死にたくて死にたくて一度死んだあの時の私は、「死」に執着していた

PPP_atusaniyarareruneko_TP_V

ごきげんよう。090です。

ごきげん、全然良くなさそうな人がこの世にはたくさんいますね。あなたもそうですか。死にたいですか。

私は、そりゃあもう死にたいです。無職だし別にもうやりたいこともないし将来に希望もないし、良い条件が揃ったらバシッと逝っちゃいたいですね。けれど、今は、そんなに急いで死ななくてもいいかなって思って、毎日なんとなくやっています。良い条件が揃うまで毎日テキトーにやることにしたんです。

それでも、死にたくて死にたくて死にそうなあの時の私は、確かに死にたかったのです。こんなクソの役にも立たない、仕事もできない金も稼げない欠点しかない産廃の私は今すぐに死ぬべきだと思ったし、死ぬしかなかったし、死ぬ以外に何もできなかったし、ついでに自殺も試みました。

私は「死」に執着していたのです。

 

 

■あの時、選択肢が全部「死」だった

あなたは、RPG、やったことありますか?某ポケのモンとか、なんとかファンタジーとかなんとかクエストとか。
やったことがある方にはわかると思うのですが、敵と戦う時、自分が操作するキャラクターの行動を決めるため、幾つかの選択肢の中から一つ選ばなければならないんですよね。

 

例えば、敵と戦うなら、

XX が あらわれた!
・たたかう ・アイテム
・まほう  ・にげる

 

みたいに。
私が「死」に執着していた時って、この「たたかう」とか「にげる」が全部「死」になっていたんです。だから、

 

職場の人達が、私に聞こえるように陰口言ってる!
・死 ・死 ・死 ・死
・死 ・死 ・死 ・死

 

仕事ができない!
・死 ・死 ・死 ・死
・死 ・死 ・死 ・死

 

遅刻確定の時間に目が覚めた!
・死 ・死 ・死 ・死
・死 ・死 ・死 ・死

 

っていう感じで、もう死ぬしかなかったんです。どれを選んでも死。

 

選択肢、つまり目の前のことに対処する時に選ぶべき自分の行動のパターンが「死」だけでした。
裏を返せば、「死ぬ」ことで、すべての問題に対処できると盲信していた、ということでしょう。また、「死ぬ」以外の行動、例えば「誰かに愚痴る」「叫ぶ」「戦う」「にげる」といった対処方略(いわゆるコーピングですね)が皆無になってしまっていたのでしょう。

そしてある時、私はついに「死」を選んで、◯ボタンを押しました。

 

 

■自殺未遂しても消えない「死」への執着

視界いっぱいに表示された「死」のコマンドをようやく実行したつもりが、死ぬことができませんでした。ゲームがバグったんですかね。今思えば、選択肢が全部「死」のほうがよっぽどバグっぽいんですけどね。

結果、しばらく休職してメンタルクリニックへの通院を余儀なくされました。時々来る上司からの連絡には「ちゃんと通院してますよご飯食べて寝てますよ健康になろうとしてます」アピールをし、病院では「ちゃんとお薬飲みます」と模範的な患者を演じながら、心の中では「何で私は死ぬことすらできないんだ、死ななきゃいけないのに、死ぬしか残されていないのに、クソ、絶対死んでやる、もっかいやる、絶対次は死んでやるからな」と思い続けていました。

誰のどんな優しい言葉をもってしても、どんな最先端のお薬をもってしても、強制送還された実家での美味しいご飯をもってしても、私の「死」への執着は止まらず、「絶対に死んでやる。数年前にあそこの建物から飛び降りた人がいるらしいから、まずは下見をしよう」などと企てていました。

そんな感じで、死への希望は捨てず、とりあえず病院に通って薬飲んで3食食べて好きなだけ寝て暇を持て余してはネットに逃避、都会に逃避、自分の世界に逃避してダラダラ生き続ける……そんな生活をしばらく続けていたら、なんということでしょう。

「死」への執着がなくなっていました。

 

 

■「死」への執着をやめるまで

自殺未遂から10か月ほど経ち、実家でひたすらゴロゴロしていた私。

「今日は何やってもダメ、傷病手当金の書類を病院に持ってくの忘れた、カーテンの金具ぶっ壊した、そこらへんに積んでた本が何回片付けても雪崩れる、何やっても本当にダメ、もうマジで自分が嫌だ本当に殺してほしい!!!」という日がありました。

