ノベルコース、ツイキャス、OD、梨香 / 連載小説「つがいの琉金」 第2回

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つがいの琉金 第2回 (第1回はこちら

※この作品はフィクションです


その頃の僕は、ある専門学校のノベルコースに通っていた。学校を間違えたことは入学してすぐにわかった。入学初日、同じ学科のクラスメイトの顔ぶれを見、教師の話を聞いた時点で後悔し、自分自身を呪った。なぜ、大学ではなく、専門学校にしてしまったのか。よりによってなんでノベルコースなんていう、お先真っ暗な学科を選んでしまったのか。

ノベルコースというのは、小説家になるための学科で、今どき小説といえばラノベしかないのでラノベを勉強する。ラノベを書くのに勉強が必要なのかという気もしたけど高校三年生だった僕は、大学で他のことを学びながら片手間で小説を書くよりも専門的に小説を書く勉強をした方がプロになれる確率が高くなると考えた。

そこそこのレベルの私立大学なら受験すれば入れたと思う。自分自身の名誉のために言っておくとFランより上の大学だ。でも、四年も勉強したくなかったし、専門学校に行って二年間勉強して小説家になれるなら、そっちの方がお得だと判断した。受験勉強もしなくて済む。

間抜けだ。卒業生で小説家になった人間が一握りしかいないというのは知っていたが、ここまでレベルが低いとは思わなかった。そもそもろくに小説を書いたことも読んだこともない人間が集まっているっていうことが理解できない。小説家になるつもりなら、せめて小説を読んでくれ。逆立ちもしたことのない人間が体操選手になれると思ってんのか?

当然のことながら専門学校での成績は常にトップクラスだったし、創作系の授業でも目立ちまくった。当たり前だ。ほとんどのヤツはアイデアや設定までで力が尽きる。本編を書き上げることができない。小説を書かなけりゃ小説家になれるわけないだろ。

常に頭にあったのは、どうやったらデビューできるかということだ。もちろん年相応に女の子にも興味はあったし、小説家になるなら早く童貞を卒業しておきたかった。でも、そういうきっかけには恵まれなかった。

女の子とセックスする代わりに、いっぱしのサブカル気取りで中野、高円寺、阿佐ヶ谷界隈をうろつき、週末にはシューゲイザーのライブやクラブに顔を出した。

二年生になると、先生から紹介してもらった記事の仕事で、フリーライターとして小遣い稼ぎもできるようになった。すぐに小説家にはなれなくても、地道にキャリアを積んでいけば文章で食えるようになるかもしれないという思いと、こんなんじゃダメだと思いがいつも頭の中で戦っていた。

 

二年生の夏になる頃には僕の焦りは頂点に達していた。

そんな時、ツイキャスにはまった。誰でも無料で生放送を行うことができる。人気のある人の生放送には数千人が視聴に訪れるが、人気のない過疎と呼ばれる生放送ではリスナーが数人あるいはゼロのことも珍しくない。普通の放送と違って生の声が聞けるのが刺激的で興奮する。

生放送には放送主(略して主)がつけたタグや紹介がついていて、それで検索しておもしろいものを探し出す。僕は、「小説」、「創作」といった言葉で検索をかけておもしろそうな放送を漁った。

そこでカノジョ、梨香に出会った。梨香は自称アーティストで絵を描いたり、文章を書いたりしているようだった。だが、梨香は創作家である以上にメンヘラだった。

放送をしている時、必ずといっていいほど梨香はODしていた。ODとはオーバードーズの略で、薬物の過剰摂取のことだ。ある種の風邪薬、咳止め、向精神薬、睡眠導入剤を大量に服用したり、アルコールと一緒に服用することで、高揚感や多幸感を味わうことができる。酒を呑んで現実を忘れるのと同じで、お手軽な現実逃避方法のひとつだ。やり過ぎれば依存する。知らなくて当たり前。まともな人間のすることじゃない。ちなみに、僕もその放送でODのことを初めて知った。

カノジョをツイッターでフォローし、ツイキャスで見かけたおもしろそうな人もついでにフォローした。ほとんどがメンヘラと呼ばれる人たちだったので、僕のタイムラインは自傷画像や希死念慮のつぶやきの沼になった。今まで見てこなかった社会の闇(病み)って感じだ。

なにがそんなに自分を惹きつけるのかわからないまま、僕は梨香の放送にはまった。常連となり、コメントを書き、ツイッターで会話し、梨香に名前を覚えられるようになるのに時間はかからなかった。

