ジェンダー規範に縛られない「新しい家族のかたち」を作る 取材:日本家族再生センター(後編)

コラム ジェンダー DV 取材記事 メンヘラ.jp編集部 支援者団体 日本家族再生センター

前編:「男性も使えるDVシェルター」がなぜ今必要なのか  取材:日本家族再生センター(前編)

前編では主に「家族問題」の複雑さや、現状の「家族問題」への支援の問題点について話を聞いた。

後編にあたる今回は、日本家族再生センターのはじまりから、「家族問題」とジェンダー規範の関係性、そして日本家族再生センターが目指す「新しい家族のかたち」について話を聞いた。



日本家族再生センターのスタート地点


メンヘラ.jp
ところで、味沢さんがこのような活動を始めたきっかけは何だったのでしょう。家族の問題と関わることになった切っ掛けと言いますか…。

味沢氏
私自身のことで言うと、自分はLD(学習障害)で、基本的に普通のサラリーマンになるのが難しいという事情がありました。

サラリーマンになれない、すると社会適応が難しいと。まあ、子供のころからわかってたんですが、そのことから、不安発作を抱えるようになっちゃったわけです。さらにそこからパニックを起こして、怖いからアルコールに逃げて、アルコール依存になっていった。なので、不安障害とアルコール依存とを持ってたんですが、そんな私だからまともな仕事もないというか、できないというか……(笑)それで、仕事をするのをやめたんですよね。

メンヘラ.jp
それは……思い切った決断でしたね。

味沢氏
はい。まあ、死ぬか生きるかというところまで自分も追い詰められていたので。死ぬんだったらもう全部投げ出そうと思えたので、すべて手放せた。それが結局、生き続けられた今につながったので、ラッキーだったんですが。もちろん最初は「自分は仕事ができない、社会に適応できなくてしんどい」と思ってたわけなんですが、ある時からそれは自分のせいではない、ということがわかったんですよ。それはフェミニズムからの学びだったんすけど(笑)

フェミニズムは「多くの者たちが傷ついてしんどい、それは自分が悪いんだと思ってる。でも、本当はそうじゃなくて世の中が悪いんだよ。あんたら個人の悩みは、政治的なことなんだよ。政治がおかしいからあんたが悩むわけで、あんたのせいじゃないよ」と言ってる。それがフェミニズムなんですよ。それは自分も一緒だと思ったので、共感できたんです。私も、自分がしんどいのは、社会適応できないのは私の問題ではなくて、社会がそうであるから私がしんどくなってるんだ。私を責める必要はない、仕事ができないって悩む必要はない、仕事をやめりゃいいんじゃないかと。

メンヘラ.jp
なるほど。なんでもかんでも自分のせいだと自責してしまうとつらくなりますからね。特にメンタルヘルスを病んでしまうと。

味沢氏
家族に捨てられようが何しようが、まあそれは家族の自由なんで。私は私の意思を通したわけ。

メンヘラ.jp
ご家族というのは……

味沢氏
私はわりと早く結婚したんですね。ただ私は社会適応できないってことをわかってたんで、結婚当初から彼女を養うってことをしなかったんです。いわゆるダブルポケットですね。

「あんたはあんたで稼いでください」と。「私は私で稼ぎます」と。「まあ必要経費は折半するけど、どんだけ稼いでどんだけ使おうが、そりゃあんたの自由です」と契約したわけです。だから、「俺が食わせてやる」とか「幸せにしてやる」とか「ついてこい」とか、それは、言えない、言ってないです。だから、自分が仕事を辞める時もそれは私の自由だから、経費の分だけ入れることができたら家族責任としては賄えるので、仕事を辞めることもできた。

 

フェミニズムをやっても俺たちは解放されないよね


メンヘラ.jp
なるほど。その、仕事を辞めるに至ったところまではすごくわかるんですけれども、そこからこの「家族再生センター」っていう活動にいくまでにはどういう道筋があったのでしょう?

味沢氏
そう。私はそういう社会理論みたいなことをフェミニズムに学んだけど、まあ、そのフェミニズム運動のなかで知り合った男性たちが何人かいて、そこで語り合う中で「フェミニズムでは男は解放されない」っていうことに気づいていったわけです。フェミニズムは、男性支配から女性を解放するのが基本的な目的なんですね。だから男を解放する理論ではないわけです。でも私たちは男なんですよ。だから「フェミニズムをやっても俺たちは解放されないよね」ってことに気が付いたので、自身の運動を立ち上げたんです。えー、何年でしたっけ、1990年くらいか。

メンヘラ.jp
1990年。その時代からマスキュリズム運動みたいなものを始めてたんですか?

