「こころ百科」に関する記事につき、一部不確定な事実に基づく表現がありました、読者の皆様にお詫び申し上げます。

うつ病→転職→うつ病……なぜもっと早くこのループから抜け出せなかったのか

コラム うつ病 wataru

初めましてwataruといいます。現在45歳独身です。

僕は小学5年生の時に、「僕の病気、大人になったら治るのか?」という素朴な疑問を抱いていました。その当時から現在までの体験を書いていきたいと思います。

 

僕が精神的におかしいぞ?と気づきだしたのが小学5年生(11歳)の時でした。

食欲がなくなり、腹痛や吐き気を母に訴えるようになったからです。母は地元にある医大の心療内科に連れて行き、医師から「自律神経失調症」と「拒食症」という診断を受けたのが、僕の精神疾患に悩まされる第一歩となってしまいました。

それから1年間の通院と薬でこれらの症状は良くなりました。ですがこれを機に、僕の精神の不安定さは大きな波を描く様に浮き沈みが激しいものとなりました。

それがまた襲ってきたのが高校3年生の頃でした。その当時は大学受験に向け、勉強をしていました。症状としては小5の時と同じ「食欲不振」と「吐き気」に悩まされ、更に勉強をしていても英単語や熟語、日本史の年表などが記憶に残らないといった状態でした。

こんな状態で受験をしても合格はできませんでした。そのときの自分の感情は「あ~またノイローゼ気味かな」という感じで、特に通院はせずにそのままの状態で予備校に入学したのです。

入学してから秋口までは何もなく普通の状態でしたが、ここにきてまた高3の時と同じ症状に襲われてしまいます。当然、受験はまた失敗です。この時は精神的の他に、内科的にも疾患を抱える状態になってしまいました。

2度の大学受験の失敗と精神的・内科的疾患は、僕にとって一人で抱えられるものではありませんでした。

その後は通院と薬で何とか正常な精神状態に戻りはしましたが、それが再び僕を悩ませる事になったのは就職して社会人になってからでした。

 

仕事は「建築の設計」の仕事に就きました。職業柄、長時間労働と過重労働は避けては通れないものだということは専門学校の先生には言われてはいましたが、実際働いてみるとそれは想像を遥かに超える過酷なものでした。

新卒で入社した事務所では自分の無力さに悩んで「うつ病」になり退職、2社目も超長時間労働と過重労働が原因で、ここでも「うつ病」で退職です。この後も3社で同じく「うつ病」になっては退職を繰り返す事になってしまいました。

今これを読んでいる方のなかには「何故もっと早い段階で、他業種に転職、医師への相談をしなかったのか」と疑問に思う方もいるかと思います。

当時の僕は退職を次へのスキルアップと考え、通院していたメンタルクリニックの医師も特別危機的な事として捉えていなかったのか、僕へのアドバイスはいつも「少し休んで環境を変えて、次がんばりましょう」と言うものだったのです。

ですから、僕はただ人よりストレスに弱い体質で、「少し休めば大丈夫だろう」とずう~っと思っていたんです。

しかし、現在45歳となり、内科的にも「特定疾患」も発症してしまった今、これ以上この状態を繰り返していては心体が持たないと思って医師に相談しました。その結果、手帳の申請と民間の就労支援センターと市の障がい者就労支援センターを利用する事になりました。

これで「うつ病」と「転職」のループから一歩だけ抜け出せたかと思ってはいます。「また社会に出ればどうなるか?」はわかりませんが、これからの残り約25年を乗り越えて行きたいと思っています。

 

僕が小学5年生の時にふと疑問に思った、『僕の病気、大人になったら治るのか?』。

あの頃の僕に言えるのは、「今もまだ病気になる不安と将来の不安はあるけど、前向きに人生を歩んでいます、以上!!」ということです。。。

ここまで拙い文を読んでいただき、ありがとうございました。

 


【執筆者】
wataru さん

【プロフィール】
現在45歳独身男性、小5で自律神経失調症と拒食症になってから現在までうつ病を繰り返す。その度に転職をし、今年の5月にうつ病と頭がパニックになって退職。現在は無職で自宅療養中です。


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