醜形恐怖と摂食障害 「幸せな生活」を手に入れても、容姿の評価でしか自分を肯定できない

コラム 摂食障害 醜形恐怖症 機能不全家族 あみ鳥

二度目の投稿となります、あみ鳥です。

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前回は虐待の話について書きましたが、今回は醜形恐怖摂食障害についてつらつらと書いていきたいと思います。

 

私の経験上、どうやら醜形恐怖になる人は2パターンあるようです(あくまでも私の経験上です)。

・子供の頃から親や周りにブスと言われていたパターン
・子供の頃は可愛い、美人とチヤホヤされていたパターン

不思議なことに、真逆なこの2パターンに分かれるようです。

私の場合は2つ目の「チヤホヤされていたパターンからの醜形恐怖発症型」です。

私は子供時代、自分で言うのもなんですが、背が高く、スレンダーで大人びた顔つきをしていた為か、周りからとても外見を褒められることが多かったです。

親戚に会う度に「また美人になった」とか「色白で垢抜けている」とか言われてましたし、小学生の時は男子からモテモテでした。勉強は対して出来ないのに、先生からも贔屓されていたと思います。モテて、チヤホヤされて、自分が中心にいるのが当たり前だと思ってました。

それが変わってきたのは中学生の時から。

第二次性徴を迎え、身体付きが女性らしくなってきました。

成長期には当たり前のことですが、体重も増えて、ニキビもかなり出てくるようになりました。父が思春期ニキビに悩んでいたと言っていたので、遺伝もあったのでしょう。

あと不思議なのは、癖っ毛が強くなりました。当時はストレートヘアーが正義で、お金のある子は縮毛矯正をかけている時代でしたので、この癖っ毛が嫌で嫌でしょうがなく、当時はストレートアイロンもなかったのでずっと一つ結びをしていました。

また、O脚も気になり出しました。そしてニキビは絶え間なく増え続けます。私はだんだん鏡を見るのが嫌になってきました。

小学生の時はあんなに綺麗だった身体と顔が、どんどん汚されていくような感覚に陥りました。男子に告白されることも減っていたような気がします。

高校は女子高に入りました。

高校の初めての身体測定。忘れもしません。ずっと164センチ52キロをキープしていたのに、体重が56キロもありました。癖っ毛もますます酷くなり、思春期ニキビはピークを迎えました。気が狂いそうになりました。

私はここで、醜形恐怖の扉を開けてしまったのだと思います。

 

まず、鏡を見ることができなくなりました。とはいっても最低限の身だしなみはしなくてはいけないので、電気をつけない真っ暗な洗面台の中で身だしなみを整えてました。

女子はみんなでトイレに行きますよね。それで他愛もないおしゃべりをしながら手を洗いつつ、鏡を見て髪を直したりリップを塗ったりしますよね。私はそれが一切できなくなりました。

手を洗ってさっとトイレから出て行く私を面白く思ったのか、当時仲良くしていた子に無理矢理鏡を見せられたこともあるな……あれについては今でも許せませんね。

もう高校の3年間は地獄でした。

まず思春期ニキビを治したい。ということで食生活を一気に変えました。

食事には一切油を入れない。肉系のものは全部油を取って調理。お弁当だって油の入ったものは一切なし。お菓子なんて口にしたら怖くて怖くてしょうがありませんでした。これは母に協力してもらいました。ニキビのせいで発狂して学校に行けなくなっていたので、母も協力せざるを得なかったのです。今思うと自分の問題なのに母を巻き込んでしまったと反省してます。

食事に制限があるので、放課後の女子会にも参加出来なくなりました。アイスとかクレープとかスタバとか……とにかくそんなの食べたらニキビ出ちゃう!と避けてました。

もちろん皮膚科にも沢山行きましたが、治りませんでした。ピーリング、沢山したな……親のお金で……

そんな生活を続けて1年程。面白いことを発見しました。

ふと体重計に乗ったら体重が減っていました。油を制限していたので当たり前ですが。

このことに気づいた時の快感。身体がなんだか軽くなった感じ。余分なものがなくなった感じ。とてもとても気持ちよかったんです。

はい、ここが摂食障害の入り口です! 私は更に強迫的な思考になってきました。

 

勉強は当時中の中くらいでしたが、それでは納得いかなくなり、空腹のまま、必死で勉強をするようになりました。そうするとテストで良い点を取れるようになりました。気持ちいい。我慢って、努力ってなんて素晴らしいの。身体も軽いし、勉強も一番。

他のクラスメイトがデブ、ニキビのもとのお菓子を食べながら遊んでいる間に私はこんなにも努力している。結果を出している。こんなに気持ちいいことはなかったです。

運動だって欠かさない。毎日10キロ歩いてました。そしてどんどんガリガリになっていきながら、ひたすら勉強をしてました。

でも、そんな生活続く訳がありません。高3の夏休みくらいから、食べたい気持ち、もう勉強はウンザリな気持ちが膨らんでいきました。疲れてしまったんです。燃え尽きたというか。リスカも始まりました。

