いちばん最悪で気持ちいいTwitterの使い方 ─SNS愛されたい症候群 vol.1─

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私がこの病を発症したのはいつのことだっただろう。

高校の保健室で授業をサボり、ベッドに横たわる制服姿の自分のスカート、太もも、紺色ソックスの自撮り写真をインターネットに投稿した記憶が残っている。そうすると、少なくともその頃から発症していたということになり、ゾッとする。

SNS愛されたい症候群を発症するとさまざまな異常行動が現れる。私の場合は、現実の自分の人格とは違うもう一人の人格が生まれて暴走し分裂、さらに承認欲求が底無し沼になってしまった。これは今でも治ることは無く、油断をするとすぐに「愛されたい!チヤホヤされたい!有名になりたい!崇め奉られたい!」という欲求が生まれてしまう。恐ろしい病だ。

ただの田舎で女子高生をしていた平凡な私が、どうしてこの病に罹ったのか。

そしてどうやってフォロワー5万人を獲得してしまったのか。

本連載では出来る限りわかりやすく、この病を解説していこうと思う。

 

SNSに生まれたもうひとりの自分

私が初めてTwitterに登録したのはどうやら約5年前のことらしい。5年もの間、ほぼ毎日インターネットにしがみついていたと考えるとバカじゃないのかと思う。5年あれば華の女子高生もただのおばさんになってしまう。そして気付けば私は、承認欲求とまだ見ぬ理想の自分を追い求めるインターネットおばさんになっていた。

元々私のTwitterの使い方は、変身願望を満たすためのものだった。おそらく運営が想定している本来のTwitterの使い方ではないだろうが、全く別のキャラになりきってツイートするという使い方だ。

当初は特に何か意図があったわけでなく、「どうせどんな人間が利用しているのかなんて誰にもわからないんだし、なりたかった人間になってみよーっと」という軽い気持ちだった。ちなみにこの時の設定は「報われない恋に溺れる儚くて不安定なナース」だった。この設定で何の意味もなく、ただ思いついた言葉をネットの海に放流していた。実際にツイートしている現実の私が「ブスで頭の悪い田舎の女子高生」だったため、このギャップだけで充分笑えるものだった。

このキャラ設定は私が「報われない恋に溺れる」不幸な女、「儚くて不安定な」女、そして「ナース」という記号(あるいは夢)に属した女に憧れていたことを示している。幸い、私は自撮りが得意だったため、アイコンにしていた画像は自分の顔写真でありながら全く別人のようだった。

この時、こんな軽い気持ちで始めたTwitterを5年も続けることになるとは夢にも思わなかったが、自分じゃない別のキャラになりきって無意味な言葉を吐き続けるのは楽しかった。現実とは別に、自分だけが知っていて自分にとって都合がいい、自分だけの世界が手のひらの中に完成したのだ。

まるで、神にでもなったかのような気分だった。

 

穴の開いたバケツのような承認欲求

しばらくは何を望むわけでもなく自由に「なりきり」を楽しんでいたが、そこで構築される「私」は興味深いものだった。

私のツイートを好んで読むフォロワーが増え、誰かが私の言葉をポエムだと言い、「メンヘラっぽいところが共感できる」「ヤンデレみたいで好き」などの世界観が作られ始めたのだ。やがて一つの大きな世界観になると、どんどんフォロワーが増えた。おそらくキャラ設定がわかりやすかったことも関係しているのだろう。

すると私のこの有り余る向上心ゆえに、もっとフォロワーを増やしたい欲求に駆られた。なりきりという捏造したキャラでフォロワーを増やすのは僅かながら罪悪感もあったが、別に不利益を被る人は誰もいないし、フォロワーが増えていく様子を観察することが面白かったこともありそのまま放っておいた。なにより、多くの人に注目されているということが気持ち良くて仕方がなかったのだ。

Twitter上のさまざまな数字は私の承認欲求を満たした。お気に入り登録数、リツイート数、フォロワー数が増えれば増えるほど評価されているように感じた。たとえそれが現実世界の私にとって何の価値が無くても、「私」の世界では確かに価値のある数字だったのだ。

私はTwitterで承認を注がれ続け、やがて注がれ続ける承認を受け入れるための承認欲求はどんどん大きくなり、ついには穴の開いたバケツのようになってしまった。注がれても注がれても一向に満たされない。これがSNS愛され症候群の一番恐ろしいところである。

 

「そうだ、アルファツイッタラーになろう」

自己愛について調べていると「自己評価、自己肯定が出来ない人は自分で自分を満たしてあげることができないため、他人からの評価を常に求めています。構ってほしい、反応してほしい、認めてほしいと強く願うゆえに、時に過激な言動をしたり、目立つような振る舞いをしたりすることがあります」という文章に出会った。私はものすごく納得した。

私は、現実世界ではただの女子高生だったわけだが、現実の人格にもそれなりに性格や特徴はある。自己評価が上手く出来ればそれで満足できるのだろうが、私はそれができなかった(なぜ自己評価ができなかったのかに関しては別記事で詳しく書きます)。そこでたまたま出会ったTwitterというツールで自分の世界を作ってみると、面白いように承認が得られた。やがてさらに多くの承認を求め、どんどんフォロワーを増やそうと試みた――それが「アルファツイッタラーになろう」のきっかけだった。

つまり私は、自分以外の誰かに愛されたかった。愛されて、愛されている自分を愛してあげたかった。ただの高校生として平和で退屈な生活を送る自分を見下しながら、意味も価値もないと知りつつ、自分への承認を可視化できるインターネットにズブズブと沈んでいったのだ。
これがSNS愛されたい症候群の本質であり、まさに地獄への入り口だったのである……(vol.2へ続く)




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詐欺自撮りで成り上がってきた詐欺師。「限界になったら自殺しよう」という気持ちで毎日楽しく生きてます。やる気あります。何でもやらせてください。

2 件のコメント

  1. ピンバック: よいこのサブ垢講座─SNS愛されたい症候群 vol.2― – メンヘラ.jp

  2. ピンバック: 気持ち悪い、かわいそうなアルファツイッタラーは愛されたか─SNS愛されたい症候群 最終回─ – メンヘラ.jp

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