元声優専門学生が経験した、声優専門学校の闇

体験談 井戸 声優

はじめまして。井戸と申します。ADHDと診断されて2年目のフリーターです。

皆様の中にはアニメやゲームが好きで、なおかつ声優になりたいとお思いの方もいらっしゃると思います。声優になるのであれば、養成所や専門学校に通う事も考えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。私はそれについて、元声優専門学生のADHD患者として自己の経験から知見を述べさせていただきたく思い、筆を執るに至りました。

乱筆故に不快な表現になる事が多々あるかと思います。申し訳ございません。また、多少ぼかしが入る事をお許しください。

 

私が声優になりたいと思ったのは、小学生の時でした。

小学校に通っていた間、私はずっといじめの標的として過ごしました。誰とも友達にはなれず、たまに人と話せば浮き、いつもクラスぐるみで行われる悪巧みのいいカモになっていました。学生としては難ありだったわけですが、とりわけ文章を声に出して読む事だけが得意でした。読んでいる間は物語の一員になれる、詩と同じ風景にいられる、そういう思いで国語の授業の音読だけが楽しい時間でした。

原因も分からずいじめがエスカレートし、不登校&昼夜逆転する中で見つけた楽しみが深夜アニメでした。かわいかったり、かっこよかったり、いろんな声が楽しそうにしているのを見たり聴いたりするだけで、私はとてつもなく楽しい気分になれました。それと同時に、この声の世界にいつも居られたらどんなにいいだろうと思うようになりました。その頃はまだ声優になるためにはどうしたらいいだろうと考える余裕もなく、常に死にたいと考える日々の中で欲求は薄らいでいきました。

その欲求が再び呼び起こされたのは高校1年生の時でした。中学・高校も人間不信と体力の無さから最低限しか通学しておらず、無気力故に大学進学は夢物語といった状況でした。大学に通い続けるのは辛い、F欄には行きたくない、ニートにもフリーターにもなりたくない…そう考えているうちに妙案が浮かんだのです。

「そうだ、声優になろう!」と。

声優を目指せばひとまずニートを回避できるし、成功したら好きな事をしてお金も手に入るし、天職だ、自分ならきっと出来る、と思いました。とりあえず養成所か専門学校に入るという意識があったので、自分で調べたりオープンキャンパスに足を運んだりして、結局、自分の憧れの声優の出身校で、それ以外にもプロが沢山卒業している某専門学校に進学することに決めました。

声優になろうと決めてからというもの、生活は明るくなりました。プロの声優になるという目標に向かって、無気力なりに日々朗読や体作りに励んだりすることができました。昼夜逆転も治り、新しい生活に向けて、それまでギクシャクしていた両親との関係も回復しました。

どうすれば声優としてやっていけるのか調べ始めたのはこの時ですが、この時私の心に残った文章があります。

それはとある声優兼俳優の方のブログの文章でした。そのブログは声優志望者に夢を諦めるように諭すような事ばかりが書いてあるブログで、その記事の一つに、今の声優志望者の層の構造としてアスペルガー、ADHD、自閉症などの発達障害者が多数を占めており、養成所や専門学校はそれをカモにしている、というような言説がありました。

当時の私は発達障害の類の診断を受けていませんでした。しかしそれに近いという自覚があったこともあり、その文章を読んで「だから障害者はダメなんだよ」というような侮蔑の感情を感じ、非常に憤りを憶えました。病気のあるなしで職業に就けるかが決められてたまるかといった反抗心もあり、私は学校への入学と将来の成功への意志を固めていきました。

 

そうこうしているうちに春が訪れ、高校を卒業、上京し、専門学校に入学しました。このころ私のやる気は最大だったわけですが、学校での生活は私の予想と全く違う物でした。

まず、やる気に満ち溢れた真面目な同級生には恵まれませんでした。総じてやる気がなくだらだらとしていたり、ウケを狙って他人をネタにしたりするような、所謂DQNとかウェイ系な人間ばかりでした。今風に言うと陽キャでしょうか。これは中にいた人以外あまり知らない事だと思います。とにかく「何でこの態度で声優になろうと思ったの?」というような人が結構いました。今思うとこういう人間が先んじて仕事を得ていくのかもしれませんが、私にとってはただ気分が悪いだけです。

