死にたいくせに腰は振るんですね?

photo4

ツイッターで「死にたい」と呟いている人が、間髪入れずに「おっぱい揉みたい」と呟いていても私たちは驚いたりしない。

死にたい理由として「恋人ができない」「彼が奥さんと別れてくれない」「彼女が水商売をやめてくれない」というエピソードが出てくるのはよくある話だ。死にたかった人が「大好きな恋人ができてから、そう思うことは無くなりました」と話すこともまた然りである。死にたいという言葉は一見深刻で切実で悲痛な言葉だが、同時に現代のネット社会においてはかなり便利な共通語に成り下がっている。

話は変わって、常日頃からネットで「死にたい」と言っている人たち(いわゆるメンヘラ)の童貞処女率は低い(私調べ)。死にたい童貞処女にしてみればふざけんな案件である。

今回はそんな「PTAが読んだら血相を変えてインターネット規制運動を始めそうな話」について書こうと思う。

 

 

■死にたさの正体とは何か

結論から言うと、死にたさの正体はおそらく「孤独」である。
そしてネットで死にたいと言う人は「死にたい」と言える場所を求めている。

孤独の種類は様々だが、現実世界において何かしらの孤独を感じている人は、その隙間を埋めるようにインターネットという仮想世界に足を踏み入れる確率が高い。ここでの「足を踏み入れる」という表現は、単に動画を見たり、お気に入りのサイトを閲覧することではなく、ネットを通じて積極的に自己発信をすることだ。その理由は、現実世界や自分自身に対して欲求不満だからだろう。また、ネットは表面上は匿名での利用ができるため、抑圧された欲求も解放しやすい。

つまりネットで死にたいと言う人たちは、孤独ゆえに現実世界に死にたいと言える場所がなく、仮想世界にはけ口としての機能と、孤独の解消を求めていると考えられるのではないだろうか。

 

 

■Off-line Pakority(専門用語)

先述した仮想世界での楽しみ方は様々だ。現実世界に友達がいなければ仮想世界で友達を、恋人がいなければ恋人を、ファンがいなければファンを作ってコミュニケーションを取ることで、欲求不満や孤独の解消を図ろうと、広大な電子の海を彷徨う……

驚くべきは、この「恋人がいなければ恋人を」の部分をかなりの人数のネットユーザーが実践していることだ。なかには中学生のユーザーの体験談もある。

話題が話題なだけに、ここからはかなり慎重に筆を進める必要があるが……要するにネットを通じて知り合ったユーザー同士が、現実世界で顔を合わせてセックスしているという事実がある。

これは別に恋人関係にない男女のユーザー間でも発生している。さらに死にたいコミュニティに属していると、同じコミュニティに属している同性と、なぜかセックスした相手がお揃いになっていることもある。たかがセックス、されどセックス、どう感じるかは人ぞれぞれだが、異常なコミュニティであることは間違いないだろう(大学における異常なサークルの人間関係によく似ている)。

この事実はたびたびオフパコと略されるが、もしあなたが一度もこの単語を目にしたことが無いようであれば、そのまま健全な仮想現実ライフを送ることを望む。

 

 

■メンヘラはヤれる?

タイトルの「死にたいくせに腰は振るんですね?」は、過去に私が知人のメンヘラと喧嘩になったときに発言したセリフだ。それくらい奴はセックスをしていた。奴に限らず呼吸をするようにセックスをするメンヘラは、それほどまでにセックスできるレベルの容姿があるということでもある(だが、インターネットが絡んでいる場合セックス需要の高さとハードルの低さはお察しなので、全てのメンヘラが美男美女であるかというと)。

美形も不細工も共通して、ヤリまくっているメンヘラには貞操観念というものがない。これは破滅願望や自己評価の低さも関係しているだろうが、きっと「さみしくてたまらない」からだ。
メンヘラの「死にたい……」に対して「大丈夫?話聞くよ」がテンプレになっているように、そこから始まるであろうオフパコも含めて、もはやひとつの様式美のように見える。
孤独を埋めたい寂しいメンヘラと、誰でもいいからセックスがしたい人間、これはSNSが滅びない限り絶対に崩れない需要と供給のひとつだろう。

美形であれば逆に自己愛もプライドも高いので、セックスすることは簡単ではないかもしれない。が、もしあなたが自分の容姿に自信があって、メンヘラとセックスしたいという強い好奇心があるのなら、少し余裕を持って「ご飯でもどう?」と誘ってみるといいだろう。あとは少々無理やりにでも終電を逃してしまえば、ほとんど結果は見えている。あ、アドバイスとしては身元がわかるもの(免許証や保険証など)は持っていかないこと、家や車の鍵は隠すこと、携帯電話は必ずロックをかけること、手持ちの現金もできるだけ少ない方がいいと思います……

 

 

■死にたさと性欲

精神薬の副作用などで性欲が減退している場合や性そのものに嫌悪している場合を除き、このようなメンヘラは男女ともにセックスによって一時的に死にたさから逃れようとすることが多い。

それは死にたさを構成している自己評価の低さ、破滅願望、疎外感から生まれる孤独を紛らわすためなのかもしれない。一晩でも一瞬でも他人から求められることに喜びを感じ、それが癖になって依存したり、自己嫌悪に繋がることも少なくない。だが、別に私はそういった人たちを非難するつもりは一切ない。例え一時的でも死の願望から逃れられるのなら、セックスくらいおおいにすべきだとも思う。

 

「死にたいくせに腰は振るんですね?」

 

むしろこれは「死にたいから腰を振る」が答えになるのかもしれない。




The following two tabs change content below.
詐欺自撮りで成り上がってきた詐欺師。「限界になったら自殺しよう」という気持ちで毎日楽しく生きてます。やる気あります。何でもやらせてください。

1 件のコメント

  1. やさい 返信

    その通りだと思う。死にたいけど・・自分自身を確認するためにその行動に出るんだと思う。
    人間にある3欲・・食欲・睡眠欲・性欲で性欲だけは一人ではできません。なぜ童貞処女率が低いか
    というとそういう人たちは一人だけでは得られない感情を知らないからです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です