「私がこうなったのは全部親のせいだ」虐待を受けて育った私がそう思い続けて辿り着いた、ひとつの結論

コラム 虐待 機能不全家族 ほとり

私がこうなったのは全部親のせいだ。

精神的な苦しみを抱える人ならみんな1度はこう思ったことがあるんじゃないだろうか。機能不全家庭に育った人ならなおさら。

私は1度どころかずっと、今現在もそう思っている。

「子育ては親が全てではない」とか、「生まれついての性格の問題」とか、「親を悪く言うもんじゃない」とか、そんな事は耳にたこができる程聞いたが、それでもこう思っている。

私がこうなったのは全部親のせいだ。

これは、同じ思いの方に読んでほしいお話です。

 

私と親と苦しみ


私の両親は毒親だ。特に父親は些細なことで激怒し、怒鳴りつけ、暴力をふるう人だった。両親によれば、ひどい仕打ちは全て教育であり、私の将来のためを思ってのものなのだそうだ。物心ついた頃には既に私は立派なメンヘラだった。

幼児期は些細なことで癇癪をおこし、幾度も発達障害や知的障害を疑われ検査を受けたが、結果は正常だった。

小学校は毎日泣き腫らした目で通った。怒鳴り声、暴力、空腹の三重苦で消耗し、不登校になった。

それ以降も虐待由来の性格の歪みや自己肯定感の低さ、不安感、不眠、フラッシュバック、希死念慮、手に入らない両親からの愛情の渇望にずっと苦しんできた。

私が苦しいのは何故か? 両親が私をこう育てたからだ。

両親が原因なのだから、両親が私をこの状況から救い出すべきだ。

私はずっとそう思っていた。私の苦しみの原因なのだから、当然私の苦しみを取り除く義務があるにも関わらず、そうしてくれない両親に憎しみを募らせるばかりだった。

 

私を作り替えるのは私自身


幸いにも私には「苦しみを無くしたい」という意思があったので、病院やカウンセリングに通っていた。

そこで気付いたことのひとつが、「親は助けてくれないから期待しても無意味」ということ。

親が悪い、だから親が責任をとるべき。それがいかに正論だったとしても、そんなことは関係ない。そもそもの苦しみの原因を作り出した人間に、その後始末をする能力なんてないのだ。

では、この苦しみどうしたらいいのか。誰が自分の養育失敗の責任をとってくれるのか。誰もどうにもしてくれない。自分で自分を作り替えていくしかない。それに気付いたとき、私は全力で抵抗した。

だって私は悪くないのに。

なんで両親の育児失敗の尻拭いを私がしなくちゃいけないの? いやだ、いやだ、親が悪いんだから、誰か、どうにかしてよ。

自分で自分を良くしていくなんて、とてつもなく大変なことに思えたのだ。

 

親のせいにして親を責め続けて生きるのは楽だけど、いつまでも幸せにはなれない


私がこうなったのは全部親のせいだ。

この気持ちはずっと変わらない。けれど、親が悪い、親が私の苦しみをなんとかしろ、と思い続けていても、私の苦しみは増え続けるばかりだ。

自分以外の誰かがそれを解決してくれることを願うのは、一見楽に思えるけれど、それは針山の上で足踏みしているのと同じで苦しみから脱却することには繋がっていない。

私がこうなったのは全部親のせいだ。だけど親は何もしてくれない。だから私がこの先幸せになるために、自分で努力していく。

そうすれば、少しずつでも苦しみは目減りしていくと思う。

今誰かに傷つけられて苦しんでいる人、その誰かに責任を取ってほしいと願っている人は考えてみてほしい

相手に責任を取らせることが可能なのか。

自分が幸せになるために、本当にそれが最良の方法なのかを。



【執筆者】
ほとり さん

【プロフィール】
大学生。小学校不登校。虐待父親とダブスタ母親の元に生まれた適応障害不眠症。
Twitter:@hotori_vv


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1件のコメント

J 返信

ありがとうございます。とても救われました。

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