「こころ百科」に関する記事につき、一部不確定な事実に基づく表現がありました、読者の皆様にお詫び申し上げます。

虐待と機能不全家族 「異常」な家庭で育った子供はその「異常性」に気付けない

体験談 虐待 毒親 機能不全家族 千尋

昔、カウンセラーとのやりとりで、だいたいこんな主旨のことを聞かれたことがある。

「親から虐待を受けていたことはあるか? 殴られたり、暴言を浴びせられたりしたことはあるか?」

それに対する僕の回答は以下のようなものだった。

「虐待を受けたことはない。確かに怒鳴られたり体罰を受けたりしたことはあるけれど、それは正常な躾の範囲内だと思う」

僕の生まれた家はいわゆる機能不全家族で、親はどちらもなんというか人格に問題のある人で、僕は心理的にも身体的にも虐げられながら育った。

この文章を書いている2018年現在、この家族は事実上崩壊している。

僕はもう家族のメンバーに対してまったくと言って良いほど愛着を感じていないし、たとえ彼らが死んだところで一滴も涙を流さないだろう。一応母とは同居しているけれど、それは単に諸事情から引っ越すのが難しいから仕方なく実家にいるだけだ。

父親の顔はもう何年も見ていない。見たいとも思わない。

 

あの二人は自分を殺そうとしていて、今そのための話し合いをしているのかもしれない

今でもよく覚えている、小さかった頃の記憶がある。その家は二階建ての一軒家で、寝室は二階、一階はリビング、という構造だった。

夜になると親に寝るように言われて二階の寝室へ行くのだけれど、でもすぐには眠れずに、僕は目を覚ましたまま布団で横になっていることが多かった。そうしていると、ぼそぼそとした話し声が夜の静寂のなかに微かに混じるのが分かる。一階にいる父と母がなにか話をしている、その声が床を越えて伝わってくるのだ。

僕は息をひそめ、音を立てないように──たぶん起きていることがバレたら叱られるから──ゆっくりと床に耳をあてて、一階で交わされてる会話の内容を聴き取ろうとしていた。そんな夜に僕が考えるのはこういうことだった。

「あの二人は自分を殺そうとしていて、今そのための話し合いをしているのかもしれない……」

あるいはこれは、子供の心のとりとめのない連想が産んだ、特に意味のない思い付きだったのかも分からない。しかしこの些細な挿話は、自分と親との関係を象徴しているように思える。

自分は親に殺されるかもしれない。

そのことをどこまで本気で心配していたのかはもう覚えていない。けれど今にして考えれば、あの頃の自分はこういう不安を抱いても仕方のない環境にいた。なにせ、親はどっちも不機嫌になれば大声で怒鳴り散らすし、時としてそこに物理的な暴力まで加わるのだ。

僕にとって「親」は自分の味方になってくれる存在ではなかった。それは理不尽に感情をぶつけてくる、居間にいる自然災害みたいな存在だった。だから僕にとって「家」というのは全然安心できる場所ではなくて、それはむしろ、「親の機嫌を取って庇護を得るか、さもなくば死か」というサバイバルの現場だった。

親と子の権力の差は歴然で、もし彼らがその気になれば子供は簡単に殺されてしまう。僕はそのことをはっきりと言葉にして認識してはいなかったけれど、でも肌感覚のような形ではよく理解していたのだと思う。

 

例えばこれは、ちょっとしたことで父の機嫌を損ねてしまったある日の夜のことだ。

その日僕はリビングで散々怒鳴りつけられ、「おまえみたいなやつは友達に嫌われる」と脅され、そして耳のあたりを平衡感覚を失うくらい強く殴られた。

たぶん軽い脳震盪でも起こしたのだと思う。幸い、身体的な後遺症は残らなかったけれど、僕は今でもその気になれば、あの夜のことをかなりはっきりと思い起こすことができる。殴られた瞬間の衝撃、部屋の照明の感じ、暗くなる視界、ふらつく僕を見て取り乱す母の様子、テーブルや椅子の位置、浴びせられる罵声の音量、そういうものを。

今にして思い返してみると、これはあまりに酷いと思う。百歩譲って正当な教育のなかに「体罰」という手段を含めるとしても、いくらなんでもこれはやりすぎだ。しかもその時僕は別にこれといった悪事を働いたわけでもなかったのだ。