自分の中で決めている「食べてはいけないもの」を食べてしまうと自己嫌悪に陥り、登校拒否になりました。身支度をして、制服まで着ているのに、勇気を出して鏡をみるとそこには醜い私の姿が。学校になんていけません。

幸い、出席日数が足りていたことと、成績が良く推薦で大学が決まっていたこともあり、なんとか高校は卒業できました。

18歳になっても鏡はやっぱり見れませんでしたが、大学生はお化粧しなくちゃな、と思い小さい鏡で部分的に自分の顔を見てお化粧してました。多分変な化粧だったんだろうなと今では思います。それはともかく、摂食障害のピークと大学生活が重なってしまいました。

 

ここから地獄の大学生活の始まりです。

大学一年の時の体重は49キロ。身長は166センチです。生理は半年来ていませんでした(ちなみに私の最低体重は46キロです。史上最高記録です。笑)。ご飯はまともに食べてません。この時は完全に摂食障害の嘔吐型になっていて食べ吐きも始めてました。

そんなメンタルで、そんな食生活で……まともに大学に通える訳がありません。私は大学2年生になったあたりで完全に潰れました。

自分は醜い、太っている、頭も悪い、死にたい。自傷行為も止まりませんでした。

完全に壊れた私は毒親である父に殴られたこともあり、一か月だけ精神科に入院しました。

そこで出会った先生や患者さんに恵まれ、少し持ち直しました。

入院中全身を鏡で久々に映してみました。そこにはガリガリな私の姿が。でもそれは、私にとって美しいものでした。

天パをずっと気にしてましたが、この頃になるとストレートヘアー正義な流行りも終わり、周りから「自然な感じのウェーブで可愛い」と言ってもらえるようになり、ヘアセットの仕方の工夫でなんとか見られる髪型が出来るようになったので、天パコンプレックスはあまり表面に出てこなくなりました。

髪型より、ニキビより、とにかく「痩せていることこそ正義だ」と考えが更に極端になっていきました。

 

大学4年の時、毒親であった父が死にました。

そしたら不思議と、強迫的な思考が薄らいでいきました。あいつはどれだけ私を縛りつけていたのでしょうね。

大学に通い、友達とコンビニのお昼ご飯を食べ、帰りにミスドに寄ってドーナツを食べながらくだらない会話をする……そんなたわいない日常がこんなにも楽しいだなんて、私は21歳になるまで知らなかったです。

父が死んだこと。思春期ニキビが落ち着いてきて、食べ物の制限が減ったこと。摂食障害もまあ53から55キロくらいをキープできればいいや!と白黒思考を捨てられたこと。

もちろん精神科に通ったこと。パキシルが効きました。辞める時の離脱症状は本当に辛いですが、パキシルは飲んで良かった薬ですね。

あとあと、みんなで食べるご飯やスイーツのおいしさ、楽しさを知れたのも大きかったんだと思います。大学は友人に恵まれましたしね。

でも、私は今でも醜形恐怖でまともに鏡を見ることが出来ません。痩せ信仰も根深くあり、今でも自分は痩せているのだと「思います」。

思いますというのは摂食障害がぶり返さない様、体重計に乗らないと決めたので、今の自分の体重が分からないのです。でもあばらの骨が浮いているので、痩せているのかなぁと思ってます。

私の摂食障害と醜形恐怖は一生治らないと思います。というか波がありますね。

あんまり気にならない時期は大好きなポテチを食べてますし、気になってしまう時は整形しなきゃ!と美容整形に駆け込んだり(い、いちおう……注射系のものしかやってないですよ)、実際、美容皮膚科には通ってレーザー受けたりしてました。

 

まとまらない文章になってしまいましたが、子供の頃周囲から外見でチヤホヤされたこと、家庭は機能不全家族だった為、自分を大事にすることを覚えられなかったこと、自分の自信のなさを外見の美でなんとか埋めようと足掻いた結果が今の私なんだと思います。外見は分かりやすいですからね。

綺麗にしてれば褒められる。褒められたら、自分が肯定された気持ちになれますから。私がその考えにしがみついてしまいました。

これからもその考え方は抜けないと思います。でも仕方ない。これが私なんだから。

何か他のことで自分を肯定できればいいのですが、そんなのありません。仕事で褒められたり。大好きな人と結婚できたり。久しぶりに会った母親が私に会えて嬉しそうにしていたり。大好きな猫に囲まれた生活もしています。

きっと幸せな生活を私は手に入れました。普通の人ならこれが幸せと言うのかも知れません。

でも、やっぱり私が自分を肯定できるのは、生きててもいいんだと思えるのは、外見を褒められた時だけなんです。我ながらおそろしいです。

私は死ぬまで外見に囚われて生きていくのでしょう。真っ暗な洗面台の鏡に向かっていくのでしょう。

これからは、老化との戦いですね。シワ、シミ、白髪、抜け毛……ああ、またおかしくなりそう。考えないようにしなきゃいけません。最近はアダルトニキビに悩まされてます……

拙い文書を最後まで読んでくださりありがとうございました。


【執筆者】
あみ鳥 さん

【プロフィール】
摂食障害、醜形恐怖、パニック障害


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