自己肯定感の低さは何が原因? カウンセリングを受けてわかった自己肯定感を高める方法

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こんにちは。二度目の読者投稿となります、葉っぱと申します。

【関連記事】自己肯定感の低いメンヘラ女子がモラハラ男に引っかかり、心身ボロボロになりつつ学んだ人生の教訓

上記の記事では、自己肯定感の低さゆえにモラハラ男性に捕まってしまった話をしました。あれから約1年が経過した現在は、自分の生きづらさの根本にある「自己肯定感の低さ」と向き合うために休職をしています。

今回は、休職期間中に経験した色々なことの中でも、特に自分にとって大きな出来事であった「自己肯定感の低さの原因である肉親との対話」について、少し話をさせてください。

 

今年のはじめに、私は4年近く勤めた会社に休職を申し出ました。表向きは業務負荷や会社での人間関係のストレスから体調を崩したという理由でしたが、自分にとってこの休みは「物心ついた時から拭い去れない漠然とした不安や自己否定感を克服するための期間」という位置付けでした。(この不安については個人ブログに書いてますので興味がある方は個人ブログへのリンクからどうぞ…)

その治療の一環としてカウンセリングを受け、自分の感じていることや経験したことを洗いざらい話した結果、「私の自己肯定感の低さは、親や周りの期待に応えなければいけないという子供の頃からのプレッシャーと深い関係がある」ということが分かりました。

そのプレッシャーから解放されるための手法として、「これからは、自分が何を感じているかを大切にしてあげると良いかもしれません」という言葉を掛けられました。

これまで「自分の発言や行動で周りがどう思うか」を常に気にして生きてきた人は、自分で自分の感情や望みに気付くのが苦手だったりする、と訊きました。その言葉の通り、私は今まで自分の気持ちを素直に表現するのが苦手でした。自分がどう思って、どう行動していたらあの人は喜ぶだろうか。そんな考えを無意識のうちに働かせ、思考や感情まで「他人の望む私」になろうとしていたため、本当に自分が何を思っているかが分からなくなっていたのです。

なるほどね…と思った私は、それから少しずつ自分の気持ちを表現する練習を始めました。はじめは恋人など気を許せる人に、ほんの小さな事から。些細な事がほとんどでしたが、本当に素直に感じたことを素直に話すことは、たとえそれが受け入れられたかどうかに関わらず、自分を少し楽にしてくれることを知りました。

 

そんなある日、母親から連絡が入りました。「時間があるあいだに、いちど葉っぱの家に遊びに行きたい」と。断る理由もなかった私は、それを快諾しました。しかし約束の日が近づくにつれ、体の調子がどんどん崩れていきました。「あ、私お母さんと話すのに緊張してるんだ」ということに気づいたのは、母親が家に来る前日でした。

実家にいたときから感じていた、得体の知れない気分の悪さ。自分と母親が会話をしている様子を想像するだけで、胸の奥に何かよくないものが湧き上がるのがわかりました。それでも、決して家族のことが嫌いなわけではありません。折角来てくれた母親に心配をかけないように、かつ自分の心の平穏を守れるように、うまく受け流してお互い気分良く会話を終えよう。そう思いながら、地元の駅まで来てくれた母親を迎えに行きました。

家に着いてからしばらくは、ご飯を食べたり他愛のない話をしたりしてまったり過ごしていました。空気が変わったのは、私の体調の話が出た時でした。「葉っぱが遠くの地で体壊したっていうのに、親として何も出来なくてごめん」。母親にとっては他意のない普通の言葉だったのだと思いますが、その言葉は、私の胸の奥で眠っていたよくないものを叩き起こしました。

「そんな事を謝ってほしいわけじゃない。体を壊した私に何もできなくて申し訳ないと思うより、そもそもの生きづらさを私に植えつけたことに気づいてほしい」。

気がつけば、そんな言葉が口から出ていました。今までなら、「別に、そんな風に思わなくても私は元気だから大丈夫だよ」とか、そんな耳触りのいい言葉を言えていたのに。自分でも衝撃でしたが、言葉は止まりませんでした。

「お母さんは、自分が家族に抑え付けられて窮屈に育ったから、自分は子供にそんなことしたくない、私には自由に生きて幸せになってほしいってずっと言ってた。そう言いながら、お母さんは私にずっと自分の話ばっかりしてた。私が自分のことを話したくても気付けばお母さんの話を聞かされていた。お母さんが怒ったり取り乱した時に宥めるのも、いつも私の役目だった」

「自由に生きてほしいとか、体壊した時に何も出来なくてごめんとか言われても、『自由で寛大で優しいお母さん』として思われたい、好かれたいっていう気持ちのほうを強く受け取ってしまって、お母さんの望み通りの反応を返さなきゃ、と思って苦しくなる」

「別に言動を変えてほしい訳じゃないし、お母さんのつらい気持ちを否定する訳じゃないけど、私がそういう受け取り方をしてしまっているということは知っておいてほしい」

言いたい放題言いながら、泣きじゃくっていました。メンタルが弱すぎて3日のうち2日は泣いてることで定評がある私ですが、親の前で泣くのは5年以上ぶりでした。母親も泣いていて、ああ申し訳ないなと思いましたが、それは自分が言いたいことを言わない理由にはならないと自分に言い聞かせました。

 

話し合い自体は、「家族とは、自分が傷つかない範囲で付き合っていく」という当たり障りのない結論に終わりましたが、それ以上にびっくりするほど心が穏やかになっているという収穫を得ました。

母親に全てを分かってもらえた訳ではないし、私も母親の言うこと全てに納得できたわけではないけれど、本当に言いたいことを本当に言いたい相手に言う、という行為はこんなに人の心を穏やかにするのか。カウンセラーの先生に言われた「自分の気持ちを素直に示す」ことの力を、身をもって体感しました。

もうすぐ休職期間が終わろうとしています。

当初掲げていた「自己肯定感の低さ」を克服できたのかどうかは、正直なところよくわかりません。ただ、母親との会話に象徴されるような「自分の気持ちを素直に言う」ことの重要性を学べたことは確かで、それさえ忘れなければ、まあ大丈夫なんじゃないかなと思っています。

言葉にするとありふれてますが、これ思ってた以上に難しいし思ってた以上に奥が深いです。まず気持ちを自覚するのが難易度超高い。今回も、母親の発言というトリガーがなければ自分の気持ちに気付いて言葉にすることはできなかったかもしれないです。

ありがとうお母さん。あとLINEでやり取りしたいから早く自分のスマホ買ってお母さん。



【執筆者】
葉っぱ さん

【プロフィール】
アラサーADHD。
ブログ:終夜灯ブライトブライト'


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1件のコメント

だんご 返信

これを読んで、私の事が書かれているように感じました。
少し気持ちが楽になりました。

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