不登校・うつ病からの大学受験  寝たきり状態のメンヘラが慶應義塾大学に合格するまで

体験談 うつ病 不登校 大学受験 じゅくちょう

「じゅくちょう」と申します。

名前のとおり、ネット家庭教師の紹介業を運営しています。27歳男性です。

このメンヘラ.jpを見て、自分の経験がなんらかの形でこれを読んでいるあなたにお役に立てればと思ってこの文章を書いています。自分が寝たきり状態のメンヘラから慶應義塾大学に合格してからも、必ずしも人生がすべてうまくいったわけではないのですが、そんな自分にでもこれを見ているあなたのお役に立てるのではないかとこのサイトを見て思ったのです。

しかし、自分がメンヘラだった時期のことを書こうと思っても、思い出したくないことばかりで、どうにも筆が進まなかったのも事実です。私なりに精一杯、思い出したくないことも思い出して書いたので、つたない文章ですが、最後までご覧いただければこんなにうれしいことはありません。

 

1. 私の生い立ち

私は、ある地方都市で生まれ、そのまま中学校まで一般的な公立の学校で過ごしました。さほど勉強熱心だったわけでもなく、定期テストの成績は学年の平均より少し良いかどうか、実力テストの成績は学年の平均ぐらい、陸上部でがんばってきたものの県大会や東北大会、全国大会に出ている同期とは比較にならず、ケガも多く、大会に出てもいつもビリ、学校のマラソン大会だけは陸上部の同期とワンツーフィニッシュという、まあよくありがちなどこにでもいる生徒でした。ようは叱られるわけでもなく、かといって褒められるわけでもないという生徒です。

そんな私が、中学校から一人入れるか入れないかという県内のトップ高校(私が入学する年から共学校になった正真正銘のトップ校)を目指すことになったのは、好きな子が県内トップの女子校に入ると公言していて、負けたくなかったからというのが一番大きな理由です。その後の人生でも、女性は結構自分の人生を動かしてきたなあと思うのですが、この話は今日の本筋からは外れるので今回は割愛します。

そういう経緯もあり、私は中学3年生からとにかく勉強を頑張り始めました。当時は多分自分のそれまでの人生で一番勉強を頑張ったと思います。英語の問題集はそれこそ基礎的なものから灘高や開成を受けるような生徒が使う難しいものまでを10周以上しましたし、社会や理科も全国の入試がすべて掲載されているものを10周以上しました。その解き方も今にして考えると異様で、問題集であれば土日などの時間があるときに一日中かけてぐるっと一冊解き切ってしまうというようなものでした。また、覚えなければいけないことをリスト化して、全て書きなぐってから寝るということもしました。睡眠時間はそれこそ2〜3時間ぐらいで、それでも起床時刻になったらパシッと目覚めることができました。

そうした勉強の甲斐があって、私の成績はみるみる伸びていきました。全県の模試でも教科によっては県で一位を取ることができました。どうして一位だと言うことがわかったかというと、成績表にもそう書いてましたし、満点だったからです。満点なら一位以外ありえないでしょう

ただ、高校に入るとみるみる成績は落ちていきました。最初のテストが320人中180番ぐらいで、ここから一気に320人中280番ぐらいまで落ち、入試直前にまた成績を回復するまでまったく成績が上がらなくなりました。当時はその理由がわかりませんでしたが、いまならその理由が分かります。一つ目の理由としては、勉強の仕方が非効率だったことです。高校に入ると中学時代とは違い学習範囲も膨大なので、中学時代とは違う暗記のやり方を模索しなければなりません。私には中学校時代の成功体験が強すぎてそれができませんでした。もう一つの理由としては、私が当時すでにうつ病を発症していて、人間として生きていくにあたっての基礎的な能力が欠落しはじめて来ていたからです。今日のメインの話は後者の話になります。

 

