父が心の病と向き合ってくれるまで

体験談 リストカット 発達障害 統合失調症 自傷行為 ASD いちる

初めまして。いちると申します。単刀直入に言います。あたしは統合失調症です。アスペルガー症候群です。大人の発達障害です。

統合失調症がわかったのは平成24年、アスペルガー症候群、大人の発達障害がわかったのは昨年12月です。

あたしは10年ほど介護の仕事をしていて、上司にも恵まれ中堅管理職にもなりました。しかしそれが病気の始まりです。上からの指示を下の自分より年上の方に伝え、また文句があれば上司に伝え…あたしは心身ともに疲れていました。

そこにきての不眠、幻聴、被害妄想…そして当たりどころのないあたしはついにリストカットに走りました。リスカは高校時代にもしていましたがそれとは違うもの。傷は深く切ったという記憶がない。

通院していた先生には解離性同一障害と言われました。そんな事を続け左腕は見るも無残なものに。その頃から何度か診断書が出されていましたが上司は休めばもっと悪くなると病欠出来ずに。そして平成29年、ついに診断書が大袈裟なものに。ついに自宅療養することになりました。

自宅療養する前から、母と私は犬猿の仲でした。自宅療養をしていると母の何気ない一言があたしを追い詰めていきました。入院の切っ掛けは母への殺意です。無意識に出刃包丁を持ち母の背後に立っていました。

母は完璧な人間をもとめる人です。そして、あたしがやらなきゃ貴方には出来ないと決め付ける人です。そんな人と距離を置かないとと、市を巻き込んでの入院になりました。

入院してから今まで何に対しても口を挟まなかった父が知らない所であたしの病気を調べていました。それがわかったのが面会に来た時の言葉がけです。その時今まであたしは気付きました。家で孤立していたと思い込んでいた事が間違っていたのでは?と。

入院中、心理検査をしアスペルガー症候群、大人の発達障害がわかりました。

母は冷たく「だからあんたはこんなんだったのね」それは今も変わりません。

けど父は「だから今までこんな事やあんな事をしてしまってたんだね」とまた病気を調べあたしに接してくれます。

父には「母はああゆー人なんだから一々気にしてたら身が持たない。聞き流すということを覚えていこう」と優しく言われました。今までは全員が自分の敵だと思ってたのに父は、入院を切っ掛けに変わってくれありのままのあたしを見てくれるようになりました。

あたしと同じ病気の人は勘違いされやすい、怠けてる、やる気がない、そう思われやすいです。けど、一人でも自分を理解してくれる人がいる事がどれ程助かるか。どれ程安心出来るか。

精神、心の病気はわかってもらいにくいものです。ですが、たった一人でもいい理解者が居るということは自分の存在理由にもなるのだと思います。今も不安が募るとODをしてしまいますが、リスカは殆どしなくなりました。何かあれば父に相談出来る様になりました。話を聞いてくれる人が居てくれる幸せを感じています。皆さんにもそんな相談が出来る人が出来ますように……

長々読んで頂き有難うございました。



【執筆者】
いちる さん

【プロフィール】
31歳、精神障害者手帳2級、障害年金受給者、アニメとゲームが癒し


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