クィア理論から考える「メンヘラ」という言葉の可能性

コラム ジェンダー メンヘラ ミモザ

その昔、アメリカでは同性愛者やトランスジェンダーは「queer(クィア)」と呼ばれていました。これは「変態」とか「おかま」という悪口で、侮蔑するために使われていました。これを逆手にとって、自ら「俺たちはqueerだ。それで何が悪い」と開き直ったことで、近年にはqueerが肯定的な意味で使われるようになってきています。

この話を聞いた時、これはまさしく「メンヘラ」という言葉に当てはまると感じました。また、メンヘラ.jpの編集長もクィアについてツイッターで言及しており、意識されているのだと思います。クィアを知ることは、メンヘラにとっても参考になるのではないかと考え、今回の記事を投稿しました。私自身、クィアについて学べば学ぶほど、メンヘラとの相性のよさに気づかされています。

冒頭に紹介したエピソードをはじめとして、セクシャルマイノリティーに関する思想的、理論的研究は、“クィア理論”や“クィア・スタディーズ”とよばれています。理論といっても難しいものではありません。以下の3つの心構えが、クィア理論を象徴的に示しています。メンヘラにどう適用できるかということを一緒に考えられれば、うれしいです。

 

1 否定的なイメージの積極的引き受けによる再領有

クィアという語は、単に「変態」という侮蔑的な意味を持っていただけではありません。

その語を使うのは、多数派、つまり少数派を抑圧する側の人たちでした。同性愛者たちは当然少数派です。つまり、自分たちの価値を抑圧者である多数派が決めることになります。本来、自分たちの価値は自分たちで決められるはずです。

にもかかわらず、彼らはクィアだとレッテルを貼ることで、同性愛者たちの意思とは無関係に貶められたのです。自らがクィアだと名乗ることは、勝手に決められたイメージを覆し、自分たちを表す言葉を抑圧から「取り戻す」意味があります。

メンヘラという言葉も、今では否定的なイメージに使われることが多い点で、クィアと共通しているように思われます。メンヘラ.jpは、メンヘラ自身がメンヘラという語を使い、時として肯定的な意味を見出すことで、言葉を「取り戻す」方向に動いているように感じます。

メンヘラではない人々がメンヘラの意味やイメージを決定するのではなく、当事者がメンヘラという言葉の意味を決めるということです。それは、単に言葉を「取り戻す」だけではなく、自らの価値を「取り戻す」意味もあるのではないでしょうか。

 

2 同化の拒否

これは、セクシャルマイノリティー運動の中でも賛否が分かれています。

同化というのは、好きになる性別が同性なこと以外は、あなたと同じ人間だというように、多数派との共通性を強調するような運動を指します。

協調的で根本的な変革を迫らないので受け入れられやすい分、多数派から少数派の私たちを認めてもらうという構図になりやすいという問題もあります。

一方で、同化を拒否し、私たちには何の問題もなく、むしろ間違っているのは私たちを排除している多数派だとラディカルに考える立場も存在します。社会の仕組みや人々の意識を変えることを目指しており、クィア理論はこの考えに立つことが多いです。

メンヘラの場合はどうでしょうか。メンタルヘルスに問題を抱えること以外は、他の人と同じだと主張し、同じように扱ってもらうことを目指すのも、一理あると思います。

自身がメンヘラであることを明かさずに生きるスタイルが最善の選択である方もいらっしゃると思いますし、否定するつもりは全くありません。しかし、それでは問題が解決しないと考える方もいらっしゃると思います。

クィア理論にならえば、メンヘラでない人との共通性を強調して認めてもらうのではなく、メンヘラを否定的に扱う社会に同化しないという選択肢がみえてきます。

メンヘラをアイデンティティーとして捉え、メンヘラを生み出している社会や規範に対して、変革を求めるのも一つの道でしょう。また前述したように「メンタルヘルスに問題を抱えること以外は、他の人と同じだ」と主張し、同じように扱ってもらうことを目指すのもひとつの道です。

どちらの方法がより優れているかということは、重要ではないと思います。両方ともメンヘラが生きるための方法として有効ですし、立場に応じて自由に選べるものであり、もちろん、一人の人が両方やってみることも出来るでしょう。

 

3 アイデンティティーに基づかない連帯の志向

今でこそLGBTという言葉をよく目にするようになりましたが、当初から彼/彼女らは連帯していたわけではありませんでした。

セクシャルマイノリティーの運動では、ゲイ(男性の同性愛者)が中心で、レズビアン(女性の同性愛者)やトランスジェンダーは大きな影響力を持っていませんでした。

しかし、アメリカでエイズ患者が爆発的に増えたことを契機に、連帯が生まれていきます。異なるアイデンティティーを持つ人たち同士が協力し、国にエイズ対策を求めました。彼ら彼女らは、友人を次々とエイズで亡くしていく中で、マイノリティー同士で連帯することを目指しました。

しかしながら、それはアイデンティティーが異なることを無視して、連帯することではありません。ゲイにはゲイの問題があり、ゲイでも白人と黒人では環境も抱えている問題も異なります。アイデンティティーや立場の違いを認識し、一緒くたにすることなく、連帯する姿勢がクィア的というわけです。

これは、社会運動という形をとっていないにしろ、まさしくメンヘラ.jpに当てはまると思います。メンタルヘルスに問題を抱えるという意味では、みな共通しています。けれども、病名が異なっていたり、未診断の人と診断済みの人がいたり、ジェンダーや年齢、家庭環境、住んでいる地域もばらばらです。それぞれが直面している問題も解決策も、一つとして同じものはないでしょう。

それでも、読者投稿やお悩み相談を通じて、ゆるやかに仲間や知識と「つながる」ことで、個人の状況もメンヘラ全体の状況も少しずつ変わっていくのかなと思います。違いを忘れずに「つながる」ことは、きっと悪いことではないと確信しています。

ここまで、クィア理論とメンヘラの共通性について書いてきました。私はメンヘラ.jpの運営者ではないので、どこまでが意図されたことかは分かりませんが、理論的な側面からサポートできていれば、これ以上うれしいことはありません。お読みいただきありがとうございました。

【参考文献】
テレサ・デ・ロレーティス「クィア・セオリー―レズビアン/ゲイ・セクシャリティ イントロダクション」(『ユリイカ』1996年2月号)
マサキチトセ「同化主義とラディカリズム、アイデンティティポリティクス」
森山至貴『LGBTを読み解く』

 

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・メンヘラとは 意味、語源、キャラクター化、当事者性など


【執筆者】
ミモザ さん

【プロフィール】
大学に落ちる夢と閉鎖病棟に入院する夢を交互にみる大学生。嫌なことがあると音信不通になりがち。ルーランが好き。
Twitter:@mimosaseeds


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