僕らはある意味似たもの同士だった。

「医者? 行ったことあるけど、もう行かない。あいつらなにもわかってくれないし、行ってることばれたら、周りの連中にキチガイ扱いされるじゃん。哀れみとかいらないし、かわいそうなんて言われたら殺したくなる。あたしはちゃんと生きてるの」

僕はメンタルクリニックや精神科を受診したことはないけど、その気持ちは痛いほどわかった。上から目線で見られたくない。確かにノベルコースに来るような僕は間抜けだし、いろいろ足りないところはある。でも、それをわざわざ自分で認めて哀れみを誘うようなことはしたくない。

 

ある日、授業が終わって家に帰ろうとした僕は、同じ学科の倉橋夏希(くらはし なつき)に呼び止められた。彼女ではないが、仲のいい女友達だ。真っ黒のおかっぱ頭にメガネの委員長タイプ。見るからに処女の頭でっかち。読書家で小説家か編集関係の仕事に就きたいと言っていたので僕と気が合った。本も読まない小説家志望ワナビの中で、話をできる相手の選択肢がきわめて少なかったとも言える。

ビジュアルは悪くないが、真面目すぎてあまりおつきあいする気にはならなかったので、適度な距離を保っていた。

「ちょっといいかな?」

いつも思うんだけど、夏希はなぜ真っ正面から人の目を見て話すんだろう。目を見て話すようにしろと言われたことはあるけど、そんなことしているヤツいないし、されたらひどく困る。実際、僕は夏希に見つめられると、どうしていいかわからなくなる。

「メシ? いいよ。どこ行く?」

僕は目をそらしながら答える。夏希とはいい距離の友達だから呑みに行ったり、食事したりはしょっちゅうだった。投稿や小説の話が中心だ。

「違う。もっと大事なこと」
「もっと大事なこと? 投稿の話じゃないの? お前、どっかの新人賞に投稿するって言ってただろ」
「……それはもう送った。いいからちょっと」

夏希はそう言うと、すたすた先にたって歩きだした。僕はわけがわからず、後をついていく。周囲の生徒たちが遠巻きに見ているのがわかる。僕らはつきあっていないが、周りはそうは思っていないようだ。否定するのも面倒なので、ほっておいてある。これがブスだったら積極的に否定したと思うのだけど、夏希はぎりかわいいので許せる。上から目線だけど、たいていは夏希から誘ってくるから少しくらいはいいだろう。

校舎を出ると、夏希は僕に身体を寄せてきた。嗅いだことのない香水の匂いがして、どきっとした。こいつでも香水をつけてるんだと驚く。

「川名くん、死にたいとか考えてるなら止めてよ」

頭の中に大きな「?」マークが浮かんだ。自殺? なんの話だ?

「あたしも梨香さんの放送を聞いてるんだ。コメントしないで、いつもROMだけどね。川名くん、毎回放送でヤバいコメントしてるでしょう」

事情がわかった。僕は梨香のツイキャスでは自傷やODあるいは自殺を肯定するような発言をたくさんしている。あれだけ見たら、死にたがりのメンヘラだと思われても仕方がない。

「勘違いすんなよ。あれは梨香さんに合わせてるだけ。下手に止めた方がいいなんて言うのはしらけるじゃん。空気を読んでるだけ」
「ならいいけど。それにしたって、気をつけた方がいいよ。川名くん、最近、元気ないもん」
「そんなことない」

元気がないと言われて、少しいらっとした。善意で言ってるんだろうし、本当に心配してくれてるんだろうけど、そんなこと僕の勝手だ。生活指導される覚えはない。

「……焦ってるんでしょ。わかるよ。あたしだって焦る。このままじゃ、小説家にもなれないし、編集関係の仕事もできないって気がするもん」

思わず、怒鳴りそうになった。確かに焦ってると自分でも思うが、わかった風に諭されるのは腹が立つ。この状況で焦らない方がおかしい。

「違う。僕はお前と違う」

僕はそう言うと、夏希から離れた。早足で駅に向かって歩く。

「待ってよ。あたし、なにか悪いこと言った? なら謝るから」

後から夏希の声が聞こえてきたが、僕は振り向かなかった。とにかく怒りが収まらない。言われなくても、わかってるんだよ。なんでお前に言われなきゃいけなんだ。「その通りです。よくわかりましたね。ありがとう」なんて言うと思ってんのか。

 

やり場のない怒りを抱えたまま、スマホでツイキャスのアプリを起動した。梨香は放送していない。舌打ちして、足早に家に帰った。

ほとんどの売れっ子は、大きな新人賞からデビューしている。僕が細々と続けているフリーライターから這い上がった人は限られている。同じ文章を書く仕事でも、フリーライターと小説家の間には万里の長城よりも高くて長い壁があるんだろう。新人賞に投稿して賞をとらなければ先がない。

