病弱な人の考え方は過労死を防げるかもしれない

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本稿は読者投稿コーナーに応募してくれた方からの原稿です。


私の母は、生まれつき心臓が弱く、大人になる前に死を迎えるかもしれない。
と、言われて育ちました。

お布団の中からでのご挨拶失礼いたします。
はじめまして。 みえつねむり と、申します。

 

『過労死』という言葉を、ここ数日、何度も何度も目にします。
皆様は“無理しすぎ”てはいないでしょうか?
今回、このお話を書きたいと思ったのは、皆様にお伝えしたい事があったからです。

「本当に病弱な人間の考え方」というのは、現代の日本の社会の過労死という問題を救うかもしれない、という事に気付いたのです。

そう思い、今回、キーボードを叩かせていただきました。

 

今回のお話の『本当に病弱な人間』というのは、私の母の事です。
生れつき病弱な母は、どうやら

・定期検診を受ける
・体調が悪いと感じたらすぐに休む
・自分一人がいなくても、社会は問題なく回る
・体調不良で休んでも「謝ったらすむ問題」だと考える
・周りに迷惑をかけるかもしれないけれど、自分が壊れてしまったらそれで終わり

という様に考えているようです。

 

私の母は、生まれつき心臓が弱く「二十歳まで生きられないだろう」と言われていたそうです。
母は、四人兄弟の末っ子で、三人の兄達、母の両親、母の祖母という環境で育ちました。
つまり『男兄弟で育ったやんちゃな女の子』な性格をしております。

小学生の頃から、授業中でも遊びたくなると、運動場に走って出ていってしまったりと、話を聞いていると、現代であれば軽度の発達障害に分類されるいうエピソードの多い人物でもあります。第二次ベビーブーム世代の出生なので「ちょっと個性的な子」という扱いで、その点については放置されていたようです。
母は、運動神経がとても良くて、男兄弟の中で育った事もあり、女の子の友達が殆どできず、男の子の中に混じって、毎日、泥だらけになりながら遊んでいたそうです。

ですが、遊びすぎると、必ず体調を崩し、寝たきりになってしまう。
ついさっきまで、授業中なのに、運動場で遊んでいたと思ったら、立ち止まって、真っ青な顔をしている。気が付いた先生が慌てて、母の家に連絡を入れ、家族が迎えに来て、そのまま主治医の元に連れて行かれる。
そういった事が、繰り返され「恐らく学校という場所には、半分も出席していない」と、言っていました。主治医と学校の判断により、学校行事の遠足にも、一度も参加した事が無いそうです。

母は、体を動かすことが大好きだったので、バレエを習っていたのですが、中学生になった頃、主治医より「年齢と共に、バレエのレッスンが厳しくなっている様ですね。このままでは心臓が耐えられなくなるでしょう」と言われ、泣く泣く、バレエの道を諦めた経験もあります。
本当に、悔しかった。もっと、健康な体に生まれていれば……と、何度も思ったと語っていました。

 

無理をすれば、すぐに体調を崩す。
布団と学校の5:5の生活を送る事で、母は無事に成人する事ができました。
『体調が悪くなればすぐに休む』
兎に角、この事を徹底した事が、母の命を生きながらえさせる事ができた様なのです。

病弱でまともに働けないであろう。

だけれど、社会経験が積みたいと、強く願った母は、お嬢様育ちを活かし縁故採用というチートで、就職をしました。自分の力で就職をして、一生懸命に働いている人からすると、本当に「恵まれた環境」だったと思われると思います。就職をしても、殆ど、布団と会社の5:5の生活だったそうです。

それも、そのはずです。
成人した時の母の体は、163cm、35kg。
これは、摂食障害等や、後天的な病気ではなく、先天性の心臓の弱さから太れない。体力が付けられない。
体力を付けたい。太りたい。どう頑張っても、少しでも無理をすると、倒れて食事も取れなくなり、寝たきりになって、どんどんと痩せていく。という事を繰り返していたようです。

学業、就労、恋愛、遊び、全てにおいて、人の半分か半分以下の生活しかおくれない。
成人する頃には、母は、自分の体の弱さを受け入れ、自分のペースや考え方という物を身に付けていました。それが、冒頭で書いた箇条書きの内容です。

加えると

・人間関係のトラブルには極力関わらない
・自分に体の負担になると思った事柄からは、すぐに逃げる
・面倒事からは気配を消す様に逃げる

という、技術と考え方も身に付けています。

母の考え方というのは、恐らく『健康な肉体』を持って生まれた人には、理解できない事だと思います。

よく聞く話だと思うのですが

「健康な人程、病院に行かず、病院に行った頃には大変な事になっている」
「健康な人は、無理をしすぎてしまう」
「健康な人は、人にもっと頑張れるだろう、と言ってしまう」

という事が多いと思うんです。

私の母から言わせてみれば、これらは『健康に生まれ育った人だからできる考え方』だそうです。

病弱かつ毒舌の母から言わせてみれば

「根性でなんとかなる事なんて、そんなに多くない」
「健康な肉体を持つ人間というのは、自分の限界を把握する能力に乏しい」
「頑張ればなんとかなる、ではなくて、どうすれば上手くいくか、を考えるべき」

という、考え方になるようです。

 

ちなみに、母は、出産に関しても問題を抱えていたのですが、その時に、様々な治療をした事と合わせて、出産後、体質が代わり、昔と比較すると、かなり健康になりました。
現在は、パートタイムで就労できる程に、元気になっています。
と、言っても、休みの日は、一日中寝ているので、やぱり、普通の方と比べると、健康体ではないと言えるでしょう。休日に外出したり、何か趣味のことを始めたりという事は、殆どできない様な生活が当たり前の様になっています。本人は、現在、ご機嫌で暮らしております。

そして、現在、私は『鬱病と適応障害』を発症した、という事になっています。
メンタルヘルスの診断というのは、曖昧な部分も多くあるので、そういった形の診断をされているという状態で、現在も治療中という事になっています。

私が、精神的に追い詰められだしたという兆候が現れた頃、母は、私に言いました。

「休め」
「死んだら終わりや」
「なんとでもなる」

この言葉は、鬱病や精神疾患の経験者からしたら
『そういう事すら判断できなくなるぐらい追い詰められた状態になるんだ』
と、言いたくなる事だと思います。

ですが、母のこの言葉は、心臓が生れつき弱く、死というものと隣り合わせで生き続けてきた母の言葉なのです。

仕事に行こうとする私を、母は強く引き止めました。
そして、動けなくなった私を、一切責める事もしませんでした。
お陰で、私は命を断つこと無く、現在も生きています。

私は、自分の周りの人達に、とても救われました。
恵まれた環境だったと思います。

今回、このお話を書かせていただいたのは『過労死』に関する問題に関して、
挫折を知らない人の根性論、挫折を知った人の反論、
そういった、争いめいた言葉が、多く飛び交っている様に感じました。

ただ、生れつき死というものと一緒に過ごしてきた母の考え方を知っていただいて、各々、色々な事を考えていただけたらな、と思いました。
稚拙な文章ですが、読んでいただいてありがとうございます。


【投稿者】
みえつねむり さん

【プロフィール】
公的に「うつ病の適応障害」として認められているのに「うつ病ではない」と言われるあぶれ者。
最近、うつ病占い師(見習い)&物乞人を始めました。

twitter:https://twitter.com/muri_no_nai
amazon欲しいものリスト:物乞人みえつです(https://goo.gl/IXV00S




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