2. うつ病発症

このころの私がよく考えていたことがあります。それは「自分には生きる価値があるのか」ということです。中学校時代、陸上部でケガをして競技生活がままならなくなってからの自分にとって、自分の価値は勉強ができることでした。いい大学に入って(より明確に言うと東京大学に入って)、大きな会社に入って(より明確に言うと外資系金融機関に入って)、大金を稼ぐのだという人生ビジョンになんの疑いを持つこともありませんでした。ところが高校に入って、その人生ビジョンが実現できない夢にすぎないのではないかという思いを強く持つようになりました。優秀な人はもっと優秀だった。自分はそういう中では、どちらかというとかなり無能に近い人間なのだということをつくづく思い知らされました。

いまであれば、勉強のやり方が良くなかったのだと分かります。問題演習を中心に、例題を見ながら演習題を解くような形で、とにかく例題のやり方を真似しながら勉強し、あとは昨日・一昨日やった問題は必ず復習するというような形で復習を徹底すれば、どんなにもともとの頭が悪い人でも必ず成績は上がります。ただ、当時の自分にはそれがわからなかった。覚えるべきことをひたすら書きなぐる勉強スタイルから脱することができなかった。学校の先生に相談しても無駄でした。塾には通っていなかったのですが、おそらく塾の先生に相談しても無駄だったと思います。なぜなら、これは学校の先生にも塾の先生にも共通することですが、教科担当の先生は基本的にその教科が大好きで、極論を言えばどんな勉強法であれ成績が伸びてきた人たちだからです。私も好きだった政治経済の成績だけは常に県で一番か二番でした。ただ、それ以外が悲惨でした。特段好きでもない、むしろ嫌いな教科をどう対策するかが私の課題でした。

恥ずかしい話ですが、このときもとにかく勉強しました。朝早く学校に行って勉強したりもしましたし、学園祭実行委員会の仕事で帰宅が夜10時ごろになっても、深夜2時、あるいは深夜3時まで勉強していました。睡眠時間は3時間足らずになりました。休日は朝9時〜夜24時まで座りっぱなしで勉強していました。それでも成績は上がりませんでした。友達は休み時間前に配られたプリントを10分で覚えて小テストで満点を取るのに、私は100点満点中20点ぐらいしか取れませんでした。当時はそれが地頭の違いだと思っていました。今だったら分かります。私はその時すでにうつ病になりかけていたのです。

だんだんと一日の中で、まったく寝れない日が増えてきました。寝ようと思ってベッドに横たわってもまったく寝れないまま朝になるのです。これはいまでも治ってなくて、いまでもそういう日はとても多いです。今は経営者として多少お金もあるので、家の近所のすしざんまいに行って心粋という2000円のすし盛を頼んでビールをたらふく飲んで寝るか、ウォーキングでもして体を疲れさせてから寝て、昼ごろに起きるという生活をしていますが、当時はそんなことはできません。そもそも仮にそれらのことができたとしても、そんな元気はもうなくなりつつありました。

よく口さがない人は、私のワーカーホリックぶりを見て、不眠症だと寝ないで仕事ができるからいいですね、という話をされるのですが、これはとんでもないことです。確かに寝ないで勉強ができる、あるいは寝ないで仕事ができるということは否定しませんが、うつ病、そして不眠症になると、起きている時間もただ生かされているというだけで、生産的なことは何もできなくなります。

高校時代の私自身の話をすると、まず何を食べても味がわからなくなりました。本を読んでも字面を追うだけでまったく内容が頭に入らず、あれほど好きだったL'Arc~en~cielも雑音にしか聞こえず聞けなくなりました。好きなアーティストがL'Arc~en~cielだったあたりが痛いですが、そのあたりは若気の至りで。いまは薬の副作用で大分太ってしまいましたが、今でも多分L'Arc~en~cielの高音は出せます。小太りの27歳がHydeの真似をするというのは趣があるものです。話を戻しますが、当時のごく個人的な話をすると性欲もなくなりましたし、そうするとおしゃれをしようという気もなくなります。すべてに対して意欲というものがなくなり、起き上がろうと思っても脂汗がひどく起き上がれず、学校になどいこうものなら校門を見ただけで吐くというような生活をしていました。

