力とやる気をどうしてやるべきことに向けられないのかと自己嫌悪しながら書いている。本当にダメダメである。

 

私は特別に家庭に問題を抱えずここまで生きてきた。細かい不満は多々あれども、恵まれた環境であったと思う。地方の田舎に住む5人家族の長女が私だ。父は厳しかったがハラスメントや虐待のような事実はない。金銭的に困ったこともほとんどない。父の給与明細を見たことがあるが、一般的なサラリーマンよりは多いだろう。

小学校高学年~中学の終わりまでいじめやからかいの対象にされていたが、「学校は行くもの」という一種の強迫観念があったこと・趣味や性格の合う友人がいたことでなんとか卒業まで漕ぎ着けた。高校は美術系のところに通った。人間関係をリセットし、気の合う仲間と一緒に楽しい時間を過ごした。初めて卒業するのが悲しいと思った。

今は高校と同じく美術系の大学に通わせてもらっている。第一志望ではなかったが、それなりに学校は楽しかったし、学外活動にも精力的に活動した。とりあえずの内定ももらっている。ここまで言うと人生順風満帆だろ、何が不満なんだ、と思われるだろうが、私にもよくわからない。今までは頑張れたし、いくらギリギリといっても一応作品は仕上げられた。

これまでの私の人生を振り返ってみると、ざっとこんな感じだ。

 

卒業目前という今になって卒業制作が手につかない、どうしてもやる気が起きない。先生に相談しに行くのもおっくうだし、モチベーションが保てない。ゼミ室の意識高い仲間が怖い。そんな状態に陥っている。果てはゼミ室に行くことさえできなくなって、勇気を出して大学のカウンセリングルームに駆け込んだ。

しかし、「勇気が出ない」「今は無理」「前向きになれない」と言って泣く私に対してカウンセラーはかなり強引に復帰させようとし、寄り添ってくれているようには感じなかった。2回行って以来そこからは足が遠のいた。周りからは「こいつは順調だ」「大学を卒業する」と思われているから、その期待を裏切りそうでとてもしんどく思っている。

休学しても復学できる自信がない、このまま留年すると内定取消しにされるがもう一度就活する元気なんてない、しかしこのまま作品を作れるかと聞かれたら自信がない…。今はどこを頼ればいいかもわからず、毎日「やるべき卒制をやっていない」罪悪感を抱えながら生きている状態だ。

うっすら死にたいとは思うが、痛いのと苦しいのは怖いので実際に行動に移すことはできない。せいぜいしがらみから解放されて日本一周の旅に出たい、くらいの気持ちである。

いっそ病気であると言われたい。でも、私は病気だと診断されるまでいかないレベルだ(自己診断でしかないが)。

病院に行ってみたい気持ちもあるが、親に切り出すのも怖いし、病名がつかなかったらどうしようと思って怖い。そして自分がメンヘラである、という自信もない。生きづらさ、自信のなさ、不安、焦り、どうしようという思いだけは一丁前に膨らんで抱えきれないほどなのだが、目に見えて具合が悪い人には見えないだろう。元から内気で人見知り、緊張しいで考えすぎの節はあったが、今になってそれが大きな足枷となっている。

病気や障害というにはあまりに中途半端。でも毎日つらくて泣きたくて逃げたくてどうしようもない気持ちを抱えて、過ぎ去る1日を怯えながら過ごしている。

 


【執筆者】
にじょう さん

【プロフィール】
美術系の大学生。4年生まできたところで人生詰みかけている。

 


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8件のコメント

幼児 返信

読みました。私も学部4年で今すごく似たような状態になっているので、私だけではないのだと少し安心することができました。ありがとうございました。

みなみ 返信

なぜ「家族に切り出すのが怖い」のでしょうか? そこに大きなヒントが隠されていると思います。

虐待なし&経済的貧困なし、それは良い家庭環境で育ったという根拠にはなりません。むしろその2つを持ち出すこと自体が目に見えにくい毒がある家庭環境だった証拠であり、自分はおかしな家庭で育ったと思いたくないプライドがそうさせるのだと思います。

私はあなたの倍くらい生きています。あなたと長年同じようなことを考え感じていました。生きづらい人生でしたが、親に問題があったことに気づき心の中で彼らを切り離してからは楽しく生きられるようになりました。そうなってからまだ1年ほどですけれど。