ここの学科の連中の投稿先ときたら、ピクシブか、なろうか、カクヨムだ。大手の新人賞になんか投稿しないし、そもそも小説を書き上げられないヤツが大半だ。

そういう現実がどんどんわかってきたら焦るのが当たり前だろう。
その夜の梨香は荒れていた。酒とデパスを大量に飲んでから放送を始めたせいで、なにを言っているかよくわからない状態からのスタートだった。

「とにかくさみしいんだよ。誰か来て! お前ら、なんだかんだ言って、結局、あたしを見世物にしておもしろがってるだけなんだろ? 違うって言うなら来いよ」

黒のキャミソールにジーンズという格好で、ちゃぶ台の上のビールを飲みながら、半分泣きながらしゃべっていた。髪の毛は、ぼさぼさだ。

──梨香さん、荒れてる。誰か行ってやれよ
──梨香さんってどこにいるの?

「来る? 来るの? いい? 住所言うから絶対来いよ」

──やばっ。住所言ったらマズイ

梨香は住所を数回、本名を一回、口にした。さすがにこれはまずい。誰が聞いているかわからないネット放送で、ここまで個人情報をダダ漏れさせたら、どんな悪戯をされるかわからない。

──これヤバイって

リスナーは騒然とした。

──誰か行って介抱するなりしないと、ヤバイやつが行っちゃうかも
──誰が行っても、ヤバイだろ

「うるさいなあ。誰が来るの? 来ないの? ならいいよ。ほんとにお前らクズだな。見世物にして笑ってろよ。呪いかけてやるからな」

──ちゃんと鍵かけてあるよね。
──行きたいけど、大阪だからなあ。
──同じく仙台

「言い訳はいいんだ。来いよ! そうか、かわいい声出せば来るかな?」

そう言うと梨香は、鼻にかかった萌え声を出した。

「ねえ、みんな。梨香ちゃんはすごく今さみしいの。だから来てくれるとうれしいなあ。もれなくデパスかブロンあげちゃう。あとね。とってもいいことしてあげちゃうかも」

──聞いてらんないな

梨香の住所は僕の家からそれほど遠くない場所だった。グーグルマップをチェックする。電車を使えば十五分、歩いても一時間かからないだろう。親は高校時代からほとんど放任状態だから、これから出かけて帰ってこなくても問題ない。

──ちょっと様子見てくる。
──マジか?
──シーザーが着いたら通報するわ。レイプ犯がいますってwww
──やめとけよ。そういう展開にはならんだろ。

シーザーってのは、僕のハンドルネームだ。

「ほんと? ほんとに来てくれるの? シーザー、愛してる。来るならついでに甘いお酒をお願い。スミノフとかチューハイとかなんでもいい」

あわててメモして、ベッドから飛び起きた。着替えて出かける直前に、止めた方がいいような気がしてきた。梨香のことはここ数週間の放送でだいたいわかっているつもりだが、直接会うのは初めてだ。なにが起きるかわからない。

相手はシラフじゃないし、刃物も常備してて使い慣れてる。不安がどんどんふくれてくる。放送では、梨香が僕を呼び続けているし、リスナーはシーザー早く行け、何分で着くか教えろと質問攻めしてくる。

──シーザーって確か、どっかの専門学校通っているってツイッターで言ってた
──そんな若いの? ヤバイんじゃね。

「え? そうなん? うわあ。ますますうれしい。たっぷりお礼しなきゃ。あのさ、ずっとキャスしとくから、あたしとシーザーがラブラブするとこをよく聞いとけよ」

止めてくれ。うかつにツイッターで学校のことなんかつぶやくんじゃなかった。リスナーに名前や学校を特定されたらどうしよう。待った。この放送って、夏希も聞いてるんじゃないか?

そこまで考えた時、スマホが鳴った。夏希からだ。間違いなく放送を聞いてる。出たら止められるに決まってる。僕はスマホには出ず、家を出た。 (続)


【連載小説 つがいの琉金】
第1回 死と狂気はあらゆるものを魅惑的にする
第2回 ノベルコース、ツイキャス、OD、梨香
第3回 結婚とケーキと冷たい熱帯魚
第4回 徹底的な感染
第5回 梨香(完)

【著者】
一田和樹

【プロフィール】
11月6日東京生まれ。バンクーバー在住。
「一田和樹」と「いちだ かづき」のふたつペンネームを持ち、「一田和樹」名義ではサイバーセキュリティミステリを、「いちだ かづき」名義ではファンタジー小説を中心に執筆。

公式WEBサイト
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