華やかな有名私大の飲みサーにも「隠れメンヘラ」はいる

コラム 自傷行為 美紀

はじめまして。大学3年生の美紀と申します。

今回の投稿をご覧いただいたところで、皆様にとってなんのライフハックになるわけでもなく恐縮ですが、都内の居酒屋でウェイウェイしている集団の中にも心に闇を抱えた人はいるんだなあ、くらいの気持ちで読んでいただけると幸いです。

 

私は、某有名私立大学の飲みサーに入っています。恐らく皆さんは微塵も関わりたいと思っていないような集団だと思いますので、軽く説明を。

一般的な大学のサークルは「来るもの拒まず、去るもの追わず」の団体がほとんどですが、私が所属しているサークルは希望者が誰でも入れるわけではなく、複数回ある新歓に参加した上で入会届を出し、上級生が美男美女や話が面白い人、場を盛り上げられる人を選抜する「選考制度」があるタイプのものです。学園祭では、毎年のようにミスコンのファイナリストを輩出しています。

一応は大学公認のスポーツサークルなので申し訳程度にスポーツもしますが、それは月に2回ほど。普段は学食を占拠してバカ騒ぎしたり、居酒屋やカラオケ店でオールをしたり、誰かが誕生日だとリムジンパーティーをしたり…。

友人からは「美紀の学生生活は華やかで羨ましい」と言われますが、昨今では、度が過ぎたマナー違反・法律違反行為がTwitterに流出して問題となる事件が頻発し、世間から軽蔑されているのも事実です。実際に大学に通われていて、私たちのような人間の学内・学外での迷惑行為に苛立ちを感じたことがある方々も少なくないと思います。

今回は、そんな一見「メンヘラ」とはかけ離れたような集団で生活する私自身の生きづらさを書かせていただきます。

 

■カーストの恐怖

自分で言うのもなんですが、私は小学生の頃から今までずっと明るいキャラで成績も優秀、スクールカーストで言うと常に上のほうでした。両親は少し過保護気味でしたが、特に目立った問題もなく、安定した家庭で育てられました。

しかし、中学に入学したあたりから、見えないプレッシャーに襲われるようになりました。

「みんなの中心にいたい」
「勉強や部活で上の成績を取りたい」
「あの子よりも、もっとかわいくなりたい」

いつの間にか必要以上に他人の評価を気にするようになり、ダメな自分に喝を入れるかのように、自傷をするようになっていました。ただしリストカットをしてしまうと周りにバレてしまいますので、傷をつけるのはお腹や太ももなど、見えないところ限定です。もう10年近く前の話ですが、今でも何十本もの大きな傷痕が白く残っています。

同じような生活は、高校生になっても続きました。模試で少しでも成績が下がろうものなら、一晩中泣きながら自分を痛めつける。この頃から、刃物で傷をつけると大人になったときに困ると思い(気付くのが遅い)、痕が数日で消えるように自分で自分を殴り続ける方法に変えました。

 

■やっと手に入れた大学生活

なんとか第一志望の大学に合格した私は、楽しいサークル仲間にも恵まれ、これから楽しい学生生活が待っていると期待に胸を躍らせていました。しかし、この病みきった性格まで変わるはずもなく、私の苦しみは消えないままでした。

みんなから仲間外れにされないように、トレンドの服や化粧に気を遣い、明るく面白いキャラクターを演じる。幸いお酒はそれなりに飲める方でしたが、それでも無理して吐くまで飲む。SNSでは流行りに乗りつつ、承認欲求が強いと思われるのを防ぐために、投稿頻度はやや少なめ。自分だけが写りのいい写真や自分だけで写っている自撮りは絶対に載せない。

周りはこんなことを意識せずともキラキラな学生生活を送れているのでしょうが、自分だけは大学生にもなって、人の目を気にしてビクビクしながら毎日を過ごしています。実際、今までにサークルの中で誰かがハブられるなんてことはありませんでしたが、それでも怖いのです。

同級生の恋人もできましたが、セックスの時には昔の傷痕が見えないようにさりげなく(心の中では必死に)隠しています。彼は以前「メンヘラとだけは付き合いたくない」と言っていたので、バレた瞬間即OUTなのです。一生隠し通せるわけなんかないのに。

そして3年生になった今、新たに大きなストレッサーがあらわれました。就職活動です。

序盤で軽く述べましたが、いわゆる「飲みサー」の人たちは美男美女で頭の回転も速く、コミュニケーション能力が高い人たちが多いので、先輩はみんな大手企業に就職していきます。そこそこ良い大学まで行ったのに、肝心の就職に失敗しましたなんてことになったら、それこそ自殺モノです。が、全く乗り切れる気がしません。

