いじめで消耗した私を、Twitterが救ってくれた

体験談 いじめ みず子

高校時代、私はいじめられていた。

表面的には仲良さそうに見えるけれども、皆の目に見えないところで嫌味を言われたり、意地悪をされたりと厄介なもので、そんな私も反抗すればいいのに、ただ高校生活を充実したいという気持ちと、「いじめられっこ」に見られたくないという気持ちで、無理して明るく振舞っていたし、親にも全くいじめのことは言えなかった。要するに私はプライドが高かったのである。

ある日、メガネに卑猥な言葉を油性マジックで書かれ、それを親の目につかないようにこっそりとゴミ捨て場に捨てたことがある。

何故、こんなにコソコソしていなければならないのか。私は自分のとった行動が理解出来ず、反抗したい自分と反抗出来ない自分がせめぎ合い、とても惨めな気持ちになった。

このようなことが繰り返されていくうちに、私の外界からの攻撃に対する反応は次第に鈍っていった。嫌味を言われる。言われた瞬間はイマイチ攻撃された実感が沸かず、ヘラヘラしている。しばらく時間が経つと言葉がじわじわとボディーブローのように効いてくる。その度に、私は上手く言い返せない自分に対して、嫌悪感が露わになった。

この時代にありとあらゆる人間の悪意を、私は経験したと思っているが、中でも一番堪えたのが、私が打ち明けた過去の辛い出来事、思いのたけなどが、「気のせい」「あなたが悪いんでしょ」の一言で事もなげに済まされてしまうことだった。同じ日本語を話しているのに伝わらない。そもそも皆が私を馬鹿のフィルターで見ているのだ。いじめで私が最も無力感を感じたのはこの類の体験である。

こんな感じで、高校3年の受験期には、もう精神がボロボロだった。顔が老け、髪に白髪が入り混じり、久しぶりに会った同級生が「老けた?ストレスたまってんの?」と目を丸くして心配したほどである。受験という重要な時期に、これでは生きてはいけない。私はどこかで自分の意見を吐き出す場所が必要だと思った。

場所はすぐに見つかった。Twitterである。

私は現実の知り合いと繋がるアカウントを既に持っていたのだが、かねてからせっかくのSNSなのに、周りの目を意識して呟きたいことを呟けない環境に疑問を持っていた。

「愚痴でも何でも、私が私だと主張出来るような場所を作ろう!」

私はこのアイデアに1人小躍りした。当然新しくアカウントを作ってまずフォローしたのは、同じ愚痴や辛いことを吐き出すことを目的としたいわゆる「メンヘラ」な人々である。Twitterでこれらの人々と触れ合うようになって、まず驚いたのが、皆さんとても優しいことだ。

私が日常にあった出来事をツイートすると、フォロワーさんたちが親切におかしな点を指摘してくれる。病んでいたら慰めてくれる。また、同年代のメンヘラたちのツイートを見ることで、普段から友達がおらず、学校で起こる出来事を自分1人で判断しなければならなかった私は、他人の目を介して世界を理解することが出来た。

Twitterをしばらく続けて、複雑に絡まっていたパズルを解きほぐすように、私は段々と自分という存在がまとまっていくのを感じた。ここでは私を馬鹿のフィルターを通して見る人は誰もいない。よく、インターネットは嘘だらけだと、周りの大人たちは言っているが、この過去や未来の線上が何もない空間で、私ははじめて自分に正直になれた気がした。

このようなTwitterの使い方には、賛否両論があるかもしれない。事実、私は被害者意識が高じすぎて、偏った考えに陥った時期もあった。

しかし、あの時Twitterの世界に踏み込まなかったら、永久に自己嫌悪に苛まれたまま生きていたに違いない。「たかがTwitterで」という人が時々いる。だが私は「たかがTwitter」で救われたのである。

現在は大学4年生。関西の大学に何とか通えている。相変わらず愚痴も多く、いじめの過去に苛まれる時もしばしばあるが、今ではTwitterに流れてくるツイートを、ニタニタと笑いながら見るまでに成長(?)出来た。


【執筆者】
みず子 さん


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2件のコメント

小村井 返信

私も中学時代いじめを受けていて、たった数人の友だち以外、同じ学年の人間は全員敵、みたいな感じで学校生活を送っていました。
その頃はまだツイッターに出会っていなくて、吐き出し口が無かったので、母に相談したり泣いて悔しさをぶつけたりしていました。
それができるだけ私は恵まれていたのかもしれません。
どこにも、誰にも、聞いてもらえない、理解してもらえないっていうのは、つらいですよね。
母が亡くなってしまい、家族が父だけになってしまってからは「いじめを受けていたのも、どうせお前が体育祭の練習をテキトーにやってたからだろう」とか、想像で勝手なことを言って来るのでものすごく腹が立ちますね。
今はツイッターがあるので、そういう時はツイッターに怒りをぶつけています(笑)

今日はマナリスさんの誕生日 返信

すばらしい、よく書いてくれたと思う。
私も高校時代、Twitterによっかかることでなんとか生きてこれた。反応が鈍くなるのとか、すごくよくわかる。
良し悪しだけど、会ったこともない人たちと繋がれるってのは、救いにもなると思う。

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