同級生だけでなく、先輩方も軽率なノリの方が多く(やはりそういうノリの方があの業界では都合がいいのかもしれません)、一緒に練習をすることも多い中、ノリについていけない私は往々にして疎外感を憶えました。また、LINEやTwitterが会議や連絡のための事実上の義務になっており、そこでも常に先輩方とのつながりが求められ、疎外感は深まるばかりでした。

次にうんざりさせられたのは、学校や業界の雰囲気でした。学校自体がアニメ業界を模したシステムを採用していたのですが、有り体に言うと縦社会でした。挨拶と清掃、報連相は円滑な組織運営に当たり前だとして、過剰なまでの連帯責任と暗黙のルールの遵守が求められました。クラスのうち一人でも教科書を忘れれば授業は全て説教で潰れ、物を教えるか教えないかは先生の機嫌次第といった感じでした。前者に関してはそういうことが起こる前に私は学校を辞めたので真偽は不明ですが、こういう話があるだけで気分が悪くなるものです。

そんな極度の縦社会を予想していなかった私は場のノリについていけず、入学早々「浮いてるやつ」になりました。入学してしばらくは元気に真面目に授業や練習に取り組んでいましたが、次第に「どうなんだろう?」「このままやっていけるのかな?」という思いが強くなっていき、真剣に受けているはずの授業にも身が入らなくなっていきました。

日々消耗していく中、教科書を忘れて先生に叱責されたり、クラスメイトに誤解から恫喝され暴力を振るわれたりするといった、不本意で辛いことも起こる様になっていきました。夢を実現させるためには多少の苦労は必要で、好きだから苦労はいとわないつもりだったのに、日々演技が、アニメや声優という概念が嫌いになっていきました。

慣れない一人暮らしだったという事もあり、風邪や下痢で体調を崩したり、授業と練習でヘトヘトになって帰ってきては親に「つらい」「死にたい」と泣きながら電話をしたりする日々が続き、最終的には、硬直したようにベッドの上から動けなくなってしまいました。しばらく学校を休み気持ちを整理した後、親に学校を辞めたい旨を伝え、2年生になる直前に学校を退学して実家に帰ってきました。

 

もう退学してから数年経ちますが、専門学校での日々は幼少期の思い出と同じ位、心に暗い影を落とし、思い出すたびに私を嗚咽させる辛い物となりました。進学と上京の為にかかった多額の親のお金をふいにしてしまった事もまた辛く、それ以来お金を使おうとするたびにその事がフラッシュバックするようになりました。

振り返ると、心の弱さを克服せずそれにつけ込まれ誰かのいいカモになってばかりの申し訳ない人生だなと思います。それをこうして文字に起こしているのも心の弱さを見せつけている愚かしい行為なのかもしれません。それでも、理解ある職場に縁があった事もあり、少しずつではありますが生活を再建しています。やはりADHDなりに苦しい事もありますが、日々幸せに生きています。

声優になる為に、養成所や専門学校の扉を叩くのは悪い事ではないと私は思います。もちろん、私が行った学校にも、親身に接してくださる先生や教え方の丁寧な先生がいらっしゃいました。けれど、私が見てきた現在のアニメ・声優業界のシステムは、あまりにも心の弱い人にとって過酷なものだと思いました。競争が激しかったり、労働の質が悪かったりといった問題はよく取りざたされますが、一番の問題は「心の弱い人の居場所がない」ことだと考えます。

自分が感動や興奮を憶えたものに、いつか自分が関わりたいという思いは自然なものだと思います。しかし今のアニメ・声優業界は表現者への扉を固く閉ざしていると言わざるを得ません。養成所や専門学校にルートを限定し、表現の追究の名のもとに行われるパワハラ紛いの不必要な指導から生き延びた僅かな人たちで争わせているのが、現在の業界の姿です。

お金を払ってまで冒険して心や体に傷を残すくらいなら、自己満足を極めるのも一つの手段です。それで素晴らしいものができないという道理もないと思います。

読んでいただき、ありがとうございました。皆様の幸運をお祈り申し上げます。

 

 


【執筆者】
井戸 さん

【プロフィール】
ADHDと診断されて二年目のフリーター。趣味はアルフォートの分解。


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