アルコール依存 現実から目を背けるために酒を飲む

体験談 アルコール依存症 sena

私は元旦那の浮気発覚を境に、酒癖が悪くなりました。朝昼晩関係なく飲んでいます。お酒を美味しいと感じたことはありません。

酒を飲むと現実を見なくて済む。社交的な陽気な人間になれる。強気になれる。喧嘩っ早くなる。相手を殴るときは、浮気を認めて土下座した元旦那を殴ったときを思い出す。母や祖母から「下品」だと教えられた言葉も平気で使える。

麦酒、缶チューハイ、ワイン、焼酎、日本酒、何でも飲みました。どんなに高価な酒を飲んでも美味しくありませんでした。旦那とは離婚して、専業主婦だった私は無一文状態になりました。

離婚後、気にかけてくれていた会社の同僚と付き合い、一緒に暮らすようになりました。離婚してから3カ月のスピードでした。両親は同棲に反対しましたが、実家にだけは居たくなかったのです。とりあえず今は仕事もある。暮らす所もある。何より支えてくれる人がいる。親との関係が悪いだけ。傍目から見たら幸せを取り戻したように見えたと思います。でも、私は現状に満足しない「欲しがり屋」なんです。

 

酒に溺れるようになってから、会社でも飲むようになりました。バッグに250ミリサイズのワイン小瓶を忍ばせ、「イライラしたら飲む」の繰り返しで仕事をしていました。アルコールが体に入ってくると一瞬「スー」と全身が沈静され、次に陽気になって積極的になります。クライアントに対して強気で交渉をすることができる。スタッフにも気軽に電話することができる。元来私は電話が大の苦手です。

しかし、当然仕事の能率はみるみる落ちていきました。そしてますますイライラし、また酒を飲んで仕事をするという悪循環。そして私は会社を辞めました。というかクビになりました。

その後、家からは一歩も出ず、毎日毎日朝から酒を飲んでいました。現実を見たくなかったのです。同級生は大学を卒業し、就職しキャリアを積み、結婚して子どもがいる……

私は35歳になり、子どもは諦めようと思いました。元々、過剰飲酒と精神安定剤、睡眠薬の服用。さらに過食嘔吐、下剤乱用の癖があったので妊娠しにくい体でした。彼は「二人きりで今まで通り生活しよう。」と優しく返答してくれましたが、私は「何かしなきゃ」と思っても何も手がつかず、半年間ただ酒を飲んで眠る毎日を過ごしていました。

 

祖父も父も酒癖が悪いです。私が実家の世話になりたくない理由の一つに、父の酒癖の悪さがありました。父は酒を飲むとネチネチ文句を言いはじめます。そのせいで幼い頃から早く食事を終えたいと思い、無我夢中でご飯をかっこんでいました。

未だに一緒に酒を飲むと文句の連続。そして「お前は男だったらよかったのに。」「お前はもっとしっかりしろ。」と呟きはじめる。私はこの言葉が大嫌いでした。幼い頃から言われてきた言葉なので、冗談として聞き流せる器なんてもうありませんでした。

私は父に反抗しませんでした。

19歳のとき希死念慮が離れず抑うつ状態になり、精神科通院をはじめた頃、大学へ通わず自宅のベッドで眠っていると、父が「しっかりしろ」と怒鳴ってきたことがありました。いつも親の顔色をうかがい、理不尽なことがあっても親の意見に従って生活していた私は、その時初めて父に向って「どこまで頑張ればいいの。」と泣きながら反抗しました。父は私を殴りました。目の前が二重三重に見えました。

それ以降、私は父に反抗しなくなりました。殴られるからです。

 

そして今、私は父と同じことを一緒に暮らしている彼にしています。

酒を飲み、陽気なうちはいいのですが、次第に底にある現実を見たくないという「今」の苛立ちを彼にぶつけてしまいます。ここまでくると記憶はありません。

「死ね」「金よこせ」なんて暴言は朝飯前。殴る、引っかく、蹴る、ガラス棚をハンマーで壊し、ガラスの破片を彼へ投げつける。友人の前で彼を殴ることもあったそうです。完全にDVですよね。

