「こころ百科」に関する記事につき、一部不確定な事実に基づく表現がありました、読者の皆様にお詫び申し上げます。

ある日突然、声が出せない。医療保護入院をして学んだ「人と話すこと」の大切さ

体験談 統合失調症 柳井 医療保護入院制度

はじめまして。柳井と申します。

自分の文章が誰かの役に立てたらいいなと思い投稿させていただきました。こんなのが暇つぶしにでもなれば嬉しいです。

私は2017年9月から12月まで精神科に入院していました。最初は医療保護入院でした。

(編注:医療保護入院とは、”入院を必要とする精神障害者で、自傷他害のおそれはないが、任意入院を行う状態にない方を対象とした入院制度”です。参考:医療保護入院制度について - 厚生労働省

なぜ入院したのか。声を出せなくなったからです。

もともとおしゃべりなほうでしたが、夏休みからなぜか家族とさえまともに喋れなくなりました。塾の夏期講習も行けなくなり、勉強も出来なくなりました。家族や現実から逃げたくて、両親からの連絡を無視して一人で勝手に東京に夜中まで出かけるのを二、三回繰り返します。

塾を休んでしまい父から殴られるのを恐れ(過去に女なのに父を激怒させて顔を何度も殴られたことが数回ありました)、池袋や吉祥寺に行って何もせずぶらぶらと歩き回っていました。結局父から脅され学校の担任に会い、塾の先生にも会いました。

しかし、声が出せませんでした。

なぜかまったく喋れないのです。一言も。人の目も合わせられなくなり、ずっと下を向いて先生の心配する声を聞きながら泣くのを堪えてました。親に連れて行かれましたが、区役所のカウンセラーとも一言も話せませんでした。自分でもなぜなのかわかりません。

死にたかったです。死にたい死にたいと何度も考えていました。

 

そんな状態で学校に行けるわけもなく、夏休み明けもずっと自分の部屋に引きこもっていました。

カウンセラーもこんな人間にお手上げだったようで、近くの大きな精神科病院を勧められました。私はせめて「病院に行って病名がついたらなあ」とぼんやり考えていました。父も流石におかしいと思っていたようで、病院に行ってみることが決まりました。

その前日に私の部屋に母がやってきました。

「柳井ちゃんは病気なんかじゃないよね?病院なんかに行ったらヤク漬けになっちゃうよ?」

手を強く握られながらそんなことを言われた気がします。

母は病院に行くことを強く反対していて、「そっとしておけば治る」なんてことを父にも言っていたそうです。

今でも父と母は昔から仲が悪いです(これが私が病んだひとつの原因でした)。

だから父はそんな言葉を無視して私と一緒に病院へ行きました。

喋れなくなっていたので自分の思いを紙に書いていきました。

病院は内装がホテルのようでびっくりしたのを覚えています。問診表を書き、何分か待った後に名前を呼ばれて診察室に入りました。そして死にたいと何度も書いた文章を先生に渡しました。

「入院しよう」

その言葉が最初は理解できませんでした。

まったく想定外だったので、混乱したまま急遽その日からの入院が決まりました。

「明日首吊ってやろう」なんて言葉を書いていたからだなんて今では思います。

さきほど言ったとおり両親の仲は最悪です。毎週土日には怒鳴り声が家中に響き、父は毎日のように「あの人死んでくれないかな」なんて言葉を私に言っていました。

 

そんなこんなで入院がはじまりました。私は最初は看護師とも話せなくて、筆談でコミュニケーションを取っていました。暇で暇で、絵を描いたりスマホをいじる毎日。こんな人間に看護師の人はみんな優しく、散歩に出たり一緒にバドミントンをしたりしました。入院を始めてから日記を書いて主治医に見せていました。

最初は父しか会えず、母とは一ヶ月近く会えませんでした。早く退院したいなあといつも考えていました。

病名は最初は適応障害でしたが、後に軽い統合失調症となりました。死にたい死にたいといつも思っていました。

喋れない自分が嫌で嫌で。自信の無い自分が大っ嫌いでした。毎日劣等感で押し潰されそうでした。暇だからなんとなく毎日勉強はしていました。楽しそうに話している同じ入院してる患者さんが羨ましかったです。

 

入院してから二ヶ月。病院のカウンセラーに人の前で声が出せました。そしてそれをきっかけに、徐々に私は声が出せるようになりました。

病院のプログラムにも出られるようになり、それがきっかけで同じ入院している子と友達にもなりました。学校の人には相談できないような悩みも病院の友達には言うことができました。それからは病院の毎日が楽しかったです。

人と話して、死にたいと考えることが減りました。最終的には「退院したくない」と思うほどにもなりました。

退院後は受験生だったので勉強を頑張りました。しかし、興味本位ではじめてしまったODがやめられなくなり受験に失敗しました(もともと勉強はできる方でした)。

今は滑り止めで受けた私立高校に通っています。ODは今でもやめられないし、ベランダから飛び降りたくなるときもありますが毎日なんとか生きてます。

 

死んでしまいたいと悩んでる人。

家族のことで困っている人。

現実から逃げて一人で休みたい人。

精神科の入院も考えてみてください。

抵抗があると思うし「自分はただの甘えだ」と思う人もいると思います。

しかしひとつの手段としてどこかに置いといてください。友達もできてなかなか楽しいですよ。

自殺したいと考えてしまうほど苦しいなら、人を頼ってください。きっと病院はあなたを助けてくれます。それに私は「人と話すのって大事なんだ」と入院生活で学ぶことができました。

あともうひとつ。あなたが死んでしまったら悲しむ人は絶対います。気分がどん底だと「どうせ私が死んでも悲しむ人なんかいない」なんて考えてしまうと思います(実際私がそうでした)。

でも、悲しむ人は絶対います。なんならこれを読んでいる人が自殺してしまったら、私が悲しみます。

死にたいなあと思うなら逃げていいんです。

好きなことをして、ゆっくり休んでください。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。こういうの書くのって難しいですね。まだまだ話したいことがあるのでまた書きたいです。同じような方がいらっしゃれば、ぜひ反応していただけると嬉しいです。

ありがとうございました。


【執筆者】
柳井 さん

【プロフィール】
精神科入院歴があるJK。今も通院中。OD(オーバードーズ)がやめられない。アニメ漫画が好き。


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1件のコメント

ときの 返信

ありがとうございます。
勇気づけられました。

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