つらいとき、無理に笑ったらもっとつらくなった
こんにちは、こんばんは、萌と申します。
わたしはかつて、「つらいとき、大丈夫じゃなくても笑えるようになりたい」とずっと思っていました。でも、今振り返ってみるとわかるのですが、それは私の苦しさを増加させ、自傷や自殺未遂にもつながっている考えでした。
今回、わたしはなぜ「大丈夫じゃなくても笑えるようになりたい」と思っていたのか、そしてそのことがどのようにしてつらさと繋がってしまったのかを簡単に書いていきたいと思います。
中学二年生のときから、とある出来事でずっと苦しんでいました。しかし、身近な人からも理解されず、どうしたらいいか分からなくなっていたわたしは、最終的に自分が悪いと思うようになりました。
学年が上がるごとにどんどんつらさは増していきましたが、友達や保健室の先生に「大丈夫?」と聞かれても「大丈夫!」と我慢して笑っていました。大丈夫じゃないけど、自分が悪いんだから悲しくなるのはおかしい、泣くのはおかしいと決めていたからです。また笑ったら周りも自分も、わたしは大丈夫だと思うことができる。そして、「大丈夫じゃなくても笑えるようになりたい」と思ったのです。
大丈夫じゃない、苦しいのは自分でも分かっていました。分かっていてもそれを認めてはいけないと思い込み、悲しい気持ちに蓋をして見ないふりをしていました。自分の抱えてる問題が解決していないため、どんどん悲しい気持ちは溜まっていきます。誰かこの悲しい気持ちを認めてくれといわんばかりに、ちょっとの揺れで悲しい気持ちはこぼれ涙が出ます。それでもわたしは自分の苦しさを認めません。でもまた、認めてくれと言わんばかりに涙が出る。そんな状態が高校2年生まで続きました。
高校3年生になったときにはもうパンク状態で、心身共に助けてという感じでした。でも、もうそのときには、SOSの出し方すらよく分からなくなっていました。自分で自分のつらさを認められない代わりに、周りの人に自分がつらい悲しいと認めてもらいたい、ということしか考えられなくなり、リストカットをし始めました。
子どもは転んだら、痛かったね、大丈夫?と周りの人に言われますよね。それと同じように、周りのひとに「つらかったね、大丈夫?」言われれば、自分も自分のつらさを認められるのではないかと思ったのです。
でも実際には、どんどん傷は増えるけど、一向に自分のつらさを自分で認めることができない。どうすれば自分は「本当につらく」なれるんだろうという考えが暴走し、最後は自殺しようとまで思い始め、毎日放課後は家のベランダや窓から落ちようとしていました。
その後、学校のカウセリングを受け全てを話し、病院に行きうつ病と診断され学校を休学。なんとか高校を卒業して今は精神科に通院しています。そしていろんな人と話した結果、わたしはあることに気付きました。
それは、自分がつらかったらそれはつらいことで「本当のつらさ」なんてものは存在しないということです。
私は「自分が悪くて苦しんでるのだから、それは本当のつらさではない」と思い込んでいました。でも、20キロのおもりを持てるAさんが15キロ持つのと、10キロのおもりまでしか持てないBさんが15キロ持つのとでは、重さの感じ方は違います。それと同じです。Aさんからしたら大したことないとしても、Bさんからしたら苦しい。こういうことはよく日常で起こっていて、自分が感じる苦しみを他人に理解してもらうのも、また他人の痛みを自分が理解するのも難しいということにも気付きました。
それからつらいならつらい、悲しいなら悲しい、これでいいじゃないとかと割り切って生きていけるようになり、少しだけ生きやすくなりましまた。それ以来、リストカットも自殺未遂も全くしていません(わたしの場合、それらは根本的には、つらい、悲しい気持ちを認めるための方法でしかったので)。
悲しいと気付いたら「いま私は悲しいんだ」と認めてあげるだけでなく、心の中で自分が泣いてる自分を抱きしめて大丈夫だよと言ってあげてるのを想像しています。そうするとすっとその気持ちが消えるので精神的に良いと思います。
これはわたしの場合なので、いろんな方がいろんな理由で苦しんでると思います。そのときは自分は今つらいんだ、と認めてほしいです。認めてゆっくり休んで、美味しいものを食べて、ごろごろして、余裕ができたらどうしてつらいんだろうと考えるといいかもしれません。
拙い文章でしたが、読んでくださりありがとうございました。
【執筆者】
萌 さん
【プロフィール】
高3でうつ病になって今は気ままに勉強してる18歳、浪人生
Twitter : @okiru_mae
