「こころ百科」に関する記事につき、一部不確定な事実に基づく表現がありました、読者の皆様にお詫び申し上げます。

自分の考えや気持ちがわからない そんなときに考えて辿り着いた「自分の本心を知る方法」

コラム 家族 Oki

Okiと申します。

ラメアーさんの記事「内面をうまく出せない 自分がどう苦しんでいるのかすらわからない」を拝見しまして、自分にも覚えがあることだったので当時の体験を書いてみよう思います。

タイトル通り、長らく私は自分の意思や心のうちがわからないまま生きてきました。その自覚もありませんでした。

私のわからなさには2通りあって、「1.単にわからない場合」と「2.脳内に価値観がいくつもあって答えを選び出せない場合」がありました。

「2.脳内に価値観がいくつもあって答えを選び出せない場合」は経験から「どんな場合にどんな答えが妥当か」の基準が身についてきたので解決しました。

ということで今回は「1.単にわからない場合」だけ取り扱います。

 

私が自分の気持ちが分からなくて最高に困ったのは、両親との関わり方と進路選択でした。

今思えば、原因は大きく分けて2つありました。

ひとつは【1】「私が暴力的な父(軽度)+過干渉でヒステリーな母の家庭で育った」こと。
もうひとつは【2】「私の言葉の取り扱い能力が足りなかったこと」です。いわゆるコミュ障でした。

【1】に関しては、父母に怯えて毎日をやり過ごすうちに、私の本心や意思はどこかに行ってしまったようでした。けれど私からアクセスできなくとも本心は存在していたようで、しょっちゅう私をつついて何かを訴えました。

それは言葉でなくて情動や不快感だったので、そいつにつつかれるたびに私は混乱し、不快と不安を強く感じました。どこにいても生きた心地がしませんでした。社会人になっても状況はとくに変わっていませんでした。

潮目が変わったのは8年ほど前のことです。

必要に迫られてコミュ力を上げてみたところ、人との関わり方や見方がだんだんと変わっていきました。で、さらにその後、困ったイベントがいくつか起きたところでようやっと両親の異常さに気がつきました。

そこで両親との関わり方を「敬して遠ざける」方向で見直し、さらに安全対策を強化して彼らを恐れる必要をなくしてみました。もちろん当初は両親が憎かったのですが、幸いな事にあるときからするっと情が失せていきました。今となっては他人のような気分です。これはこれで助かりました。

【2】はだいたい時間が解決してくれました。
言葉の取り扱い能力がどう低かったかというと、「単語は覚えられても文章になるとわからない」という感じでした。10歳くらいまではテストの設問の意味が分からなくて困った思い出がありますね。文字を文字としてうまく捉えられない仕様もあるっぽいです。

ただ、やはり繰り返し読んだり書いたり話したりすることで身についていったらしく、文章読解→会話表現→作文の順で人並みになってきました。で、作文ができるようになったあたりで本心にアクセス出来るようになりました。

コミュ力と言葉とを手に入れて気づいたのは、コミュニケーション能力には他者へ/自身への二つの方向があるということです。自分のことを知るために自分とのコミュニケーションが必要な場合があるようです。

 

さて、行方不明だった私の本心を解読すると、「両親は信用できないから関わるな。自分はそこまで標準的な仕様じゃないから標準的な人生は難しい」という感じです。

おかげさまで標準的な人生を望んだ両親の言葉に従って進路や仕事を選択し、今では無職5年生です。

かといって、昔の私が本心を知っていても何の手も打てなかったでしょう。こうなるしかなかったということです。残念なことです。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


【執筆者】
Oki さん

【プロフィール】
無職の鍼灸師。精神科や心療内科はまだ行ったことがない。
Twitter:@okiokinada


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