親によって植え付けられた汚言癖を克服するまで

体験談 毒親 志緒

こんにちは、毒親生まれ毒親育ちうつ病メンヘラ志緒と申します。
以前このような記事↓を載せていただいた者です。

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何気ない気分転換をして自信をもらった話

今回は親が私に与えた

『無意識に悪口を言う癖』
『他人を見下す癖』

についてお話したいと思います。

私の両親はしょっちゅう人の事を馬鹿にしていました。

例えば、父は同僚の事を『あのブタがさぁ』『○○さんあいつは本当にダメだよ』等と笑顔で話していましたし、母は私に『××ちゃんのお母さんはこういう人だからろくでもない』『△△君は本当にダメね』『○○ちゃんってブサイクだよね』などとよく話していました。最悪です。

そして両親は私のこともいつも馬鹿にし、他人と比較し、笑ったり怒ったりしていました。

あと母方の祖父も私をしょっちゅう馬鹿にしていたので、私は大人から馬鹿にされるのは普通だと本気で思い込んでいましたし『自信』という二文字は私の中に存在せず、幼い頃から無意識に『自分は誰よりも劣っている人間だ』と思い込んでいました。母方の祖母は優しい人ですが止めてはくれませんでしたし、父方の祖父母は既に亡くなっていたので身近な大人にはとことん馬鹿にされていました。

その結果がどうなったかと言いますと。。。

幼稚園は『男の子も女の子もみんなで仲良くしましょう!』という雰囲気の幼稚園だったので誰彼構わずみんな仲良しで楽しかった記憶があります。

しかし小学校にあがると、男子と女子ははっきり分かれ、性格のきつい子から大人しい子まで色々なタイプの人がひとつの教室で過ごすことになりますよね。

私はというと、学年があがってクラスが変わっても、中学生になっても必ず最終的には大人しいタイプの子と仲良くなっていました。

本来、私は面白い事を言ったりやったりして人を笑わせるのが好きでいつも最初の頃は色んな子と仲良くなります。しかし私には『自分に自信がない』『無意識に人を見下す』『悪気なく悪口を言う』という三大スペックが搭載されていたので、当然嫌われてしまいます。

そうすると私は『自分より劣っていると思える大人しくて地味めな子』を対象にマウントを取りまくり、そういったタイプの子とばかり仲良くするようになります。本当に最低だし、その子たちには申し訳ない気持ちでいっぱいです。

さらに私は母にその子たちの悪口を言ったりしていました。母もそれに乗っかりその子の悪口を言っていたので悪い事をしているという自覚は全くありませんでした。

自分より劣っている相手なら私は素を出して接しても平気だし、強気に接する事もできる。だってこの子たちは所詮私より劣っているんだから――無意識にそう思っていたんです。恐ろしいですよね。

しかし成長するにつれて自分自身に違和感を持つ出来事が少しずつ起こっていきます。

一つ目は、中学で仲の良かった友達と喧嘩をしたときの事。

その友達はとても良い子でしたが、とても大人しい子でした。それ故に中学にあがってからその子と仲が良いのは私だけで、それが私を調子に乗らせました。

その子を面と向かって馬鹿にしていたし、周囲の人に『二人は似てるよね』と言われると内心『こんな奴と似てないし!』とイライラMaxでした。とにかく見下しまくって馬鹿にしていたのですが、ある時何故かそんな彼女と喧嘩をしました。

彼女と私は同じ部活に所属していたので、見かねたチームメイトが仲裁に入ってくれたんです。そして私はチームメイトに喧嘩の経緯を話しました。未だに覚えているのですが、私は『だって彼女には私しか友達がいないから、仕方なく仲良くしてやっていた』というような事を言ったんですよね。これはひどい、最低です。

するとチームメイトの女の子達が私のその言葉に対して次々と『え?そんなこと言うなんて志緒ちゃんの方がひどくない?』というような事を言ったんですね。

いやもう、ごもっともすぎて何も言えません。

ですが幼いころから根付いている人を見下して馬鹿にする癖は消えませんでした。私は確かに一瞬『確かにそうなのかな?』と思ったけどすぐにそんな事は忘れてしまいます。その友達とも仲直りしましたし。恐らくこれが原因のひとつでチームメイトの女の子たちに嫌がらせを受けるようになりましたが嫌われるのはいつもの事だったので何が原因とか考えることもありませんでした。私は何もしてないのに!と被害者意識でいっぱいでしたね。

