聖職から過酷な閉鎖病棟へ そこで見たもの 得たもの

体験談 精神科入院 匿名希望 閉鎖病棟

ある土地で、幼稚園の園長と教会の牧師をしていました。

仕事の中身は99パーセント幼稚園の園長で、「ついでに」教会の牧師でした。

とにかくサービス残業が多く、連日11時間勤務もざら。一日中狭い職員室に閉じこめられ、人間関係は煩わしく、苦しくなり、責任ばかり重いことに耐えられなくなったわたしは、ある日とうとうキレてしまいました。

そしてつれ合いの勧めもあり、地元の精神科病院の閉鎖病棟へ。閉鎖病棟へ入れられたのは、解放病棟が満床だったということもありますし、診断的治療(どの薬があうか、どんな副作用が出るかで診断を決める)には副作用で暴れるリスクもあるので、ということもありました。

閉鎖病棟では2人部屋で「人を殺したくてたまらない」という16歳の少年と寝起きを共にしました。「たばこを一服するのはいいのに、腕を刺して血を流して『ああ生きてるな』と安心するのはなんでだめなのか分からない」という17歳の少年とも親しくなりました。言葉もうまく話せず、文字もうまく書けない、交通事故の後遺症に苦しむ元暴走族の若者とも毎日語りあいました。ベッドに拘束された枯れ木のような青年は、まるで十字架にかけられたキリストでした。

ああ、この人がここでこうしてはりつけられているから、世のなかは何食わぬ顔で「健常」なのだ・・・わたしは彼の前にひざまずき、涙を流しました。

20代の女性看護師たちが監視している前でパンツを脱ぎ、多くの男たちと共に風呂へ放り込まれました。そのとき看護師の投げかけた「あの人、牧師なんですって!」という言葉は、急いで男性器を洗っているわたしには堪えました。

せめてここでは匿名の、痩せ細った裸の男で居たかった。そう思いました。

痩せた男たちが芋を洗うように風呂場に放り込まれる様子は、ドストエフスキーの『死の家の記録』のようでもあり、あの忌まわしい20世紀の歴史的事件のようでもありました。

自衛隊あがりの剛腕看護師が患者を殴る姿も何度も見ました。

看護師たちももう限界だったのでしょう。

1か月半閉鎖病棟で暮らし、もう1か月半解放病棟で暮らして退院し、そこの教会は辞任しました。その後、いろいろな方の助けで今の教会に赴任し生活しています。

それらの経験を経た今、こう言えることができるようになりました。

イヤな奴はいても「異常者」はいない。

みんなわたしの仲間です。これはわたしの実感です。


【執筆者】
匿名希望


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