どんなに大目に見ても、僕がされたことは躾として妥当な範囲を越えていた。もしどこかの子供がこういう扱いを受けている場面を目撃したら、僕は迷わず警察に連絡を入れるだろう。

これは僕の家族に関する思い出のなかでもっとも強烈なもののひとつで、彼らは要するに怒鳴りつけて体罰を加えればそれが教育になると思っているような、そんな親だったのだ。

しかし、それほどのことをされてきたのに、なぜか僕はずっと自分の親はまともだと思っていた。あるとき問題が決定的な形で露呈するまで、自分の家はどこにでもあるごく普通の家で、自分がされてきたことは正常な躾なのだと思っていた。

虐待なんてものは物語やニュースの中の出来事で、僕はそういう事件のニュースを見ては、「世の中には酷い親がいて、気の毒な目に遭っている子供がいるんだな」などと呑気に思っていた。

しかし笑える話だけれど、虐待は実のところ画面の向こう側ではなくこちら側にあって、 まさに自分自身がその「気の毒な目に遭っている子供」だったのだ。

 

魚は水の存在を知らない

マーシャル・マクルーハンの言葉に、とても示唆に富んだものがある。

曰く、

「誰が最初に水を発見したのか。確実に言えるのは、それは魚ではないということだ」

これは全然家族について語った言葉ではないのだけれど(マクルーハンはメディア論が専門だ)、しかし僕が自分の家族について考えるにあたってひとつの手掛かりになる言葉だ。家族と子供との関係は、ここでいう水と魚の関係によく似ている。

マクルーハンは正しい。

水の中に住む魚が水という物質の存在を認識するのはとても難しいだろう。魚はいつでも水に触れている。けれど、そこに水があることには気付かないし、水という物質の性質にも気付かない。魚にとっては水の存在が当たり前すぎるからだ。

それと同じように、子供もまた家族という存在に毎日触れている。けれど、そこに家族があることには気付かないし、その家族の性質にも気付かない。子供にとってはその家族の存在が当たり前すぎるからだ。

まともな家というのは子供が安心できる快適な場所であって、まともな親は感情に任せて大声で怒鳴り散らしたりしないし、平衡感覚を奪うような強さで子供を殴ったりしない。そういうことを僕が知ったのはずっと後になってからのことだった。

その時期の僕は色々と問題を抱えていて(というか今でも抱えているけれど)、ネット上で色々なことを調べたし、その過程で「機能不全家族」とか「アダルトチルドレン」とった言葉も知った。スーザン・フォワードの『毒になる親』も読んだし、スクールカウンセラーと面談もしたし、心療内科も受診した。

細かな経緯は錯綜していて自分でも分からないけれど、とにかく僕は、自分が今まで受けてきた扱いが世間で虐待と呼ばれていることに気付いていった。

これまでずっと普通だと思っていた家族が実は全然普通じゃなかった、そのことに気付いて愕然としたのを覚えている。

えっ? 普通の親は子供を大声で怒鳴り付けたりしないの? 殴ったりもしない?

……じゃあ自分の親はいったい? 今まで散々体罰受けてきたけどあれ全部虐待だったの?

え、機能不全家族? 自分の家族が?

マジで……?

 

どんなに異常な家族でも、その中で育った子供にはその異常さが分からない

それで結論は?

と言われても、僕にはこの先に続ける言葉がない。僕はとにかく自分の経験を言葉にしてみたかっただけだ。

けれど、こうして自分の経験を書くことが誰か似た境遇の人の役に立つかも分からない。だからこう言おう。

どんなに異常な家族でも、その中で育ってきた子供にはその異常さが全然分からない、ということがあり得る。例えば、心理的な虐待は身体的な虐待に比べて目に見えないから、ずっと表面化しづらい。しかし、身体的な虐待を受けていたのに、子供の側が勝手に「これは正常な躾だ」と納得してしまうこともある。

徹底的な搾取は「搾取されている」という自覚すら奪うものだ。虐待は本質的に「目に見えない」。

だからもしこのテクストを読んでいる人のなかに、親との折り合いが悪いとか、実家にいると居心地が悪いとか、そう感じている人がいたら、自分が虐待を──虐待という言葉がハードすぎるなら毒親とか機能不全家族でも良い──受けている可能性を疑って欲しい。あなたが当たり前だと思っているその家族のあり方、それは実は全然当たり前のものではないかもしれない。

