「こころ百科」に関する記事につき、一部不確定な事実に基づく表現がありました、読者の皆様にお詫び申し上げます。

親に求められて獲得した「理系東大生」という肩書きの代償

コラム 東京大学 ななしにゃん

私は現在、東大生だ。(卒業できるかどうかはわからない。)

東大生というと、いかにも勉強ができると思われるかもしれない。実際、東大生の多くは勉強をすることが得意だ。しかし、私は勉強をするということに慣れていなくて苦手だ。まず机に向かって何か作業をするということに慣れていなくて、もし仮に机に向かったとしても、集中は続かないし、そもそも起きて机に向かえるときばかりじゃない。どうしてそうなってしまったのかはわからない。ただそうなのだ。そしてそもそも私は机に向かっているときに勉強以外のことをしている。あるいは寝ている。こういった文章を書いたり。

私の場合、今までまともに自分から勉強してこなかった。だから勉強の習慣というものがない。小学校のときから宿題は無理やりやらされつつもなかなか提出できなかったし、学習塾に通っていても、宿題は提出しなければ予習復習もほとんど手をつけることはなかった。それで勉強にまったく集中せずに中学受験は失敗したのだけれど、中学校でなぜか圧倒的なパフォーマンスを発揮して、ほぼ学年1位しか取らなかったし、数万人規模の模試でも平気で全国1位を叩き出し続けた。当時はそれで自信が保てたのだと思うし、それによってほかのさまざまな問題を見えなくすることができた。当然、最難関校の合格可能性判定は軒並み「A」だった。実際に結果として受験校は全部合格で、特待制度がある学校ではすべて特待合格した。

中学校では、私は優等生を演じていたと言える。学級委員その他の委員やピアノ伴奏をはじめとする役職類を自ら積極的に引き受けたし、清掃や授業などでも抜群の熱意を見せることができた。そんな私が実はまともに勉強ができていなかったということは、ほかの人には理解できなかったかもしれない。

一方で、ある事情から小学校時代・思春期から極めて強い苦痛にさらされてきて、それが心身の不調に影響を与えていたことは間違いない。小学校高学年の頃から、それが変だとわかっていても、物事を特定のやり方でやらないと気が済まない、特定の歩き方をして通らないと気が済まない、手を何度も洗わないと気が済まない、同じことを何度確認しても安心できない、コップを特定回数すすがないと気が済まないなど、やりたくないけれどやらないと落ち着かない異常な行為に悩まされるようになった。

中学校になると、それは少し治まったものの、太ったりすることを極端に気にするようになってしまって、自宅では食事を残すことは許されなかったから、給食を大量に毎回残すようになった。主食の炭水化物は必ず残し、たんぱく質を中心とする主菜はほとんど全部ほかの人に初めにあげてしまったし、牛乳も全部残すようになった。家でも、親に食事の量が多いから少なくするようにと要求するようになった。その結果、もともと冷静に考えれば「やせ気味」だった私のBMIは17を切った。

他には、急に胸が苦しくなって死んでしまうのではないかというような恐怖に襲われる発作をたびたび繰り返した。あとは特に理由もなくお腹がゆるくなってしまう現象が起きていた。(後に過敏性腸症候群といわれる。)

高校は、受けられる最難関校を受けて、全部合格したので、あまり何も考えずに最も偏差値が高いところに進学した。

それがよくなかったのかもしれない、必ずしも私に合っていた学校だったとは言えず、通うだけでつらくなってしまった。私は欠席ゼロだったので、周りからはそうとは気づかれにくかったかもしれない。授業にだけ出て、座っているだけの不登校もどきだった。単に通学しているだけの日々が続いた。授業が終わると即帰って何もしないことが多かった。本当はできることがたくさんあったはずなのに、私の心は何もする気にさせてくれなかったのだ。試験対策も普段の勉強も何もしなかったので、成績はどんどん落ちていった。

通学には多大なる時間を費やしていた。学校にも家にも居場所がなかった私は、電車で寝ているときが一番輝いていたかもしれない。

 

私が育った家庭は平穏とは言えなかった。ものは壊れるし部屋は散らかっていて修羅場のようだった。ひんぱんに口論が起こり、ものに当たったり投げつけたりすることもあった。私は親に包丁を突きつけられたこともある。それで私の心も荒れてしまい、暴力行為や過激な言動に出てしまって自己をコントロールできなくなることがしばしばだった。

私の母親はいわゆる「教育ママ」であったのだけど、それは彼女が親に「女が進学してどうする」といった態度を取られて意欲喪失し、大学受験に失敗したことの裏返しであった。本当は医学部やアカデミックな世界に興味があったらしい。