味沢氏
当時はまだマスキュリズムとは言ってませんでしたけどね。まあ、メンズリブってことでやりだしたんです。

メンヘラ.jp
メンズリブ。なるほど。

味沢氏
周りがメンズリブ運動をやりだして、私たちも「自分らしく生きたい」という運動を始めたんです。そのなかで私は「男だから稼がなくちゃいけない、しっかりしなくちゃいけない」「家族を養わなくちゃいけない」というジェンダーの囚われから自分を解放することができたので、ずいぶん楽になった。まあ、フェミニズムを学んだというところもあるんですが、自分の息苦しさが自分のせいではないということがわかった。

で、それを、じゃあ自分が楽になるように、男性のための、フェミニズムじゃない理論が必要だということでメンズリブを立ち上げて、当時学者とか色々偉い人もいたけど、彼らと語り合うことで自分のしんどさの由来がフェミニズムとはまた違う、ジェンダー理解で自分のしんどさを理解することができる。そこからその男、まあジェンダーである男、病からくるしんどさから解放されたときに、私は男でも女でもなく自分として生きていけるんだとわかったわけです。

メンヘラ.jp
当事者の苦しみっていうのは、当事者だけの責任ではなくって、外的要因、社会であるとか環境要因でもあるっていうものは、まさにこの、加害者支援ってところにつながってくるお話かなって思うんですね。加害者っていうのもやっぱり彼らだけの責任とは言えない、わけですよね。加害者であってもケアするべき対象であると。

味沢氏
もちろん。

メンヘラ.jp
そこの発想に至ったきっかけがフェミニズム思想を経由したメンズリブ運動というのがすごく面白いお話ですね。

味沢氏
そうなんです。

メンヘラ.jp
でもまあそう考えないと加害者支援っていうのはできないですよね。

味沢氏
そうですね。フェミニストは、男が加害者で女が被害者っていう前提で理解するんですが、男性運動をやっていると、フェミニストからは「お前は男だから加害者だ」って言われるんですよ。でも「いやいやそうじゃないよ、俺たちだって傷ついてるんだよ」ってことを私たちは言い出したわけです。そうすると女たちからは「加害者だ」とは言われるけど、いや「自分たちも傷ついてるんだよ、被害者でもあるんだよ」って言うことで、「男である私は加害者でもあり、被害者でもあるよ」ってことが分かるわけですね。そうすると「お前は加害者だ」「お前は被害者だ」っていうこと自体がナンセンスだっていうことがわかってくる。

メンヘラ.jp
その着想が加害・被害という枠組を越えた包括的な家族支援という発想に繋がっていくわけですね。

 

「男らしさの病」がDVにつながる


メンヘラ.jp
この前の「女と男の非暴力ワーク」に参加してすごく印象的だったのが、男性の方がやっぱり皆さん強く不安を抱えていることだったんですね。不安や悩みや苦悩を抱えてセッションに参加していると、それがすごい伝わってきたんです。そしてまあ、皆さん基本的にすごく我慢強い。あのセッションではちょっと子供さんがすごく大きな声で遊んでて、自分の不安を打ち明けにきた人としてはすこししんどい場面もあったのかなと思うんですけど、全然それに声を荒げたり苛立ったりするような方は一人もいらっしゃらなかった。

この、外から見ると本当に普通の、我慢強い男性たちというのが、DVだったりとか、モラハラだったりとかっていうことに走ってしまう。その構造というのは、どこから生まれてくるんでしょう。

味沢氏
「男は負けちゃいかん」って言われることですね。「男は泣いちゃいけない」「負けちゃいけない」「逃げちゃいけない」「イニシアティブをとれ」「力を持て」「優越しろ」、そういう、これは男らしさの病ですよ。

メンヘラ.jp
男らしさの病がDVともつながっている?

味沢氏
もちろん、もちろん。

メンヘラ.jp
なるほど…。すると、加害者支援っていうことを考えていくうえでは、この男らしさの病みたいなものから解放していくことが重要になってくるんでしょうか。

味沢氏
そういうことです。例えば家族に対して「養わなくちゃいけない」「責任を持たなくちゃいけない」と男は思い込まされているわけです。だから、頑張って働くわけですよね。でも、働くことでしんどい、しんどいけどそれは家族のためなんだって我慢してるわけです。

だけど家族は、そんな男性のメンタリティなんてわかってないから、「お父さんしっかり頑張って~」って言って、家族は遊びに行ってるわけ。そうすると男性は自分は我慢してるのに「お前ら遊びに行きやがって、飯も作らず何やってんだ」っていうふうに怒るわけですよ。「俺も我慢してんだから、お前らも我慢して家族をうまく回せよ、ちゃんと飯を作れよ、子供を朝起こせよ」っていう話になるわけですね、極端な話ですが。

