精神疾患に悩んだ大学生が解決に向かい、精神疾患を解決する道を志すまで

コラム taro_murakami

僕は、高校生の時から情緒不安定な時期でした。

そんな中、18歳の時に「毒になる親」という本に出会いました。この本が僕が実家を出て一人暮らしをするきっかけになった本です。今でもいい本だと思っています。

この本はアダルトチルドレンに関する本で、初めて読んだ時、「自分に当てはまる項目がこんなにも」と驚いて涙が止まらなかったことを覚えています。

当時はメンヘラという言葉が流行っていました。精神疾患というものがネタみたいにされていて、あんまり病気らしく扱われてなかった風潮だったように思います。

その本を読んだことをきっかけに、実家も大学も都内にあるのにわざわざ家を出て、一人暮らしをすることにします。大学に入り実家を出ても、精神状態はあまり落ち着きませんでした。高校の時のように突然泣き出したりはしないものの、やっぱり不安定。最初の健康診断の問診で「自殺したいと思ったことがある」という項目にチェックしたところ、保健センターから連絡が来たこともありました。

とはいえ、授業に行って、友人と会って、お金を稼いで、といった普段の生活は情緒不安定でもできました。表面上ごまかすのはそれなりに上手いのです。というか、つらくてもあまりつらそうに見えないらしい。そういうこともあり、何をするともなく、放置(一回だけ学生相談所に行ったけれど…)。

友人とうまく付き合えないのがコンプレックスだったので、「それを解消したら生きやすくなるかな」なんて考えていました。

今思えば、大学一・二年生の時は、情緒不安定になってタバコやお酒に走っていました。いろんなものに対して依存的な体質だったと思います。

放置していたのが悪いと思われるかもしれません。でも、昔から情緒不安定な人間に囲まれて育ち、情緒不安定な人生を送ってきた人間にとっては、何が安定した状態なのか知る由もないのです。

 

大学三年生の時になって、僕は初めて精神科に行きました。その頃になると、理由もないのに落ち込んでしまうことが度々ありました。夏の始まりごろに一週間も落ち込みが続いたので、受診を決めました。

行ったところは大学の保健センターの精神科です。そこでは「学生相談所に行くように」という指示を受けました。学生相談所とは、簡単に言うと臨床心理士に相談ができるところです。それから学生相談所には半年以上通いました。就職活動を控えていて、それまでにはメンタルヘルスを整えておきたかったのです。しかし、状況は一向に良くならない。

大学4年生になる4月、もう無理だと思って3年ぶりに親に連絡をしました。

その頃の僕は、週3日間はアルバイトをして、残った時間は就職活動に充てようとしつつも、「死にたくない」という根拠のない不安に取り憑かれていました。一方で太宰治の「人間失格」を読み、心の底から共感していました。

アルバイトの仕事も手につかず、夜は不眠になり、宝くじにお金を突っ込んで就職活動をサボり始めたあたりで、やっと自分の限界に気づきました。

実家に戻った後は、大うつ病の様相でした。それまでの病気のストレスが重なって、コルチゾールに海馬がやられたんでしょう。毎日つらくて死にたい状態。ロープも買いました。

再び精神科にも通い始めました。精神科によって診療方針が違うことや、保健センターで受けた診療による精神科への不信感だったりが病院選びを難しくしていました。脳に磁気刺激を当てるのか、それとも栄養療法なのか。普及が叫ばれていますが、認知行動療法なんてメソッドもあります。

時間が経って少し良くなると、医者には「動いてみること」と言われたので、頭に浮かんだ進路を模索してみては、よくわからないままにあきらめてしまったりもしました(後でこの医者のアドバイスが間違いだったと気づく)。

8月ごろからはさらに回復の兆しがあったので、本格的に就職活動を再開しました。結局のところ実は、内定は取れました。しかし、留年してもより良い条件の会社の内定が取れそうだという話になり、もう一度就職活動をすることに決めました。…でも、このときも自分の病気を治せていないままだったんですね。