確かに何もしてないけどさ……(苦笑)と今なら言えます。

その後私は家の事情で引っ越しをして転校をします。新しい中学校で私はとことん嫌われます。『自分に自信がない』『無意識に人を見下す』『悪気なく悪口を言う』の三大スペックは健在だし、ただでさえ転入生だというのにそんな性格だったら嫌われても当然ですね。さらにこの時期、不登校になりかけていた私は両親にただでさえ弱っていたメンタルを袋叩きにされてぶっ壊されます。思えば、メンヘラの始まりはここでした。

けれど私は『高校では変わるんだ!』と決意しました。転入先の中学は環境が悪かっただけ!と思ってましたね。

「いや、お前にも問題あるから!!!!!」

あの頃の自分へと声を大にして言いたいですね。

 

中学の知り合いが誰もいない高校に入学した私はまず『クラスの中心人物の真似をする』という事を始めました。『この発言や行動は、あの人ならしないだろう』という思考パターンを作ることでそれなりに色んな人と仲良くできるようになりました。

これは自分の意志を見失う行動なのであまり良い方法ではありませんね。おすすめはしません。

色んな人とそれなりに仲良くしていた私は次第に『志緒って毒舌だよね』と言われるようになります。最初はなんとも思っていませんでしたが、ある時『志緒は悪口か悪口じゃないか微妙な事いうよね』と言われハッとします。

私が言ってたの、悪口じゃん!

目からうろこ、一つ目の気づきでした。ここでようやく自分が無意識に悪口を言っていたことに気が付きます。そしてやっと私は悪口を言わないよう気を付けるようになりました。

幼い頃の習慣というものは中々抜けないもので、自覚してから数年たっても私は未だに悪口を言ってしまいそうになります。本当に、気を付けていないと言ってしまいますね。

これが二つ目の気づきでした。

実は、人を見下してしまう癖は未だに抜け切っていません。

口を言ってしまう癖を自覚し、その後色々あってメンタルが瀕死に陥り自分の事をあれこれ考え、両親は毒親だという事も自覚します。結果、先程述べたエピソードやその他色々を思い出して見下し癖も自覚したのですが。

とはいえ自覚しただけでも大きな一歩なので現在はかなり気を付けています。時々無意識のうちに人を見下してしまうことがあるのでその度に「いやいや私は何様だよ!」と脳内ツッコミしています。気を付けましょう。本当に。

メンヘラや毒親持ちを自覚して数年、現在は自分に自信がないことや悪口を言ってしまう事、人を見下してしまう事を自覚しています。自覚するだけでもかなり違うと思いますし対処のしようもありますよね。

何が言いたいかというと

親によって植え付けられたモノはそう簡単には消えてくれないけれど、きっかけをもって意識すれば状況は変えられる

ということでしょうか。毒親による意識の植え付けは本当に恐ろしいですが、きっとどこかに意識を変える事になるきっかけはあるのだと思います。それこそ、私が中学や高校で言われた言葉のように。その時はなんとも思わなくても、そういった言葉は自分の中に強く残っているはずです。

現に私は自分の最悪な三大スペックを自覚してからは以前よりも人間関係をうまく築けるようになりました。まだまだ人間関係の構築はヘタクソな範囲内ですが以前よりは遥かにまともになりました。

偉そうな事を言いましたが、私もまだまだメンヘラですし自信もしょっちゅう折れます。

毒親に植え付けられた意識もまだまだ残っています。

人間なので良い時も悪い時もあるのは当然ですし、わかってるけど辛いときは辛いんだよボケ!もう無理死にたい!という気持ちもよく出てきます。

現在進行形で毒親に悩まされている方、お互いはやく脱却したいですね。気合いいれていきましょう。


【執筆者】
志緒 さん

【プロフィール】
短大を中退し、専門学校に入り直しました。ギリギリの所で不安と戦いながら生きています。


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