「リストカットなんてやめなさい」 そんな担任教師に言ってやりたかった5つの言葉
この事実を突きつけられた教師は、ここぞとばかりに熱血を発揮して、良い教師、良い大人を演じようとする。

「やめなさい。ご両親から授かった大切な命じゃないか。生きていればいいことが必ずある。君がそんなことをしていたら、友達が悲しむだろう。悩んでいるのなら、わたしが何でも相談に乗るから、一緒に頑張ろう!」
そうして、自分は今、目の前の救われない可哀そうな生徒に、教師として素晴らしい行いをしているとでも思っているのだろうか。
1つ目のまちがい
まず。わたしはその「ご両親」とやらによって、心をひどく傷つけられている。
物心つくまでは、無意識に両親を慕っていて、大好きだった。私はとてもいい子だった。
しかし、わたしの心が育っていくほどに、両親は私を受け入れられなくなったし、私も両親の言葉が耳障りで仕方がなかった。反抗期なんて可愛いものではなく、人間として受け入れがたい言葉の暴力や威圧に耐えられなかった。
一般的には、親が最後の砦なのだろう。社会や学校から辛辣な矢を浴びせられ、命からがら逃げかえった自宅で、最後に温かく迎えて癒してくれる場所。それが家庭であり、親なのだろう。この教師も、もれなくその一般論に執着している頭の悪いタイプの大人で、自分にとって当たり前のことが、他人にとっても当たり前だと思い込んでいる。
説明したところで、この教師が身を切って私をかばうはずもない。保護者に立てつく教師だなんて、今時流行らないだろう。保身を最優先にするに違いない。
2つ目のまちがい
「生きていればいいことがある」なんていう根拠のないことに希望を見出せるのなら、リスカなんてしていない。
それから、その「いいこと」とやらが起こるまでの間、私の心が生きていられるとは思えない。
人が生きるか死ぬかの選択をしている時に、「生きていれば」とか「いいこと」なんていうあやふやな飴でなだめようだなんて、本当にこの人は教育のプロなのだろうか。
「あと一週間生きてくれたら、かならず君の全てを受け入れて包み込んで守ってくれる恋人が現れ、君に起こっているすべての悪いことが解決し、二度と傷つくことのない未来が訪れる。私はそれを知っているし、そうなる為の準備を終えていて、あとは実行するのみだ」
くらいのことを言ってくれなければ、希望なんてものは見えやしないし、リストカットを止める理由になんてなりはしない。
それでも、そんなことが起こるはずがないと確信しているのだから、絶望してこのように我が身を切り刻んで生き長らえているのだ。
いいことがこの先あろうがなかろうが、私にはどうだっていい。今この瞬間に、死ぬことよりも恐ろしい感情に心を支配されて、自分の鮮血を眺めることでしか生にしがみついていられないから、切っている。
教師は知らないのだ。死ぬこと以上に苦しい現実があること。死ぬことが楽なことと思えるほどの苦痛が、この世に絶え間のなく溢れていることを。
死にたくない理由があるとすれば、二つある。
ひとつは死の瞬間の恐怖。
もうひとつは、死んだら私を苦しめたやつらに屈した気分になるということ。
これすらどうでもいいと思ってしまえば、私の明日は来ない。
3つ目のまちがい
悲しむ友達がいないことなんて、担任のあなたが一番よくわかっていてしかるべきではないのかと思う。
私が毎日一人でお弁当を食べていて、放課後はチャイムと共に逃げるように帰ること。そんなことも知らない時点で、教師としてどうかしている。
期待なんてしていないけれど、私を救おうだなんて気の触れたことを考えるくらいの動機があるのなら、そもそもこんな私になる前に声をかけてくれてもよかったのではないかと思う。
目の前で聖人君子のツラをしている教師の、言っていることとやっていることが一致していないので、私の胸はこうして冷え切っている。
4つ目のまちがい
おまえになんか死んでも相談しない。
相談なんてして解決するようなレベルのできごとではないけれど、相談しなさいという前にやるべきことがあるはずだろうと思う。
そうやって言っておけば、教師としてのメンツが保てるし、「僕は一応生徒の相談に乗って、親身に対応し、問題の解決に尽力しました」という痕跡が残せる。そのためだけに「相談に乗るから」と言っているに違いない。
そもそもこの教師が、相談しようと思うほど優れた大人であったのなら、私の腕がこれほど分厚くただれた脂肪でパンパンになる前に、異変に気付くはずなのだから。
さいごのまちがい
私は生きるためにリストカットをしている。
死にたいならもっと別の方法をとる。
私は死にたくないから手首を切るのだ。
今日も死にませんように。そう願いながら、薄い鉄の刃を体に滑り込ませて、生と死を熱く体で感じている。
死の手前に触れている瞬間に、強烈に生を実感できる。
流した血の分だけ、なんだか汚く重たい枷が流し落とされた気がして、気分が軽くなるんだ。
死ぬためのリストカットはしない。それは自殺だから。
私はどれだけ醜くても、泥にまみれた靴で踏みつけられても、生きると決めている。
唯一のすくい
このクソみたいな世界の唯一の救いは、すべての人間がついには死ぬことだと思っている。
あいつも、どいつも、クソみたいに私を踏んづけたやつも、みんな死ぬ。
それがとても楽しみだ。
だから最後まで生きようと思う。
自分の手では自分を殺すまい。
平等に。平等に。みんな死ねばいいのだから。
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【執筆者】
きゃろ さん
【プロフィール】
六年間のカビ布団生活を抜け出して、田舎でリタイアライフを楽しんでいます。毎日なにかしらの創作をして心を満たしています。最近2年ぶりに就職してみたらめちゃブラックな会社でヘラってしまって、無断欠勤したら会社の人が心配して家に来て、それも無視したら警察に通報されて、生存確認ということで踏み込まれました。しんどいです…。
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