仕方がないので、学校に連絡して、三ヶ月ほど休みをもらうことにしました。学校は、三ヶ月ぐらいであれば、ぎりぎり休んでも進級できるということでした。保健室の先生から学校を辞めるように言われましたが、これは体のいい追い出しだということに後で気づいて憤慨しました。いまだに公務員というものが好きになれず、公権力というものが全く信用できないのは多分このあたりの経験から来ています。

あのときのことを思い出すと、いまでもとても悲しい気分になります。私が今西新宿に住んでいるのは、新宿近辺はあいまいな身分の人間が多く、平日の昼間に成人男性が普段着で街を歩いていても好奇の目にさらされることがないからです。私の地元では違いました。私の地元の街からそのトップ高校に通っていたのは、私一人だったので、近所の内科に不眠だということで駆け込んだら、看護婦がたまたま私の近所のおばちゃんで、優等生だった私が「キチガイ」になったらしいというのが瞬く間に広がる土地柄でした。これ以上そういう噂が広がるのはなんとしても避けなければならないということで、私は母の運転する車で外から見えないように寝ながら市街地のメンタルクリニックに通っていました。あれはなかなかにつらい経験でした。

 

3. 自殺について思うこと

こうした生活の中で、私が気づいたことがあります。それは「元気があればなんでもできる」ということです。アントニオ猪木みたいなことを言うようですが、その趣旨は大きく違います。うつ病の回復期においては、「寝る」「起きる」「ご飯を食べる」「服を着る」という日常生活におけるありとあらゆる選択肢と同じぐらいの軽さで「自殺する」という選択肢が出て来るのです。

私が元気だった頃、私は自殺というのは個々人の一つの選択であって、かなり重大な決心のもとに自殺するものだと思っていました。しかし、実際自分がうつ病になってみてそれは違うのだということがよくわかりました。電車を待っていても、ふと線路に吸い込まれるような感じがしますし、バスを待っていても、ふと道路に吸い込まれるような感じがするのです。あのときの私にとっては、ラーメンがあれば麺をすするように、Tシャツがあればそれを着るように、日常的な生活のごく当たり前の一部として「自殺」が存在していたのです。

とはいえ、首吊りや飛び降りのような大掛かりな自殺をするほどの元気は私にはなく、もっぱらメンタルクリニックでいただいた薬を多めに飲んだりする程度の緩慢なことしかしてこなかったので私が死ぬことはありませんでした。私があのときもう少し元気があれば、いまこうやってこの文章を書くことはなかったでしょう。そういう意味でいえば、あの希死念慮が強かった頃、私の抑うつ状態がすぐに良くならなかったことは、ある意味で良かったのだと思います。

寝たきりだった三ヶ月の不登校期間を経て、保健室に通ったり休みがちではありながらも学校に復帰し、テストの成績は学年でビリから7番目(テストを受けた中ではビリだった説が濃厚)、というような形であいかわらず成績はひどかったのですが、どうにか高校に復帰できました。テストはひどかったですが、レポートで進級を許してもらったりなどして、どうにか進級もできました。先生方も、この高校の生徒にしては絶望的に頭が悪いけれども、勉強する気がないわけではないということはご理解いただいていたのかもしれません。私はたまに授業に出ても、授業中当てられることもなく、あいまいな置き物のような生活をしていました。

しかし、ここでまた自分の心に影を落とす出来事がありました。久しぶりにクラスで授業を受けていたときに、新しく学校に入ったばかりの後輩が自殺未遂を起こしたのです。真っ白な雪が一面に降り注ぐ日でした。三年生の教室がある三階からその後輩は自殺を図り、後輩が落ちた中庭に血痕が残りました。