そんな母親は重度のアルコール依存症の父(私の祖父)と仕事人間の母(私の祖母)を親に持ち、低体重で生まれて生死をさまよい、まともに家庭として機能していない環境だったので近所に預けられて育った。そういった生い立ちが背景にあったのかもしれない、私の母親は性格的にかなり難がある人だといえる。まず非常に疑い深く、夫である私の父親の誠実さをつねに疑っている。

それだけならともかく、近所のひとに監視されている、盗聴器を仕掛けられている、公共料金の検針員に盗聴されている、などあらゆることを訴えてくる人だった。特に明確な根拠もないのに、買い物に出かければ「身に覚えがないのに万引き犯ブラックリストに登録されていて監視されている」と苦痛を訴え、ついには親類に毒を盛られていると主張するようにまでなった。ささいなことでも何かの理由にして奇妙な訴えをする、そんな人物であるにも関わらず体面を取り繕うことには細心の注意を払い、一見普通の人であるかのように振る舞い話すのであった。普通じゃないと思われることを極端に恐れていたようだ。またそもそも他人と会うことをなるべく避け、引きこもりがちで、家事も放置されて滞りがちだった。

そんな母親は暗に子どもに勉強を強く求めて、思い通りに進学させようとするような学歴主義の人だった。私にも学歴を求めたのは言うまでもない。はじめから東京大学に入れるつもりだったのだと思う。また子を自分の思うとおりにコントロールしようとし、過激な言動に出たりするほどで、私はきつい束縛の中で豊かな友人関係を持てずに育った。

そういった親の過干渉の中で私はプライベートな部分はほとんど許されていなかった。年齢が上がっても外出もお金もほとんど自由にならなかった。一方で、家事放棄することもある親の異常な束縛のせいで、おそらく私は自分自身を獲得できなかった。自分から積極的に動くことがなかなかできない。そもそも親は私のことを生むつもりがあまりなかったというようなのだから、ひどく迷惑な話だ。

 

さて、勉強どころかほとんど何もできなくなってしまった私は、高校でも定期試験で不合格点を連発するようなありさまだった。私は文系科目のほうが明らかに点が取れていたのだけれど、なぜか理系を選択した。親の影響だろうか。結局大学に進学する資格を取得することには成功したのだけど、現役で大学に進学することには失敗した。本当に過去問1題解くことさえしなかったのだから…

その次の1年間は予備校の東大専門のクラスに在籍することになった。東大を想定した演習やテストを中心に行い、予習・復習・課題をこなさない(こなせない)私もそれによって実質的に勉強をやらされていた。その結果、模試での成績は非常に不安定だったものの、成績は緩やかな上昇に転じ、最後の頃の東大二次試験本番を想定した模試では理科1類(理工系)と理科2類(生命系)でA判定を取ることもできた。

ところが、入試直前期になってますます精神的な面でつらくなってしまった。予備校に行けないことも多く、行っても自習室では勉強以外のことをしていたし、抜け出してぼーっとして電車に乗って遠くまで行ったりした。気力が失われてしまって、何をする意欲もないし気持ちも落ち込んでしまった。死にたいという気持ちに何度も襲われた。現実感覚がどんどん失われていった。

そういった精神的な面の影響もあったのだろうか、たびたび突然苦しくなって死にそうなほどつらい発作を起こしたり、黒い下痢を起こしたりして、心電図や血液検査、内視鏡検査を受けたけれど、特に異状は見つからなかった。

センター試験の日はひどく精神的に調子が悪かった。自己採点した結果は、やはりひどい点数だった。この時点で合格しうる大学がかなり狭められてしまった。私は結局第一志望として東京大学理科2類に出願することにした。センター利用の私大を出願したものの、全滅に終わった。そこで事実上センター試験の入試における比率が飛び抜けて低い東京大学にすべてをかけることになったのだ。例年からみて第一段階選抜をかろうじてクリアできそうだと思ったから。

運良く、狙い通りにセンター試験の点数は第一段階選抜を突破して、東京大学から受験票が送られてきた。医学部などを中心とした無謀な併願で全滅の危機も見えている中、かすかな希望も感じられるかどうか怪しい最後の賭けとして、なんとか二次試験本番の本郷キャンパスに向かった。

そして試験は終了した。手応えの有無を感じることができるほど気分がよくはなかったので、もしこれがだめなら全大学全滅かもしれないとさえ思いもした。

合格発表の日も調子が悪くて寝ていたけれど、発表の12時に無理して起き上がってパソコンで合格発表の画面を開いた。受験票と照らし合わせるとすぐに自分の番号が見つかった。信じられなかった。勉強ができていなくて調子も不安定という条件の中では、意外とパフォーマンスを出すことができたのかもしれない。予備校に行かないといけないのと安田講堂前の合格者掲示を見に行くために無理して出かけるはめになった。それさえもつらい体調だったのだ。