この無茶苦茶に最低で最悪でクソな自分を、可能な限り残虐な目に合わせて殺したくて仕方ない。死にたい死にたい、つらい、もう嫌だ、こんなの嫌だ、どうにかしたい、どうにか、どうにか……と考えた私は、

「もうダメだ!!!助けてS(私の推しているアイドル)!!そうだSの動画見よう!!!」
「死にたい!!死にたいから死にたい時に聴く曲のプレイリスト聴こう!!」
「全部どうでもいい!酒だ!酒飲もう!!!」
「猫~~~!!!猫ちゃんかわいいね~~~!!!いい子だね~~~!!!」

と、ひたすら好きなことだけやり続けました。結果、最悪な気分はどっかに行っちゃいました。

そしてその翌日、はたと気づきました。

 

私、「死」以外の選択肢めっちゃ増えてる!!!

 

自殺未遂をしてからも自殺リベンジを企てつつ、特に働くこともなくドヤされることもなくぼーっと生きていた私は、日々の暇つぶしのおかげか、気づけば自分の好きなことをたくさん思い出すことができるようになっていました。

「死」だけに執着していた状態から、他のことへの興味・関心が復活したことで、執着の対象が分散し、結果として「死」への執着がほとんどなくなってしまったのです。
「死」だけに執着することを、やめることができました。

 

 

■「死」への執着は、やめられる

そんなこんなで、今の私の選択肢はこういう感じです。

 

死にたみ が あらわれた!
・寝る ・薬 ・酒 ・煙草 ・ネット ・動画
・猫  ・叫ぶ ・ライブ ・死 ・音楽

 

「死」以外にもたくさん行動の選択肢がありますよね。

 

他にも「顔が変わるほどメイクして遊ぶ」「暗いドキュメンタリー見て暗い気持ちを加速させて薬で寝る」とか、いろいろあります。たっくさんあります。みんな私の好きなことです。

 

「死」への執着が強かった時は、もう何しても死ぬしかなかったんですが、今は「死」だけにこだわらなくてもいいかな、辛かったら寝ればいいし、酒飲んじゃえばいいし、好きな動画延々と見てりゃいいよ。どうせ人生、いつか勝手に終わってくれるし。って思っています。選択肢が増えて、「死」への執着が消えたら、テキトーに人生やれるようになったんです。

冒頭でも申し上げました通り、「どっかバッチリな場所とタイミングがあったらズバッと死ぬのにな~」という気持ちを抱えているので、「死」っていう選択肢は捨てていないところがミソでもあります。私にとっては「死」は最後の手段、お守りのようにとってある、大切な選択肢です。なので、今後は滅多なことじゃ選ばないだろうと思います。

 

 

選択肢を増やすには、やっぱり「好きなこと」を思い出す作業をする時間が必要だったと思います。
今、死にたいあなた。好きなこと、忘れてませんか?何が好きで、いつも何を選んでいたか、思い出せなかったりしませんか?

 

今、死にたいあなた、「死」に執着していませんか?画面の端から端まで、「死」しか浮かんでこなかったりしませんか?
もしそうなら死ぬのは一旦後回しにして、「死」以外の選択肢も探してみましょう。
あなたの好きなもの、好きなこと、なんでしたか?

 

よく聞いていた曲、好きで食べていたもの、ストレス発散にしていたこと、なんでしたっけ?思い出してください。思い出したら、片っ端からやってみましょう。大丈夫、仕事だのお金だのは案外どうにかなります(よかったら、私の書いた他の記事を参照ください)。

 

そして、もうちょっと、もうちょっとだけ、楽しいことやって、半年ぐらいテキトーに過ごしましょう。
大丈夫、どんなことをやらかしても、人はいつか絶対に死にます。しかも全員もれなくそのうち死にます。今からあなたが好きなことを楽しんでも、ちゃんと死ねます。

 

だから安心して、毎日をテキトーに楽しくやっていきませんか。私みたいに。

 

そんな私がテキトーに毎日楽しく死なないように過ごすために必要なものリストがこちら(https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/1I0DM7OTMAFPY/)です。ぜひご覧ください。ついでに何か送ってください!これが、死にたい私が今選んだ「ちゃっかりする」という選択肢です。楽しいよ。

 

それでは、ごきげんよう。090でした。




The following two tabs change content below.
090

090

会社員時代の自殺が未遂に終わり、いろんな意味で「サービスで生きてる」無職。生きてる以上、楽にやっていきたい。少しでも死にたい人のお役に立てればと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です