 

4. メンヘラの大学受験

私の通っていた高校について、口さがない人は「東北大学付属高校」といいます。高校そのものも東北大学の隣にあり、それだけ東北大学に行く同期が多かったので、私は東北大学にだけは行くまいと決めました。東北大学に行ったら私はずっとメンヘラのままだろうと思ったからです。人間は人にどう思われるかで自分がどうあるかがある程度決まると考えていた私は、なにはともあれ地元から離れたいと思っていました。

地元を離れたかった理由はそれだけではありません。同級生の親が育児放棄をしていて、同級生はそのためにしたくもないファーストフード店でのアルバイトをしてお金を稼がなければなりませんでした。それがなにかのきっかけで学校の知るところとなり、学校はその同級生を処分しました。このあたりから、私の大人や周囲に対する不信のようなものが芽生え始めました。

本来、そういったことがあれば、なにかしらの手段でその生徒を守るために出来る限りのことをするのが大人の役目であるにも関わらず、なぜ大人は責任から逃れるために、その生徒を潰しにかかるのだろうという気持ちが常に有りました。こういう理不尽な大人をブチのめすには、まず自分が強くならなければならないと思いました。この時何もできなかった自分が本当に情けなく恥ずかしかったのです。私が今日に至るまで公務員や公権力というのをほとんど全くと言っていいほど信用していないのはこの出来事がきっかけの一つです。

ここから、メンヘラの私の大学受験が始まりました。とはいえ、高校二年生のときは「無」として過ごしてしまい、高校三年生になっても「無」の期間が続き、本格的に勉強をするようになったのは冬休みが近づいてからです。

メンヘラの大学受験を考える上で、健康な人と違うことがいくつかあります。まず、メンヘラには健康な人と同じような記憶能力や演習能力を期待することは出来ません。そもそも、字面を追えないこともありますし、音声を聞いても雑音にしか聞こえないこともある。長時間勉強したら体調を崩してしまうかもしれないし、また病気が再発するかもしれない。そういう事情を考えると、メンヘラの人が健康な人と同じような勉強法で勉強してはいけません。

メンヘラの大学受験を考える上で重要なのは、

(1) たいして頭を使わずに済む受験科目を選ぶこと
(2) これだけやれば絶対に覚えてしまうだろうという勉強法を選ぶこと
(3) 絶対に合格できるだけの高い点数を取ること

の三つだと私は考えています。

まず、(1) たいして頭を使わずに済む受験科目を選ぶことについてですが、これについては受験教科の選び方にはコツがあります。まず、国語ですが、これは日本人であっても苦戦するわけで、なかなか難しいといえます。数学はもともと苦手でしたし、問題文を読んで、問題を解いているうちに何を解いているのがよくわからなくなり、結局問いで求められていることを答えないまま脱線するということもよくあったのでなかなか難しいなと思いました。政治経済はかなり得意でしたが、日本史・世界史は私大文系ともなると覚えるべき範囲が仔細で、なかなか難しいなという印象を持っていました。

その点、英語はアメリカ人であれば大抵できるわけで、これなら自分でもできそうだという感想を持ちました。アメリカ人のうつ病患者だって、英語なら話せるでしょう? と思ったこともありますし、国語の古文や漢文と違い、同じ単語なのにまったく違う意味になるということが英語は少ないように感じました。もちろん、英語にも多義語はあるのですが、多義語はコアな意味をしっかり捉えていれば、内容を把握する上では覚えるべき用法は一つであってもさほど問題になりません。一方、古文は多義語についてはそれぞれの用例をしっかり覚えていないと、難関私大では得点に結びつかない印象がありました。また、そもそも英語が好きだったことも大きかったと思います。