 

そして大学5年生になり、また就職活動を始めました。

就職活動のための塾のようなものにも行きました。途中、5月頃からまた精神的につらくなってきました。おそらく、大うつ病は治ったものの、大うつ病の元になった病気が治っていないのだと気づきました。思ったより自分の病気は根が深いのかもしれない。

昨年の前半は就活をしていました。

結局のところ、途中で情緒不安定になってしまいました。2個目の内定を機に就活から離脱し、少しは楽になったものの、情緒不安定な状態は続いていました。一旦やめていた薬をまた飲むことになりました。

そんな中、7月に一冊の本と出会いました。「脳を鍛えるには運動しかない」という本です。有酸素運動をすることで脳に変化が起こり、精神疾患に効果がある、という内容です。そして坐禅というものにも出会いました。その当時の主治医から境界性人格障害と診断され、禅を応用した弁償的行動療法に関心があったところでした。

そして、書店で平積みになっている友田明美教授の本を読みました。「子どもの脳を傷つける親たち」というショッキングな題名。

そうこうしているうちに「ああ、本当は脳の問題で苦しんでいるのかもしれない」と考え直すようになりました。もちろん脳の問題だとは気づいていたのですが、気持ちの持ちようだとか、考え方を変えるんだとか、どうしても精神論で自分の問題を片付けてしまうところもあったのです。

でも、そういった精神論・方法論ではどうにもならないのかもしれない。ようやく、そういうことにやっと気づき始めました。

生活を変えることにしました。「脳を鍛えるには運動しかない」がすすめるように、毎日の有酸素運動を始めました。心拍数を上げろ!恐怖から走って逃れる!そして、時間があれば坐禅をする。坐禅会に通う。薬も新しくエビリファイというものを飲み始めました。1mg/日です。ドーパミンとセロトニンに作用する薬です。あと、食事の内容と量とタイミングも変えてみました。

メニューを決めて、毎日継続しました。泊まりがけで出かけていても、気分が落ち込もうが、風邪を引いていても、雨が降っていても。

 

二ヶ月ほど前に、変化はある日意外なところから始まりました。

いつからか視界がより立体的で鮮やかに見えるようになったのです。そして、毎日飲まずにはいられなかったコーヒーを飲まなくても、なんとも思わない日が続きました。

こうした変化はなにげないと思われるかもしれませんが、脳の変化なのでは?と思うようになりました(素人の勝手な推測ですので、ご勘弁を)。

毎日同じことを繰り返していく生活を続けて今、気分の波や不安にとりつかれることも減りました。それに、なんとなく「統合された感覚」みたいなものの手触りを得られるようになってきました。これがとても嬉しい。これがないと生きづらい。

ハードウェアとしての脳が変わり、物理現象としての神経活動が変化した結果だと思っています。しかし、これで問題が最終的な解決に向かうのかはわかりません。

ただ、脳科学に関する本を読むようになって、精神疾患はもっと科学が進んでいくことで解明されると確信しました。今の主治医が書いた「精神疾患の脳科学講義」、「つながる脳科学」、「エピジェネティクス革命」

こういう経験を通して、自分も脳を調べる立場になれないものか、と考えました。また大学に行って脳について研究するのです。とはいえ、お金もないし、両親も離婚するそうなので、だんだんあきらめムードでもあります。ということで、何か少しでも関連した仕事に就けないものかなぁと考え直しています。

それが、今後同様に苦しむ人を減らすことにもなるし、自殺した祖母のためではないかとも思います。


【執筆者】
taro_murakami さん

【プロフィール】
『精神疾患の問題を解決したい』そう考える、精神疾患に悩んできた人間です。
東京大学(経済学部)、東京生まれ東京育ち。自分の経験を生かして、精神の病の人を助けるプロダクト製作・サービス開発・技術研究がしたい。仕事・インターン・研究室など探しています!ハロプロとジャマイカと神社お寺が大好き。
ブログ:気分循環性障害の実験室


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