翌朝、私は身体中傷だらけで記憶がないまま起き上がる。隣には呆れた顔している彼がいました。記憶がない。何があったのか。なぜ彼が呆れているのかわかりませんでした。

 

私は相変わらず酒を飲んでいます。本来、ここまでくると断酒しなければいけないのかもしれませんが、正直そこまで意志の強い人間じゃないのが情けないです。ただ、仕事を始めてからは酒癖が悪くなるほど飲まなくなりました。他人にも迷惑をかけたくないので、友人との外食は避けるようにしています。

酒を飲むと現実から目を背けることができますが、目が覚めると何も変わっていません。むしろまわりの人を傷つけたという後悔が残り、そのつらさからまた酒を飲んでしまいます。まさに蟻地獄のようです。

今は「酒は現実逃避するためのもの」と思っていますが、いつか「皆で楽しく飲むもの」に変われるよう、今の自分から逃げず前を向きたいと思います。そして、一進一退している私を見守ってくれている彼に感謝し、傷つけるようなことはもうしたくないです。

 



【執筆者】
sena さん

【プロフィール】
15年前に境界性人格障害と診断されました。
キャンペーンガール、秘書、受付嬢…と人と接する仕事ばかりしてきましたが、普段は人が苦手のひきこもり人間です。


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2件のコメント

断酒中のアル中 返信

自分はアルコール依存症ですが、精神科に通院し、入院して、専門の治療を受けましたが、それでも断酒をするには5年以上の年数がかかりました。
もちろん、自助グループにも積極的に参加しても、断酒は困難でした。

アルコール依存症は、病気です。

だから、意志の強い弱いで、どうにかなるものではありません。もちろん、根性や努力も無意味です。
なぜなら、大量飲酒で脳みその回路がイカレて、ぶっ壊れてしまっているから、自分一人では酒をやめられないのです。

責めているわけではなく、自分の経験から申し上げます。
睡眠薬や精神安定剤と酒を一緒に飲むと、ますます薬や酒に対しての耐性が強くなり、もっと強い薬、もっと強い度数の酒、とエスカレートしていき、薬や酒が切れた時の離脱症状が辛くなる一方で、自分の場合は自殺未遂までしてしまいました。

それでも、酒はとまりませんでした。

自分はペットを飼うことがキッカケに、自然と断酒に移行できましたが、senaさんには大切な彼氏さんがいらっしゃるとのこと。
senaさんに、酒を飲むなとは、自分は言いません。自分も、酒を飲むことで、なんとか生きのびてこれた部分があるからです。
けれど、誰かを大切にする、誰かとの生活を大切にするということは、自分自身を大切にすることから始まることを、自分はペットを飼うことで気づけました。だから断酒も、ようやくできるようになったのだと思います。

酒を飲む自分自身を責める生活は、自分の経験から言わせていただきますが、とても悲しいです。哀しかったです。
病院に行ったからといって、人が変わったように突然、酒がやめられるわけではありませんが、依存症専門の精神科に行けば、自分と同じように酒で苦しんでいる人たちとの出会いがあり、理解者も得られます。
一度、senaさんも彼氏さんとご一緒に、依存症を専門に扱う精神科に行ってみてはいかがですか。断酒しなきゃならないという、一人ぼっちの焦りやがんばりからは、少しは解放され、気が楽になるかもしれないですよ。

sena 返信

コメントありがとうございます。
久しぶりにこのサイトをみました。そして「私こうだったっけ」と自分のことなのに他人の様に感じました。あの後私は親族と距離をおき、実の母親以上に私を教育してくれる女性と出会いました。
それがキッカケで 酒で現実逃避することがなくなりました。
おっしゃる通り、出会い キッカケってすごいですね。
そして…誰かとの生活を大切にすることは自分自身を大切にすることから始まる。
この文章を書いたときよりも 今の方が彼と笑う時間が増えた気がします。

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