実はメンヘラと英語は相性の良い科目です。メンヘラには、読書好きと英語好きが多いというのが私がいままで多くのメンヘラの生徒と接してきた上での感想ですが、これにはしっかりとした理由があります。メンヘラは今のあるがままの自分が嫌いで、今の周りの環境が嫌いなので、現実逃避できるものが好きなことが多いのです。ビジュアル系バンドにハマるのもそういう心理の一つかもしれませんし、英語や読書は絶好の逃げ場になります。そういう部分もあり、私が英語をメインの受験科目に据えたという部分もあります。古文や漢文というのは儒教的価値観の発露を多分に含んでおり、それはどうしても理不尽な現実社会とリンクしてしまうのです。一方、英語にはそういう現実社会の手垢がない格好良さと新鮮さがありました。おそらく一時期話題になったショーン・K氏が英語を得意としていたのにもそういう背景があるのでしょう。

次に、小論文もなかなか良さそうだと思いました。なにせ、小論文は日本語ですから自分でもどうにかなりそうですし、うつ病になる前に夏休みの宿題かなにかでたまたま出した小論文のコンテストで全国二位になっていたので、腕に覚えがありました。

そこで、受験科目は英語と小論文だけで行こうと決めました。そうなると受験すべき大学は「慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部」の二学部になります。この二学部は総称して「慶應SFC」というのですが、慶應義塾大学というブランド大学であるにもかかわらず、英語と小論文だけで受験ができ、東大早慶の中では一番入りやすい、つまり「高学歴界の最底辺」とでも言うべき学部です。私はどうにかこの「高学歴」という自分の存在証明を手放さずにいたいと思ったのです。

慶應SFCであれば、英語であれば長文形式の英単語帳に載っている長文を繰り返し音読して暗唱して覚えきってしまえばどうにかなりそうだという見通しがあり、また文法についても解きまくって解説を覚えてしまえればどうにかなるだろうという見通しがありました。小論文についても、京都大学と慶應義塾大学の全学部の過去問を20年分解きました。学校には過去問集がたくさんあり、当時は京都大学と慶應義塾大学が小論文試験の難しさでは有名だったのでこれらをこなすことにしたのです。

次に、(2) これだけやれば絶対に覚えてしまうだろうという勉強法を選ぶことについてです。英単語を覚えることについていうと、大抵の健康な人は英単語のアプリをやったりすれば英単語を覚えられるのだと思います。ただ、私はそうではありませんでした。ですから、リンガメタリカという200単語程度の長文が50題掲載されている単語帳を選び、ここに掲載されている長文を1日1題ずつ必ず暗唱すると決めて100回近く読み、必ず暗唱できるようにしました。これは暗唱しようと意識して読めば必ず暗唱できるようになります。

英文法の参考書についても、毎日力尽きるまでやると決めて10周以上はしました。出席日数が危なかったので学校には行っていましたが、保健室でも教室でも先生の話など一切聞かずにひたすら桐原の英文法語法問題1000だけをやっていました。

最後に、(3) 絶対に合格できるだけの高い点数を取ることについてですが、これは私がいままでいわゆるメンヘラの生徒をたくさん教えてきて、一番大切だと考えることです。なぜなら、メンタルが不安定だと、合格最低点ぎりぎりぐらいの点数では不安が募り、実力を発揮できないからです。そもそも恒常的に体調は思わしくないわけですから、たとえインフルエンザになっても合格するだけの実力を付けなければいけません。

実は私も入試の本番にインフルエンザになり、前日に39度以上の熱を出したのですが、どうにか注射を打ってもらい、固形物を食べず、ポカリスエットだけを飲んで2日間の入試を受け、さすがに1日目の総合政策学部は合格しませんでしたが、2日目の環境情報学部は無事合格できました。この合格は、過去問演習のときにいつも合格点よりも二割強以上高い点数を取っていたからだと思います。勝つ人というのは、まず勝って、そのあとに戦いに挑むのだという「孫子の兵法」のセオリーは大学入試でも通用します。

 

