50代の私がネットの世界で気付いたこと メンタル用語の正と負、それぞれの側面を見てみてほしい

コラム まめ

お悩み相談の「つぶやき」で以前投稿した内容にちょっと手を加えたものなので、読んだことのある方は適当にスルーなさってくださいね。

パソコンが無くてもネットというものに簡単に接触できるようになって、まだそんなに時は経ってないんですよねぇ。

50になったおばちゃんには、つい最近のことで。若者の皆さんには生まれたときからあって当たり前のものなんだろうけど。

うちの子たち(兄と妹)が小学生ぐらいの頃から携帯が、高校生くらいの頃からスマホが、家庭に浸透してきて。まさに、携帯とスマホの成長と共に子育ての終盤を走ってきたんだなぁ…と、感慨深く思ったりしてます。

でも、これって、ものすごく私にとってはラッキーなことでした。兄の方が、不登校になったので。

 

当時は日中はパートタイムで働いてたんで、夜な夜な、家族が寝静まった夜中に携帯を布団の中に持ち込んでネットに接続して、携帯サイトのブログやら、今は下火の2ちゃんの家族関係スレッドを読み漁り、時には吐き出したり、アドバイスや自分とは全然違った視点を教えてもらったり、めちゃくちゃ勉強になりました。

毒親とか依存とか家族問題とか……以前から新聞の医療教育特集記事には関心があって読むようにしていたんだけれども、記者の目というフィルターにかからず、簡略に纏められてしまってはいない、生の体験やアドバイス、多用な捉え方、世の中の現状に接することができて、我が子のことだけじゃなくて、自分や夫、実家や義理実家の状況も、悲しいほどに納得できるようになってきました。

目から鱗と、心の底では「やっぱりそうだったか」、という一抹どころじゃない打撃とともに。

おかげで、息子のフォローの初動も継続もなんとかこなし、父の末期癌の看取りもでき、義理親に対して一線を置き、今は自分自身と子供たちのメンタルの最終調整に臨むことができてよかったなって思っています。

本当に、ネット様様です。

 

そうした中で、私はある程度の予備知識があって入っていった世界だったので、情報を選り分けながら、自分なりに「危ない」とか「諸刃のもの(情報)」とかを意識しながら取り入れることができたけれども。

そういう予備知識なしでネットの世界に入っていって、例えば極端な考え方に触れてしまって、真っ直ぐに取り入れて思考を振り回されてしまったり、不安定になっている人に用語を振りかざしてマジ切れして修羅場になったり、そういうのを見てうんざりして去っていってしまっう人々もいたり、っていうのもたくさんあって、残念だなって思っています。

最近よく使われる、私も使うけど、依存とか、支配とか。そういう用語も。

私みたいにメンタルがキツい人が状況を説明するには一見便利な負の言葉ですが、でも、これらの一見負の状況を表す言葉にも、実は、正の状況を示唆する面があると思うんです。

 

例えば、『依存』。
依存は悪? でも、私たち人間は他者と助け合わねば生きていけない生物であって、特に、自立が達成されていない未成年にとっては生存のためには必須のメカニズムだったりする。

人は成長する段階に応じて、保護者への依存の度合いを他のもの(他者だけでなく自分自身へも)へシフトしていかなければ親離れできない。自分自身へ依存というのは、つまり、自分で自分の面倒をみる、ってことですね。

こんな風に、依存って、ちゃんとシーンに応じてバランスをとって成されていけば必ずしも悪いものではなくて。

それから、『支配』も。
他者をコントロールしたり、圧迫するような支配はもちろん害ですけれども、家庭やグループにおいて、何かを決定したり、問題に対処したり、自浄作用を求められたり、そういうシーンはどうしても生じます。

そういったとき、誰か(大きいグループでは複数人でできても小さいグループだと一人で担わねばならない)がイニシアチブをとって場をまとめて行くことが必要です。公正に取りまとめてゆければ「よい場の支配形態」を獲得できていると言えるでしょう。でも、人は不完全ですから、いろいろと不味いまとめかた「悪い場の支配形態」になってしまったりします。

こういう風に、「支配」そのものに問題があるのではなく、やり方の方に問題があるんですね。

 

で、何が言いたいか長くなっちゃいましたが。

ご自分が使ってる『負の用語』がどんな事象を指し示していて、本来はどんな役割”をも”持つものなのかを少しずつでもいいので、掘り下げて考えてみてほしいということです。

そうすることによって、その用語の現象に苦しめられていたのが、逆にその用語にトンネルの出口を指し示える――足りない部分やバランスに欠いているのは、どこか現実を見つめるきっかけを貰ったりできる――そういう可能性があることに気がついて貰えるんじゃないかと思いまして。

負の用語を使って他者や自分を打ち叩くのではなくて、それを分析して、出口を見つける糧にしていってほしいなって思うのです。

私が、ネットやこういうサイトに来るときは、実は私も頭がグルグルし始めたときだったりします。それは、今回も。書きながらいろいろ考えてます。これは今後も同じなんだろうなぁ…

ふんわり、とりとめもなく書いてしまいましたが、読んでくださってありがとうございました。


【執筆者】
まめ さん

【プロフィール】
循環性気分障害で服薬治療中の50代おばさん


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