ご家族との関係をよく見つめてみることをおすすめします。並大抵の辛さ、大変さではありませんけどね。

エコー 返信

拝見いたしました。

大学四年生というと、社会への不安とか、卒業課題とか、選択への不信等、葛藤の多い時期かと思います。

私もかつて似たような境遇になったことがあります。
その時の私は、とにかく、どこでもいいから遠い所、誰も知らない所へ逃げてしまいたかった。
(今もその気持ちはあまり変わりませんが。)

さて、にじょうさんにはすごく適当で残酷な事言いますが、とりあえずやってみて、それで駄目ならそういう人生だと思うしかないです。
どうにもなりません。でも、それでもいいんじゃないですか?
失敗してもあなたが悪い訳ではありません。貧乏くじ当たっちゃっただけです。
多くの人が笑っても、彼らはたまたま運が良かっただけ。
みんな地獄の窯の中。世の中みんな馬鹿。みんな死ね。それではだめですか?

病名がつくということは、残念ながら「頑張らなくていい」ということにはなりません。
「人に弱さを見せる免罪符」にもなりません。
だけれど、病気でないなら「頑張らないといけない」なんてわけはありません。
「人に弱さを見せること」に免罪符なんていりません。
とりあえず、流されるままに動いてみる、そんな時期でもいいんじゃないですか。そういう時もあるさ。くらいでいいんじゃないですか。

赤べこ 返信

逃げたいだけの休学は俺もした
でも結局、時間をどぶに捨てたようなもんだ
目標があれば、休学はモラトリアムの果実だ
でも何もないorあっても具体的な計画も、必要な環境/金/能力が無いor揃える気力もないのなら、
決死の想いで崖を登る同世代の背中を、見つめているだけになる

時間と言うのは木だ
今は青々と茂って沢山あるが、
秋は必ず来る
その時になって、落ち葉の数を数えて悔いても遅い

卒制を完成し、卒業し、その間に病院へ行けばいい
君の悩みや不安、焦りは、他人にはわかりにくいし、想像以上に深刻かも知れないが、
逃避旅行や消極的休学は、絶対に答えじゃない。
もし精神状態が悪化し、スパイク熱のように昼夜で症状が激変するようなら、
泣きながらでも親に相談し、それももし出来なければ、一人でも病院へ行こう。
病院は怖いが、行く途中に何か興味のあるもの、立ち寄りたい場所でも見つければ、少しは楽になる。
また病院では、想像以上に、君と同じような方面の悩みを抱えている人の多さに驚き、気は楽になると思う。

また診断の結果、何の問題もないとわかれば、少し拍子抜けだけど、ぱっと前が開けたような気分になる。
心配事がない時の人間のパワーは、月ロケット並みだ。

ナダ 返信

読んでいて、自分かと思うほど共感しました。
私は社会人ですが、同じように行かなければいけないという義務感のもと屍のように出社して詰られて退勤してます。きっと病院に行っても、誰も助けてくれないんじゃないか、自分は弱いだけのしょうもない人間じゃないかと思ってます。
にじょうさんはどうか、このループから抜け出して明るい社会に出られますよう。

あべべ 返信

心情的なところに似てる部分がある。
痛いほどわかる(つもりになってる)

仲見 満月 返信

漫画を読まれる習慣は、ありますか?

美大生や大学教員たち、その周辺のOBと勤務先の群像劇的な漫画『ハチミツとクローバー』が全10巻で出ています。筆者さんの現状は、主人公の竹本くんが悩む様子に重なりました。何か、突破口を得る作品になるかもしれません。

小村井 返信

私もにじょうさんと似たような境遇かもしれません。
しかし違っている点も当然あって。私は精神科に行きました。そして病名がつきませんでした。それなのにダラダラと2年も通院をしています。お金が勿体ないなぁと思いながらも。それでも苦しいのも悲しいのも人生からリタイアしたいのも変わらないのでまだ通っています。なんで病気じゃないんだろう。こんなにつらいのに。ただ甘えているだけなのか。弱い人間ってだけなんだろうか。病院に通っていることが間違いなんだろうか。自分が健康なのか異常なのかわからないままでつらいので今度カウンセリングルームに行ってみます。これも「健常者なのにまた誰かに頼ろうとしている、甘えだ」と「毎日つらくて泣きたくてでも理解してもらえる人が周りにいない、助かりたい…」の二つの考えに板挟みになりながら数か月悩んで決心しました。
わたしの話を長々とスミマセン。中途半端な自分に苦しい思いをしている人がいるということが知れてよかったです。この記事を書いてくれてありがとうございます。

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