新入生健康診断では、いきなり精神科の項目で引っかかって、大学の保健センターに紹介された。保健センター精神科では、投薬が行われることになった。もともとかなり不眠傾向が強かったので、抗うつ薬と、睡眠薬が処方された。

 

大学生活も順調ではなかった。入学式には行かなかった。

衝動的によく考えずに行動するせいで、あるいは対人関係の距離感のつかみ方が未熟なせいで、いろいろな問題を起こしたのではないかと感じる。自分自身を傷つけたり死のうとしたりした。依存先を探そうとしては破綻した。精神的に空っぽでつらくてさびしい気持ちが強い。つらくて耐えられなくなってしまうことも多い。自分が何であるかがわからない。誰からも相手にされなくなるのが怖い。承認されたい。いつもすべてが不安定。

入退院を繰り返したり、自殺未遂で医療保護入院になったりした。閉鎖病棟も経験した。薬もいろいろ調整を繰り返した。疲れやすく、何をやっても楽しくない。動けないときはまったく動けない。考えがまとまらないし、思考が止まってしまうことがある。自分が大嫌いになってしまう。

このような様子の中、まともに単位が取れるはずはなく、留年することになりそうだ。東京大学は、入学時には進む学部学科が決まっていなくて、点数に応じて行ける学部学科が左右される進学選択(旧称・通称:進学振り分け、進振り)があるので、単位を取得するだけではなく、点数を確保することが大切だ。

正直東大はメンヘラが多いと思う。つまり、精神的な問題を抱えていても入試は突破できるということでもある。私もこれから単位と点数を確保できるようにがんばりたい。それには勉強習慣をつけることが必要だと思う。どうしたら勉強をすることができるようになるのか知りたい。

最後に、私の対人関係の問題のせいでいろいろ深く傷ついたと思われる人たちにあらためてお詫びしたい。このあたりについてはまた機会があったら別な原稿で触れるかもしれない。

 


【執筆者】
ななしにゃん さん

【プロフィール】
センター試験「地理B」だけ満点で、MARCH理工学部には落ちた、医学部受験経験者。今はとりあえず東大生をやっています。
Twitter:@__4gi
ブログ:https://h09.eu/


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4件のコメント

返信

すごい結果を何度も出してる…
どう考えてもすごい
めちゃくちゃ勉強してて、すごいです…
でも、今のななしにゃんさん、本当に大変そうです…

わたしは数年前から心身症(うつの心理テストは何もひっかからない)で、旦那が20才からうつ病です。そして双極性障害Ⅱ型だとわかり、水頭症も判明して手術したり、長年苦しんでいます。

じぶんはうつではありませんが、あまりにも長い間闘病しつづけている旦那の生活のヒントを求めていろいろ本をよみました。


彼本人に、いちばん効果があったのは、
『うつにサヨナラ―「ふさぐこころ」の治し方』 濱田 秀伯
https://www.amazon.co.jp/dp/4093045895/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_HRWFAbQSXMT10


そして、ななしにゃんさんのお母さんのエピソードをよんで、共通点を感じたのは
『わが家の母はビョーキです 』①② 中村ユキ
https://www.amazon.co.jp/dp/B011K9JLGS/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_NQWFAb2D6DFH7


合わなかったら、ごめんね。

ちなみに、わたしがラクになれたのは、そういう本や他人の体験談ではなく、ふつうのエロ本でした。あまりよんだことはなかったのですが、物語とえろが一緒にあると、とんでもなくキモチがラクになれました。


えろ本じゃない漫画で、キモチがラクになれた本をおいときます
『蝉丸残日録』全2巻 ツナミノユウ
https://www.amazon.co.jp/dp/B011HXD3WU/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_5XWFAb1YHV514


たまたま見たら、気になったので、コメントしてみました。長文失礼しました。

Ruka 返信

これだけの文章を書くのも体力と精神力がいるから、何もできてない人とは思わなかった。
迫力に全部読ませられました。
私は辛さを言葉にできないから、代弁されたように少し楽になりました。
ありがとう。

Shu 返信

ほんの偶然ここにたどり着いたのも縁かと思うので一言残します。

きっと人生にはまだまだ楽しいことも素晴らしいことも残ってますよ。いつか素晴らしい景色を見るといい。美味しいものを食べるといい。

勉強なんてそのほんの一つの手段に過ぎないのだから。

返信

同じく東大生です。
幼少期より片親で、小学生の頃には施設に預けられたり妹の親代わりをしていました。周囲にはかなり明るい性格だと思われていますが、傷つきやすく人とのコミュニケーションにはかなりの精神力を要します。
ななしにゃんさんの体験にすごく共感しました。私は親の反対で精神科に行くことができてませんが、勇気を出して向き合ってみようと思います。

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