19歳にして150万の借金。"自分を生きる"ために整形手術を受けた話

コラム 整形 身体醜形障害 てす

拙い文章ですが、どうかお付き合いください。

「整形」と聞くと、皆さんはどういったイメージを持たれるのでしょうか。

整形を告白する有名人も増えてきていて、受容されつつあるように感じますが、やっぱりまだまだマイナスイメージは拭われないのだろうと思います。「親から、神さまから頂いた健康体にメスをいれるなんて……」といった具合に。

また、ご周知の通り、整形は多額の費用がかかります。私の施術の場合は、総額150万。

私は四年制医療系大学を1ヶ月で中退しており、今春から専門学校へ通います。そのため、専門学校へ通うための奨学金は私が支払うことになっており、在学中は整形の医療ローン返済、卒業後はそれに加えて奨学金の返済が待ち構えています。ローンのダブル返済になるので、とても苦しいことになることは安易に想像できます。

そんな状況下で、私は医療ローンを組み、分割回数を最大限にし、整形をしました。

 

ここまで読んでくださった方のなかには「なんて親不孝な奴なんだ!!」と思われる方もいるかもしれません。また、「どうしてそんなにしてまで、今整形をしたんだ?」と。

私自身、自分で言うのはなんですが、特に際立ってブスであったわけではありません。そして、モデルなどの仕事がしたいわけでもありません。ただ、私はものすごく周りの目を気にしてしまう、自意識過剰な人間なのです。

その私の"個性"のため、とても生きづらい毎日を送っていました。それらの一番手っ取り早い改善方法が私にとっては「整形」でした。

日々生活する中で、一歩家から出たその瞬間から、私の「見られている」という感覚との戦いになります。道を歩いている時、電車の中、仕事の休憩中、買い物……とにかく全てです。例え1枚壁を隔てて居たとしても、少しでも周りの人の声(特に笑い声)が聞こえてしまうだけで私は平静を保てなくなり、調子が悪い時はそのまま解離、離人症状が起こってしまいます。

精神科に通っていますが、これらの原因はまだわかっていないので、自己分析に励みました。その結果、私は「凄く自己肯定感が低いのにも関わらず、本当は自分のことが大好き」な捻くれた自己愛の持ち主だということをだんだん理解していきました。

そして、「私が私を肯定できれば私は幸せなのだし、私の人生、私が味方にならなくてどうするんだ!?」という結論に至り、「人から見られてい(るような気がしてい)ても平静を保つにはどうすればいいか」ということを考えました。

そこで、思いついた様々な方法を試してみました。

 

まず始めに、宗教の力を頼ってみた。


「いきなり宗教かよ!神頼みか!」とツッコミがきそうですが、何かに縋りたい一心だったこと、また、元々興味があったこともあり、足を突っ込んでみたわけです。

結果、教会での集まりはとても楽しく、人間関係の構築が上記の症状のため困難だった私でも新しいコミュニティができたものの、やはりそこでも気を使い過ぎてしまい、根本的解決には至りませんでした。

次に、服装をコンサバ系にしてみようとした。


「ウケがいい」ただそれだけの理由で挑戦しようと思いました。

しかし、いざ服を買おうと手にとったところ、買い物に付き合ってくれていた親友から「それはあなたらしくない」と言われ、それじゃあ、元も子もないじゃないか、ということで即却下。

その次、前髪を伸ばしてみた。


これはなかなか良い。周りと自分の間を自分でコントロールできるものができたことによって、私はかなり安心できました。

でも、それでも私は、前を向いて歩きたかった。髪の毛を垂らし下を向いている私は、とても惨めで屈辱感でいっぱいでした。どうして私は周りの人のように堂々とできないのだろうか。私もアイドルの子みたいに真っ直ぐに前を見て、キラキラと自分の人生を生きたい、と。

そんな私でも、顔を隠せば前を向けるのなら……私は思い立ちました。

 

私の1番のコンプレックスは鼻でした。

付き合っていた彼氏や母親からもブスとは言われないものの、「鼻がねぇ〜」と言われ続けていた私。愛してくれる、愛してくれているはずの人からのその言葉が正直とっても悔しかった。捻くれた自己愛が邪魔してコンプレックスを笑いに変えられない、笑い飛ばせない私。そして、周囲の目を気にしてしまう私。

もう方法は1つでした。こうして私は「整形をしよう」と決めたのです。

私があまりにも短絡的な発想で整形を決断したことに対して、また、冒頭で記述した通り、整形するということに対しても多くの批判はあると思います。でも、私はそれでも、そこに賭けた。私は私にしか歩めない人生を前を向いて歩んでいくために。

私は可能性が沢山ある若い時代、まさしく今を精一杯楽しく生きたい、それには、この"個性"といち早くわかりあわなければならなかった。私は借金と周りの批判よりも、私が私を認められる方法をとりました。

整形は逃げかもしれません。コンプレックスを受容しきれなかったとも捉えられると思います。

でもそれでも構いません。例え、逃げであったとしても、多くの人から非難されることだったとしても、この決断は私にとってとても大きな救いと希望になったのですから。

 

最後に。

私は整形を勧めているわけではありません。自分の"個性"と上手く生きていくために、自分の人生を自分が自信を持って歩めるために、私は整形することを選んだ、という話です。

この経験を通して私が得られたこと、感じたことが少しでもこの記事を読んでいる方の力になれれば幸いです。



【執筆者】
てす さん

【プロフィール】
19歳。履歴書に中退って書くのがしんどい。


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