わたしはかつて、「つらいとき、大丈夫じゃなくても笑えるようになりたい」とずっと思っていました。でも、今振り返ってみるとわかるのですが、それは私の苦しさを増加させ、自傷や自殺未遂にもつながっている考えでした。
今回、わたしはなぜ「大丈夫じゃなくても笑えるようになりたい」と思っていたのか、そしてそのことがどのようにしてつらさと繋がってしまったのかを簡単に書いていきたいと思います。
きっかけ
中学二年生のときから、とある出来事でずっと苦しんでいました。しかし、身近な人からも理解されず、どうしたらいいか分からなくなっていたわたしは、最終的に自分が悪いと思うようになりました。
学年が上がるごとにどんどんつらさは増していきましたが、友達や保健室の先生に「大丈夫?」と聞かれても「大丈夫!」と我慢して笑っていました。大丈夫じゃないけど、自分が悪いんだから悲しくなるのはおかしい、泣くのはおかしいと決めていたからです。また笑ったら周りも自分も、わたしは大丈夫だと思うことができる。そして、「大丈夫じゃなくても笑えるようになりたい」と思ったのです。
「笑えば悲しい気持ちはなくなる」と思い込んでいた
大丈夫じゃない、苦しいのは自分でも分かっていました。分かっていてもそれを認めてはいけないと思い込み、悲しい気持ちに蓋をして見ないふりをしていました。自分の抱えてる問題が解決していないため、どんどん悲しい気持ちは溜まっていきます。誰かこの悲しい気持ちを認めてくれといわんばかりに、ちょっとの揺れで悲しい気持ちはこぼれ涙が出ます。それでもわたしは自分の苦しさを認めません。でもまた、認めてくれと言わんばかりに涙が出る。そんな状態が高校2年生まで続きました。
高校3年生になったときにはもうパンク状態で、心身共に助けてという感じでした。でも、もうそのときには、SOSの出し方すらよく分からなくなっていました。自分で自分のつらさを認められない代わりに、周りの人に自分がつらい悲しいと認めてもらいたい、ということしか考えられなくなり、リストカットをし始めました。
子どもは転んだら、痛かったね、大丈夫?と周りの人に言われますよね。それと同じように、周りのひとに「つらかったね、大丈夫?」言われれば、自分も自分のつらさを認められるのではないかと思ったのです。
でも実際には、どんどん傷は増えるけど、一向に自分のつらさを自分で認めることができない。どうすれば自分は「本当につらく」なれるんだろうという考えが暴走し、最後は自殺しようとまで思い始め、毎日放課後は家のベランダや窓から落ちようとしていました。
自分がつらかったら、それは「つらいこと」で良いんだ
その後、学校のカウセリングを受け全てを話し、病院に行きうつ病と診断され学校を休学。なんとか高校を卒業して今は精神科に通院しています。そしていろんな人と話した結果、わたしはあることに気付きました。
それは、自分がつらかったらそれはつらいことで「本当のつらさ」なんてものは存在しないということです。
私は「自分が悪くて苦しんでるのだから、それは本当のつらさではない」と思い込んでいました。でも、20キロのおもりを持てるAさんが15キロ持つのと、10キロのおもりまでしか持てないBさんが15キロ持つのとでは、重さの感じ方は違います。それと同じです。Aさんからしたら大したことないとしても、Bさんからしたら苦しい。こういうことはよく日常で起こっていて、自分が感じる苦しみを他人に理解してもらうのも、また他人の痛みを自分が理解するのも難しいということにも気付きました。
それからつらいならつらい、悲しいなら悲しい、これでいいじゃないとかと割り切って生きていけるようになり、少しだけ生きやすくなりましまた。それ以来、リストカットも自殺未遂も全くしていません(わたしの場合、それらは根本的には、つらい、悲しい気持ちを認めるための方法でしかったので)。
悲しいと気付いたら「いま私は悲しいんだ」と認めてあげるだけでなく、心の中で自分が泣いてる自分を抱きしめて大丈夫だよと言ってあげてるのを想像しています。そうするとすっとその気持ちが消えるので精神的に良いと思います。
最後に
これはわたしの場合なので、いろんな方がいろんな理由で苦しんでると思います。そのときは自分は今つらいんだ、と認めてほしいです。認めてゆっくり休んで、美味しいものを食べて、ごろごろして、余裕ができたらどうしてつらいんだろうと考えるといいかもしれません。
拙い文章でしたが、読んでくださりありがとうございました。
【執筆者】
萌 さん
【プロフィール】
高3でうつ病になって今は気ままに勉強してる18歳、浪人生
Twitter : @okiru_mae
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