私が希死念慮で失ったもの

体験談 希死念慮 ADHD(注意欠如多動性障害) 面前DV ぴょん氏

初めまして。このサイトに出会い「私と似たような人がいるなあ」と思って救われたので、私の記事を見て同じように思ってくれればと思い投稿させていただきました。

私はいたって普通の家庭で生まれ、「貴女は恵まれている」と言われて育って来ました。小学校5〜6年生頃からたまに学校を休んでいましたが、友達も普通にいたし、部活も掛け持ちしてました。中学にあがったあたりから、授業中の居眠りや忘れ物で怒られ、部活中にも怒られる事が増えて泣きながら学校に行ってました。家では私の成績しか興味がない父に怯えながら、自由にテレビをつけることもできずビクビクして過ごしてました。

両親は夫婦喧嘩が凄くて、怒鳴り声に萎縮してしまう私は声が出せませんんでした。部活内でも、いつも先生が怒鳴っています。返事の声が小さいと、外で声出しをさせられるか、走らされます。特に私は萎縮して声が出なくなってしまうので、外に出される回数が多かったです。

今思えば、家でも外でも安心できる居場所がなかったんだと思います。

ある日の音楽の授業中、そこは3階だったのですが、ふとボーッと外を見ながら歌っていたら飛び降りたくなりました。それから頻繁に「飛び降りたい」と思うようになり、そのことを考えると常にイライラするようになりました。

その状態が続いたまま、高校へ進学。

そこで変な子に付きまとわれて病んでしまい、普通の子なら出来るようなこともできなくなり、さらに不安定になっていきました。様子がおかしいということで病院へ行き、ADHDとうつ病と診断され、そこからは治療に専念しています。その頃から、父は少し私について理解しはじてくれています。

高校は通信制に変えて、そこでもまた病んでしまったものの、ひとつ夢が見つかりました。卒業後そのための専門学校へ進学するも、希死念慮が消えないせいで中退。

この希死念慮のせいで中学の友達もほぼほぼ失ってしまったし、人間関係も、夢を叶えるための環境も全て無くなりました。「ADHDじゃなかったら」という気持ちは今も拭いきれません。

だけど、これからも夢を諦めないで生きていこうと思います。

 


【執筆者】
ぴょん氏 さん

【プロフィール】
発達障害に悩むも、周りからはただのアホだと思われ悩みが伝わらないのもまた悩み。


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1件のコメント

Lund 返信

蒼井硝子先生のサイトを見て欲しい

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