メンヘラ.jp
なるほど。多くの男性は男性のジェンダー規範である甲斐性みたいなものを発揮していると。そして、苦しみながら家族を養っていると。でも苦しみながら家族を養っていても、家族はその苦しさを理解してくれない。そういったその家族内のディスコミュニケーションのなかで、まあDVであったり、モラハラであったりとかっていうのが生まれてくる。

味沢氏
そうです。

メンヘラ.jp
そういった夫婦間のディスコミュニケーションの結果としてモラハラだとかDVだとかが生まれてくるという構造があると思うんですけれど、そういった方たちが支援を求めてきたとき、どのような支援が可能になるのでしょうか。

味沢氏
ケースバイケースですけどね。本当に緊急対応の場合はシェルターに逃げさせることもある。まあ、妻が逃げる場合もあるし、夫が逃げる場合もあるし。

メンヘラ.jp
あ、やっぱり夫が逃げる場合もある?

味沢氏
ええ、どっちも。有効性があるほうが逃げる。どっちが逃げたほうが良いかっていうのは色々あるので。

基本的に、その時の状況にもよりけりですが、緊急対応が必要だったら緊急対応をしますし、あとはその人の認知、まあさっき言った男らしさとか女らしさとかがあるんですけど、その人の認知を変えていくって作業も必要です。

その前に、感情が高ぶってて、お互い傷ついたり傷つけたりしてるから、相手に対するネガティブな感情が当然あるわけですね。それをまず昇華させる。怒りだったり、不安だったり、それを消化させることでだいぶ落ち着いてくる。それで、落ち着いてきたときに、「なぜそうなったか」ってことを解説していく。

事件化して警察が介入したんでは「夫はDV加害者だから、こんなひどいことをして、妻は被害者なんだよ」って簡単に言ってくるんだけど、事はそんな簡単じゃないので、「彼も不安を抱えていて、自分を表現できなくて、あなたを理解できてないんだよ」とか、そういう社会的な背景も含めて説明していくわけです。それで、「逆にもうあなたも(無理に)女らしくしなくていいんじゃないの?」とか「『朝ごはんが作れない』なら寝てればいいんじゃないの?」とか言うわけですね。

メンヘラ.jp
「朝ごはんを作る」っていうのは女性のジェンダー規範ですからね。

味沢氏
そうです。それで、夫は責めるわけですね。「なんでお前、ご飯作ってやんないんだ、子供がかわいそうだ」って妻に言うんだけど、じゃあ夫がかわいそうだって思うなら夫が子供のために飯作ってやりゃいいわけでしょう。

メンヘラ.jp
男、女、夫、妻っていう役割から解き放していく。そして新しい家族のかたちっていうのを模索していく、って感じですよね。感情の昇華についてはどのような手段を取られてますか?

味沢氏
感情はやっぱりカウンセラーに聞いてもらうことですね。傾聴していく。そして共感を示すこと。基本的なことですが、大事なプロセスだと思います。

 

家族問題の当事者たちへ


メンヘラ.jp
最後に、家族の問題に苦しんでいる当事者に向けて、伝えたいメッセージみたいなものってあったりされますでしょうか。

味沢氏
そうですね、あのー、まあ、問題は起こるんだけど、「それはあなたのせいじゃないよ、社会がおかしいんだよ」っていうこと。あなたは社会の枠組みや価値観に囚われているからしんどくなるわけで、そこから解放されたら楽になるんだよっていう。

まあ例えば、子供がうまく育てられないって悩んでたら、子供を育てなくちゃならないってあなたが思い込んでるでしょ、思い込みでしんどくなるのはあなたの問題ですよ、ってことですかね。

メンヘラ.jp
なるほど。「こうでなければならない」みたいないろんな規範から自由になろう、と。

味沢氏
そう。だからまあ、子供を育てられないなら「育てらんないから誰か育ててよ」って言えばいいわけです。「男なんだから何何しなければならない」「女なんだから何何しなければならない」 っていうところから、当事者は皆がんばってがんばって、そして無理が生じてトラブルになってしまうんです。だからそういう規範ではなくて「自分がどうしたいのか」っていうところから考える。

メンヘラ.jp
「自分がどうしたいか」っていうところから考える。しかし、そう考えると、家族ってやっぱり大事なものですか?

