ADHDの診断が下りない いままでの苦しみは甘えだったのか

コラム ADHD かたつむり

こんばんは。浮遊している20歳です。

最近、世間では発達障害が広く認知されはじめ、もしかして自分も発達障害では?と不安を抱えた人が増えているかと思います。僕もその一人で、先日精神科に行って検査してきました。

自分なりに発達障害について調べるうちに、自分は発達障害の中でもADHDの可能性が高いと思っていました。

理由としては、昔からどのグループに属しても「変わっている」と言われ続けて来たことや、ADHDの特徴である「計画破綻」「人の話が集中して聞けない」「遅刻」「先延ばし」「忘れっぽい」「片付けられない」「飽きやすい」などに殆ど当てはまることです。

アルバイト先ではミスの多さや作業の遅さがたたって、どこへ行っても”使えない人間”と見做されてきました。

具体例を挙げると、和食店の厨房でバイトをしていたとき、炊飯をミスしてオーダーが取れなくなってしまったことが2年間で3度ほどあります。他にも、天ぷらを揚げるために具材を入れた先から、油の中に何が入っているのか全く訳がわからなくなってしまうのです。こういった状態は他のバイトでも同じで、少しでも忙しくなればパニックを起こしてハチャメチャになっていました。

それと、突発的な放浪、徘徊癖がありました。深夜に突如として自転車で数10km走ったり、原付では最大700kmも走り続けたことがあります。このときはさすがに時間が足りませんでしたので、片道に2日もかかりました。

そして最終的には自転車で日本一周もしました。日本一周なんて聞くと一部の活発野郎共の元気溌剌ニッコニコというイメージがありますが、実際旅をしている人間の中の約半数は根暗です。この場で日本一周の快活な印象を消し去って頂ければ、僕は微分子レベルでも過ごしやすくなります。その約半数の根暗というのは、よく世間様が自殺者に投げかける「死ぬくらいならやりたいと思えることをやればよかったのに」というありがたいお言葉を実行している者たちです。

僕も一ミクロンでもやってみたいという気持ちがあったのでやってみたわけですが、その結果何が変わったか。生存欲が出ることに期待していたのですが、自分の場合、死にたさや空虚さは消えず、さして変わったこともありませんでした。旅で虚無感や空虚さ希死念慮を消そうたって無駄です。よりいっそう空虚さが増すばかり。変に足掻かず病院へ行くこと勧めます。

話が脱線しました。

長文が書けなかったり、短期記憶が壊滅的であったりと、とにかくADHDの特徴があったので検査を受ける事を決意しました。とは言っても診断が下るのが怖かったので、先ずは心理学部の大学院生が実施しているWAIS3を受けることにしました。これだと診断が下ることはありません。結果の数値を自己分析して判断しようという魂胆です。

結果、数値は100-106。処理速度のみ92でしたが、全体的に数値は安定していました。これは喜ばしきことです。僕は健常者でした。めでたし。

……うーん、それでは、これまでのケアレスミスの多さや「変わっている」と言われ続けてきたのは何だったのか、疑問が残ります。ただの甘えか?よくわかりません。

しばらく平常通り過ごしてみました。が、やはり日常のケアレスミスは一向に減りませんし、相変わらずの変わり者扱いです。自分が健常者だと思えば思うほど、ミスを犯すたび辛さは募って来ます。

しばらくして、やはり精神科で改めて診てもらうことを決意し、受診しました。心理検査を経て、結果はADHDの可能性が高いと言われました。しかし、薬は処方されませんでした。「ストラテラは授業中に立ち歩くような子供に処方するものだ」との医師の説明に納得がいかず、転院することにしました。

新しい病院では「診察に母親を連れてくるように」と指示を受けましたが、僕は母親の前では鉄仮面を被り、ほとんど会話もしません。また、母は発達障害のことを思い込みだと言いはる人間です。正直連れて行きたくなかったし、何かの参考になるとも思いませんでしたが、仕方ありません。

そして母親を連れて行った診察では、母親の前で気分の波があることを暴露されてやるせなさに襲われました。予め「抑うつ傾向にあることは母親には知られたくない」と知らせておいたはずなのですが、どうやら上手く伝わらなかったようです。最終的に発達障害の診断に至りませんでした。

医師からは最後に「独特の雰囲気を持っているね」とオブラートに包みきれていない残酷な言葉を叩きつけられ、変わり者の足掻きは閉幕です。どうやらすべて甘えだったようです。