5. 合格後と今の人生

その後の私の人生ですが、慶應義塾大学環境情報学部に入学し、大学の寄宿舎に入ったのですが、もともと入試のときから体調を崩していたので、入舎三日目で血尿が出て即退舎。その節は先輩方には大変なご迷惑をおかけしました。そのあと、さんざん苦労を掛けた母親がガンになり、治療費も掛かるということで仕送りなしで大学生活を乗り切るために、家庭教師を始めました。そのうち、不登校経験のある生徒が集まるようになり、彼らの中から慶應SFCに合格する子が出始めて、生徒が多くなり、自分ひとりで指導できる人数を超えたので、今はネット家庭教師を紹介する会社を経営しています。

思えば、この後の自分の人生にもいろいろなことがありました。別の事業に手を出して1000万円近く損をしたこともありますし、講師が独立するといって会社から飛び出してしまったこともあります。幸い誰もその講師にはついていかなかったので今でもこうして会社が経営出来ていますが、気苦労の絶えない毎日でした。

そういった中で、少しずつ慶應に入学した元教え子さんが講師として育ってきて、自分にも大分時間的な余裕が出てきました。受験期には100名以上の生徒を教えていますが、その大半を今では私の元教え子の現役慶應生が指導しています。ですから、実のところ私には相談に来る生徒さんの対応をする以外には、ほとんど仕事がないのです。そんな様子で暇を持て余していたときに、このサイトを見つけ、ぜひ投稿してみたいと思い、悩みながらこの文章を書いています。この文章が、いまこのサイトを読んでいるあなたのお役に立てたならとてもうれしいです。

自分のメンヘラがひどかった時期の話というのは、なにをどのように書いても誰かしらに迷惑を掛けてしまうものです。ですから、この文章をもしどこかで拝見して、不愉快な思いをされた当時の高校の同級生や後輩がいたとしたら申し訳ありません。実際、高校生活のことを私の執筆した参考書で触れたときに、東大に入った後輩の女の子から「じゅくちょうは学校でもノケモノにされてたから良くない高校生活だったかもしれなかったけど、私は高校生活は楽しかったし、だから高校のことを悪く言ったことを謝れ」という内容のメッセージをFacebookでもらったことがあります。私は学校ではぜんぜん優秀な生徒ではなかったし、だからその視点から見た高校生活で、高校の同級生や後輩に不愉快な思いをさせたなら申し訳なく思います。

結構恥の多い高校生活・大学生活を送ってきました。ですから、ここには書けなかったこともあります。なるべく誠実にあったことをそのまま書いていますが、書けなかったことの方に、いまこの文章を読んでいるあなたの悩みを解決できるヒントがあるかもしれません。

ですから、今自分はメンヘラなんだけど大学受験して人生変えたいとか、もしあなたがそういうふうに思われたのであれば、ぜひ力になれればと思っています。今でも毎年数百人以上の高校生・浪人生からいろいろな人生相談をいただいていて、そのうち半分程度がいわゆる「メンヘラ」「高校中退」など何かしらの事情を抱えた方々からの相談ですので、相談を聞くことには慣れています。

LINE@でお悩み相談のようなことをしておりますので、ご連絡いただければ幸いです。仕事のLINE@とは別にこのサイト用の窓口を作らせていただきましたので、すべてこの文章を書いている私本人が対応させていただきます。書けなかった事も含めて、あなたの悩みを解決するヒントになることであれば出来る限り答えたいと思っています。

【メンヘラ.jp専用相談窓口】
https://line.me/R/ti/p/%40ynw1559y

 

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【執筆者】
じゅくちょう さん

【プロフィール】
慶應義塾大学卒業後、在学中から始めていたネット家庭教師の紹介業を本格的に開始。不登校・自宅浪人・仮面浪人などの事情のある教え子さん向けに指導を得意とする。著書の「小論文はセンスじゃない」「小論文はセンスじゃない2」はいずれもアマゾンカテゴリランキングで1位になり、小論文の指導には特に定評がある。

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