味沢氏
まあ、家族の定義なんですよね。今の家族の概念って、明治以降に作った政府の、まあファンタジーだと思うんですけど、例えば、ワークしててよく出てくるのは「うちのワンちゃんは家族よ!息子なんかよりよっぽど家族になってるよ!家族よ!」っていう人がいるわけですよ。その人にとってみればワンちゃんは家族なわけで、法的にはありえないけど。

もうちょっと具体的に言うと、「俺はこいつと愛し合ってるんだよ!俺とこいつは家族だよ!」ってゲイの人が言ったとしても、それは、あの、ワンちゃんと一緒で家族ではありえないんですよ、法律では。日本ではね。でも欧米ではほとんどどの国でも男同士でも家族できるわけですよ。日本はまだ遅れてるから、同性同士では出来ないって思ってるわけでしょう。それで、例えば男性同士だから同棲できなくて、つらい思いをしていなくちゃいけないと本人は思い込んでるんだけど、それは日本がおかしいわけで、「俺たちは家族だよ」って名乗って「ゲイだから一緒に暮らしてんだぜ」って言えばいいわけじゃんってことなんです。

メンヘラ.jp
そこに対して、愛情であったりだとか、お互いを思いやる気持ちがある共同体っていうのは家族と言っていい?

味沢氏
そう。だから、届けを出したとか、血がつながってるとか、そういうことじゃなくて、相互の信頼とか思いやり、労りとか愛とかいうところで関係ができるかどうか。ま、愛ってのも微妙だけどね(笑)

メンヘラ.jp
まあなかなか愛とかっていうのも難しいですけど(笑)それが、そういった相互の気持ちの思いやり、信頼、愛情があればそれは家族だと。LGBTの人だって家族だし、ワンちゃんだってある意味、家族だって言えると。そういうふうに考えていくと、家族を再生させるっていうことはかなりすごい、あのー、新しい意味に思えてきます。そういった意味合いの「家族再生センター」と考えて良いんでしょうか。

味沢氏
そうですね。だからまあ、具体的な例でいえば、揉めてる夫婦が支援を受けて離婚して、共同養育、お互い籍は抜いてるんだけど近所に住んで、子供は行ったり来たりしてるわけですね。それで、その人いわく、「私たち離婚後のほうが家族だよね」って言うわけですよ。「だってこんなに気持ちよくあんたと喋れなかったんだもん、昔は。離婚してよかったよね」っていうことになるわけです。

メンヘラ.jp
ああ、それはもう、法律上が何であろうとも新しい家族ですね…。

味沢氏
だから世間がどうであれ法律がどうであれ、自分たちがお互いを認め合って助け合えたらそれでいいと思うんです。家族の形はどうでもいいじゃない、ね。あのー、男同士でも三人でも四人でもいいし、あの、何でもいいじゃない? お互い向き合えたら、って。

家族のかたちって、世界では色々あるけど、もちろん歴史的にも色々あるけど、現代の先進国では、今までの法律婚っていうのは形骸化してきてて、いろんな家族が、もちろん同性愛者もそうだけど、離婚してステップファミリーになっていくとか、結婚しないで家族をするとか、そういう家族のかたちの多様性を社会が認めつつあるんですよ。たとえば欧米ではもう半数近くが婚外子だったりね。結婚してないカップルから子供が生まれてるわけでね。

そういう風に、現実に家族のかたちというのはどんどん変わってきている。だから旧来の家族のかたち、それは男らしさであるとか女らしさであるとかも含めて、そういう因習から解放されて自由になって、新しい家族の形を模索していこう。それが我々の活動なのかな、と思います。

メンヘラ.jp
「DV・モラハラ問題」という一見単純なテーマが、深い現代的な意味を帯びていることが伝わってきました。本日はありがとうございました。

【関連記事】
「男性も使えるDVシェルター」がなぜ今必要なのか  取材:日本家族再生センター(前編)



【インタビュイー】
日本家族再生センター 代表 味沢 道明 氏
1954年広島県生まれ。サラリーマン生活も10年でギブアップ。自然派料理教室のかたわら、日本の男性運動をリード。男の悩みから、加害者の脱暴力支援を開始。
現在は加害被害、性別、年齢にかかわりなく、DVやモラハラ等に関わる困難の渦中の当事者のためのさまざまなサポートを提供。
(日本家族再生センターホームページ、カウンセラー紹介より引用)


募集

メンヘラ.jpでは、体験談・エッセイなどの読者投稿を募集しています。
応募はこちらから

メンヘラjp公式ツイッターはこちらから

このエントリーをはてなブックマークに追加

0件のコメント

コメントを残す

返信をキャンセル
返信先コメント