そしてもし自分の家族に問題があるのだとしたら、何よりもまず自分のために生きる道を探ってほしい。あなたを虐げるような連中の為に自分を犠牲にすることは今すぐやめるべきだ。

親と対決するべきなのか、とにかく距離を置くべきなのか、あるいは穏便に波風を立てずにいるべきなのか、それは分からない。状況によっては今すぐに逃げた方が良いかもしれないし、あるいはしばらくのあいだ耐えるのが最善、というケースもあるだろう。最終的に親との和解が訪れるかもしれないし、あるいは一家離散の憂き目に遭うかもしれない。

対処法はケースバイケースだ。とにかくしたたかに、自分がよりよく生きられるよう戦略を練って欲しい。そしてもし可能なら然るべき支援を受けてほしいと思う。

 

ちなみにこれは経験談なのだけれど、親と対決すればすべてが解決するとは限らない。

僕はあるとき、ここに書いたような不満を親にぶつけた。その時の僕はまだ親に愛想を尽かしてはいなくて、言葉を尽くせば彼らは自分のことを理解してくれるかもしれないと、どこかで期待していたわけだ。でもその期待は裏切られた。

親との対決が招いた結果は家庭崩壊で、冒頭で書いたように僕はもう何年も父親の顔を見ていない。

一家離散。

そんな事態が自分の身に降りかかってくるなんてことは、昔の自分には想像もできなかっただろうと思う。家族の絆なんてものは神話にすぎない。それは壊れるときは本当にあっけなく、一瞬で壊れるし、一度壊れてしまえばあとにはなにも残らないのだ。

これはなんというか、とてもヘヴィーな現実だ。

多くの人が当たり前のように持っている「家族」というセイフティネットを、僕は失うことになったのだ。僕はもう困ったことになっても親を頼ることができない。親と対決してしまったばかりに。

それでも。

機能不全家族という問題に気付かず、自分の生きづらさの原因が分からないままもがいているよりは全然マシだと、僕はそう思っている。


【執筆者】
千尋 さん

【プロフィール】
メンヘラ男の娘です。なんとかして生き延びる道を模索中。本と音楽が好きです。
Twitter:@1000f_
ブログ:知らない国の知らない言葉


【募集】
メンヘラ.jpでは、体験談・エッセイなどの読者投稿を募集しています。
応募はこちらから

この記事のカテゴリ・タグ

体験談 虐待 毒親 機能不全家族 千尋
このエントリーをはてなブックマークに追加

3件のコメント

ガイロウ 返信

「魚は水の存在を知らない」という文はとっても同感します。
私は母に殴られたがこれは適当な躾だけだと思い、そして痛みが耐えられない時にすぐそのことを忘れてしまいました。誰にもこの虐待について話していませんでした。他人はそれよりひどい扱いを体験するから文句を言うわけがとんでもないなどと思いました。
ようやくカウンセラーにこれなどの体験を伝えたらこれはマジで虐待だったと気づきました。
それで、誰でも他人に自分の体験について話すべきだと思います。

返信

こういうのって親の方もメンヘラで、怒鳴ったり殴ったりすることで精神の均衡をどうにか保ってる場合もあるんですよ
まあ、うちの場合なんですけれども
私ももういい大人になりましたが、この歳になっても時々殴られることに付き合ってあげないと、鬱病だといって入院されたりするので困っています
僕自身もメンヘラというか、それなりに頭おかしいし、加えて身体も悪いんで、
あんまりまともな稼ぎのある仕事に就いていないから、そうしょっちゅう病院に入られてもお金もないし、
安心して治療させてあげたいけどどうして良いのかわかりません

らい 返信

読んでいてうちのことかと思いました。

千尋さんも他の方と交わる様になってやはり異常性に気づいたのですね…
自分もです。

結局、狂い始めた事にも気がつかずリスカしてODしてセックス依存になり…やっと自分を取り戻したら20年経っていました。

今はこういう関係であれ他の方のお話を聞けるので、正直自分だけでは無かったのだと思いました。ごめんなさい、心のどこかで安心してしまっています。

やってきたことは事実ですし、人には言えません。だからこそ、自分にだけは誤魔化さずに今これで良いんだと思える程度の生き方で居ます。
親といえども結果は別個性。

千尋さんのこれからに良い事がありますように。

コメントを残す

返信をキャンセル
返信先コメント