ADHDではないとの話を受けた三時間後には、自動車の教習所の予約時間を確認していたにも関わらず見誤っていたために遅刻し、キャンセル料3000円を失いました。これでキャンセル料の支払いは2度目です。甘えずに行きましょう。

僕は今日も結んだロープを前に問います。

これから先の人生で生きたいと思える瞬間があるのだろうかと。


【執筆者】
かたつむり さん

【プロフィール】
楽しいって何でしょう。この思考もまた逃避行為。逃避に次ぐ逃避人生。死から逃れたその先は?ああああ


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5件のコメント

ゆきねこ 返信

私もずっと「発達障害」を疑っています。
具体的な症状は控えさせていただきますが…。
生きづらいです…。
私は、中学入学前に知能検査を受けたことがあります。(結果を聞く時は部屋から追い出されたので分かりませんが…)
私も家族とうまくいっておらず、上記の結果を聞くこともままなりません。

今は、別の症状で通院していて、その症状の治療が最優先なので診断は、後回しになっています。(主治医も多分、発達障害を疑っていると思う&「診断を受けたがっている」ことは知っていると思います)
ですが、診断を受けて「発達障害ではないよ」と言われることが、とても怖いです。

長文失礼しました。

ホッブ 返信

辛いお気持ち、とてもよく分かります。
自分も、新卒で入った会社で仕事が出来ず、発達障害を疑い精神科を受診したものの発達障害の診断を受けられませんでした。
その上、医師からは発達障害の傾向があるとしてストラテラとコンサータを処方して貰いましたが、いまいち効果を実感出来ず仕事でミスを続け、そのまま精神を病んで今休職状態です。
薬に頼ってもどうにもならないならどうしたら良いんだろう、と思いながら毎日を過ごしています。長文失礼しました。

Ayu・M 返信

私も知能検査の結果は問題なしですが、ADHDですよ。
現在の知能検査はADHDの診断において万能ではありません。
一部の医師は、それを知りませんが。
ただしADHDの適用を受けている薬は、ADHDの6割にしか効きません。
また、一部の症状には効果がありませんし、感性が犠牲になるという面もあります。
知能検査によらない診断の出来る医師を見つける、カウンセリングたコーチングを受ける等の選択肢はあるかもしれません。
私の場合は二次障害で小学生の頃から希死念慮がありましたが、二次障害があるようでしたら、そちらの治療は必要です。

ゆう 返信

私もよくなくしもの・忘れ物が多く「ADHD」かなと思う度にググってます。
でも最近少し考え方が変わりました。
私が「ADHD」かなあと思う=なくしもの・忘れ物が多い
これは何においても確認するのをめんどくさがる傾向にあるからです。
今日も財布を人の車に置いてきました。なぜなら、車から出るときに車に忘れ物があることを
確認しなかった、それだけのことです。
なんでかって、寒いし朝から眠いしめんどうだし、確認するって頭が回ってませんでした。
それだけのことです。
じゃあこの失敗を教訓に、車から出る前には忘れ物がないか確認しよう
それでまた忘れたら、確認のコツが足りませんでしたので、確認方法を見直そう
それだけのことです。

医者の診断まって、ADHDの診断がおりて期待するモノって何なのでしょうか?
TVではADHDと診断された人間には薬が投与され、その薬を飲むと物事に集中できるとあったけど、
精神系の薬なんてしょせんプラシーボ効果(効くと思って飲むから効く、効かないと思って飲むから効かない)だと疑ってやみません。
そんなことより、いままでの失敗とか箇条書きにまとめて何ができたかって考えたらどうでしょうか?

こんなことを書いているうちに私は会社で使う充電器が部屋に見当たらないことに気づきました。
どうしよう、ADHDかもしれない・・・!検索しますか?しないですよね、ADHDだってわかったところで充電器見つからないですね。
とりあえず探しますよね、探して見つからなかったら新しいの用意できないか手配しますよね。
じゃあ振り返ってみますか。
何で充電器をなくしたのか
⇒ここ最近使ってなく、部屋に放置したらどっかやった
 ⇒つまり、使う頻度が低くものの置き場自体が錯乱しやすいため、物の置き場が定まっていなかった
   ⇒物の置き場を定めよう、使ったら必ず戻そう

こうやって考えますよね、
考える癖をつけていくこと、それがADHDかも・・・と思わなくなる第一ですね。
第一、ADHDかもと思う時点でADHDだと思いますよ、ADHDだって自分で診断して、
ミスを振り返って改善策を考えていくほうが得策じゃありませんかね?

返信

文章読んだ感じあんまりADHDって感じしないですね。

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