私が「任意入院」の決断を下すまで 精神科入院体験記 vol.1

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みなさんこんにちは、
自称かわいい躁鬱乞食こと、おまえです。

今回は、精神科入院体験記の第一弾となっております。
ちなみに、一番最初に入院した時のことを書かせていただきます。
初のシリーズものですよ!
長くなるかと思いますが、付き合っていただけると幸いです。
ではさっそく、書き始めたいと思います。

 

【入院を決める前】

入院をしようとした頃、この時はまだ、自身が双極性障害だとわかっておらず、普通の抗鬱剤が処方されていた頃です。私自身、鬱とかその辺なのかなあと、ぼんやり思っていました。

そんなある日、きっかけというきっかけもなく、突然感情爆発を起こしました。そう、

いえす、パニック!!!

今考えれば、混合状態のパニックがこの時起こったと思うのですが、当時は、訳も分からずパニックになっていました。
飲んでいた抗鬱剤が蓄積し、混合状態の躁を活発化させていた可能性もあります。

原因ははっきりとはわかりませんが、混合状態、躁鬱と鬱向け抗鬱剤が脳内でコラボした結果、パニックを起こしたんだと思います。

 

▷パニック症状

その時の私は、死ぬつもりは全く無く、ただただ自分が存在していることに罪悪感でいっぱいになり、消えたい、消えたいで頭の中をいっぱいにしながら、ODと自傷行為に走りました。

ODは、安定剤や眠剤を約130錠ほど、ほぼ休憩なしで、次々に流し込んでいきました。ちょうど病院へ行ったばかりで、一ヶ月分の薬がありました。それを机の上に広げ、一口で20錠ごっくん、なんてしてました。あるだけの安定剤、眠剤を飲みました。死ぬつもりはなかったので、抗鬱剤等、多く飲んだらマズイのでは?というのは飲まないように、選んで、ポイポイと口に運ぶ作業。薬を多量摂取すれば、この不安感も恐怖感も色々な不安定な感情全てがなくなる、落ち着いてくれる、と信じて疑わず、ただただ必死でした。

薬を飲み終わったシートを切って綺麗にし、箱の中へ入れて、自分はこれだけの量飲んだんだから、もうすぐ大丈夫になる!とよくわからない行動もしていました。

カッターナイフで自分の皮膚を切りつけ(なぜかふともも)、中々切れないんだなって、思いながら、ただじぶんをきずつけなければならない。と思い込み、切っていました。
(ちなみに、本当に死ぬ気がないので、カッターの刃を折り、綺麗なものにした後、ライターで炙って簡易的な消毒をしています)。

その後、泣きじゃくって泣きじゃくって、母親がわたしの部屋の物音に気づき、駆けつけて抱きしめてくれて、それでも泣きながら、産まれてごめんなさいと謝り続けること続けること数時間。謝り疲れて、泣き疲れて、なにか抜け落ちた状態になりました。
(この時のことを思い出し、のちに手紙を母に書きました)

それからの記憶は、記憶がはっきりしていなく、飛び飛びで、ちゃんとしているのは3日後くらいあとからですかね。その間、現実だったのか夢だったのか、あまり区別がつかなかったり、覚えていなかったり、していました。

病院に行きましたが、記憶飛び飛びで、病院に行ったことすら曖昧です。カウンセラーの人とも喋ったようですが、全く記憶にありませんでした。

約130錠のODをぶちかましましたが、その程度ですみ、胃洗浄や点滴もしませんでした。
血液検査もしましたが、幸い問題はありませんでした。
(みなさん決して真似なさらぬよう、お気をつけください!)

 

【その頃のわたしの日々】

そう、その頃のわたしは、思考が物騒でした。

今思い出せば、一日中そんなことを考えていれば、そりゃおかしくもなるんでないか?と思うくらいに。

わたしはその頃、
「家族を一人一人殺し、自殺する。」

という考えに取り憑かれていました。
わたしの脳みその中以外は特に大きな問題がなかった時期にもかかわず、です。

そんな頃のわたしは、この幸せな時に、全部終わらせられたら、幸せに終わるんじゃないか。いや!幸せの絶頂で死ねるんだ!!終わらせられるんだ!!と思い込んでいました。

殺す順番を決め、殺し方を決め、遺書を考え、書き起こし、

「最高の最期」

を用意出来るよう、毎日毎日、様々なパターンを考えていました。それはもう考えすぎて夢の中でさえ考えていたほどです。

家族のことは大好きでした。今でも大好きですし、大切です。
嫌いだからではなく、大切だったので、大切なものの終わりを全て見届けたいと思っていました。
それが、極端な考えと自分勝手と物騒を脳みその中でミックスジュースにして、できあがったのが、殺人と最高の最期、でした。

そんなことを2、3ヶ月考え続けた結果、脳みそがパンクしました。パンクした結果、パニックです。

溜め込んでいたのが爆発したんだと思います。
あんなに泣きながら謝ったのは、それまでずっと考えていた空想が、本当は幸せではない、違うものだと、ニセモノだと、知っていたからではないかと思います。そこでようやく自分のやろうと考えていたことを直視したんだと思います。そして、消えたくなるほどの罪悪感に襲われました。

 

【決断】

入院は、親や医者に言われ、したのではありません。
このままの状態では、もっと自分が悪い方向へと傾いていくと、なんとなくそんな予感がして、それが嫌で、とても恐くて、わたしから両親に

「入院させて欲しい。」

と、頼みました。このままだと自分は大変なことをしてしまいそうだ、と。いま家に一人でいる時間があるととても怖いんだ、というようなことを両親に話しました。
すると、両親は、話し合いもなく、二人揃ってすぐいいよ、といってくれました。今ではあの時の両親の迷いのない決断に、とても感謝しています。

なにをしでかすか分からない自分自身を、家の中に置いておくことができない。
少しでも、環境を変え、自分自身をリセット、脳をリセットするため、入院することを自分で決め、選びました。

そして、病院で当時の担当医と話し合い、任意入院が決まったのでした。

 

【まとめ】

以上が、任意入院に至った経緯でした。
当時の考えを、ありのままに書いてしまったので、少し?結構?暗い内容になってしまったかもしれませんが、なんせシリーズ第一弾。
この決断があったからこそ、のちの考えの変化等につながっていきます。

今回のシリーズでは、私の任意入院の話だけでなく、精神科に入院する、ということについてもちゃんと書けたらと思っています。
皆さん、精神科に入院、ってなんだか恐いイメージを持っていたりしませんか?
そんなイメージを払拭しつつ、皆さんにお伝えできたらな、と思います!

( ※ 記事の中に、偏った考えの思想、思い込みが含まれていましたが、どうか、その考えに影響を受けたりしないでください。よろしくお願いいたします。)

それでは、精神科入院体験記、第一弾はここで終わります。第二弾は、入院前のマニュアルのようなものを書く予定ですので、入院したことがない方にも、ぜひ読んでいただけたらと、思います。

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それでは皆さん、
次回の記事で、お会いしましょう!

インターネットの片隅、メンヘラ.jpでお待ちしております!

 

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おまえ

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20代無職メンヘラオタクで腐女子。あと乞食。 ひょんなことからメンヘライターに。躁鬱持ちは今日も今日とて生きてます。皆さんお薬ちゃんと、飲みました?

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