彼氏に傷痕がばれてフラれる恐怖、就職が失敗するかもしれない恐怖、さらには社会人になっても職場での地位を気にし、子どもを産んでも優秀に育てて幸せな人生を歩ませなきゃいけないというプレッシャーに一生襲われ続ける自分を想像すると、涙が止まらなくなります。

 

恵まれた環境の癖に、自分勝手な悩みだと思われるかもしれません。しかし、どんなに努力をして世間でいう「幸せ」を手に入れても、私の心が満ち足りることはなく、常に不安で押しつぶされているのです。無意識のうちに、「死にたい」と1日何十回も声を漏らしてしまいます。

「他人の目を気にせずに、もっと気楽に生きる」

それさえできれば何かが変わることは分かっているのですが、できないのです。頑張って生きてきたつもりなのに、私の人生はどこで何を間違えてしまったのでしょうか。

ただの愚痴のようになってしまいました、すみません。まとまりがないですが、以上です。

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 


【執筆者】
美紀 さん

【プロフィール】
都内在住の大学3年生。


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5件のコメント

てんぱ 返信

私は美紀さんと同じ大学生ですが、いわゆるカースト下位の人間であり、一見華やかな学生生活の裏でこのように苦しんでる方がいるとはとても思ってもいませんでした。
人の目をどうしても気にしてしまうのは大変辛いことだと思います(私もそうです)。なにかアドバイスができるわけではありませんが、どうか少しでもあなたが自分にやさしくなれるように祈っています。

Mag 返信

私も明るく振る舞っていなければ友達が居なくなってしまうと思っていましたのでちょっとわかります。(楽しくなきゃ、みたいなあの空気、ホントなんなんだろう。)ただ、あるとき友人の「完全にクラスの輪の外にいるからわざわざ合わせなくていいし楽だよ」という言葉を聞いて驚きました。その子は大学にほとんど友達がいないような子で、私は友達がいないなんてつらいだろう、と思ってたのに全然そんなことないみたいで。驚いたし、自分は狭い世界を見てたんだなと思ったなぁ…。きっとどっかに肩肘張らなくて済む場所が見つけられますよ。大丈夫。

桃李須賀利 返信

残念なお知らせですが、世間でいわれている「幸せ」を手に入れても心が満ちることはありません。

「幸せそう」「充実してそう」というのはそう「らしい」ものであって幸せそのものや充実そのものではありません。

幸せになるためには幸せを自分で定義しなければなりません。

自分の自分による自分のための幸せを考えましょう。

なんだっていいんです。梱包材のプチプチを潰すことに無常の幸せを感じたっていいんです。

いい例えかわかりませんが、『自分の好みでないが周りからすごく評判のいい、超大手企業に内定が決まっているイケメンの先輩と六本木のホテルの最上階でディナー』と『昔から仲の良い気心の知れた友人と久しぶりの食事』のどちらが幸せに感じるか、ということだと思います。

他人の評価を気にしすぎるあまり自分がどんな人間だったかわからなくなってしまっているようにもみえます。

有名私大のリア充グループの女子大生の人生を生きるのではなく自分自身の人生を生きる覚悟が必要です。それはとても怖いことですが、幸せや充実感は感じやすくなると思います。

他人の評価に振り回されて辛い思いをしてきたことでしょう。自分の物差しで人生を謳歌できるよう願っています。

メメメイソン 返信

どこかで自分のレールが脱線していくんじゃないか、このまま走り続けるしかないのかと思うと気が狂いそうになりますよね。
でも、何があっても今の地位捨てたくないじゃないですか。ヒエラルキーは中の下。空気と変わらないしなんで大学生になったか分かんない生活なんて意味ないと思いませんか?
無理してでもなんでも、そこのヒエラルキーにあなたが居られるのはそれだけのルックスやコミュニケーション能力や才能があったからだと思います。
だからそんな悲観的に思わないでもいいと思います。

にとり 返信

私も社会人2年目くらいまで、美紀さんと同じような考えを持っていました。いい大学に入って華やかなサークルにいたからこそ就職を失敗するわけにもいかず、大手企業になんとか滑り込みましたがそこで周りのレベルについていけず心を病み、転職しました。そこで思ったのは、背伸びするより身の丈にあった場所にいたほうが自分を大事にできるなということです。当たり前のことかもしれませんが、背伸びしまくって生きてきた私には衝撃でした。それまでプライドの塊のような人間でしたが、そもそも何かと競おうとすることを辞めたら楽になったと思います。本当に幸せな人ってあまり周りの目を気にしてないんじゃないかなと思いました。美紀さんは真面目で繊細でがんばり屋な人なんだと思います。今までの努力は否定しなくていいと思います。何かを勝ち取らなくても幸せな人ってたくさんいると思います。そして、無理せずにいられる居場所はきっとあると思います。

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