周りに合わせて普通に生きていくために、「将来の夢」を押し殺したらうつ病になった

コラム うつ病 ぼく

ぼくの将来の夢はイラストレーターです。小学生の頃、ぼくはそう語っていた。

絵を描くことが何より好きだった。いろんな人の絵を見るのも、友人と見せ合いっこするのも好きだった。友人と一緒に漫画を描いたりもした。

この頃は、親もぼくの絵を褒めてくれたし、色鉛筆を買ってくれたりしていた。

中学生になった。姉の友人で絵が上手い人がいて、その人にとても憧れた。その人は推薦で美術が有名な高校に進んだ。もちろんぼくも進路をそうしようと決めていた。美術の先生に相談したりもした。

しかし母から「そんなもので食べていける人はいないよ。よっぽど才能がないと。ちゃんと将来を考えなさい。」そう言われた。

 

中学で環境も変わり、絵ばかり描いていたぼくは友達作りが下手だった。いじめも多い学校で、危機感を感じたぼくはカメレオンになった。

今まで読んでいた「なかよし」を捨てて「セブンティーン」や「ジュノン」を読み始めた。服にもアイドルにも興味はなかったが、学校という環境で生きていくには、みんなの話題についていかなければいけなかった。休みは遊びに出かけて、プリクラを撮って、カラオケに行った。絵を描くことを辞めてはいなかったが、極端に機会が減った。そしてこの頃ぐらいから、絵を見られるのが恥ずかしくなった。

高校は進学校。人前で絵を描くことは辞めていた。将来の夢はふつうのサラリーウーマンだ。相変わらずカメレオンのまま、世間の流行についていくのに必死だった。この頃には絵を描くのが趣味と、人に言う事すら恥ずかしく感じていた。

大学を卒業後、中学で絵を捨てたぼくは、その頃に新たに目標とした職についた。会社でもカメレオンを貫いた。今までの経験から、人と同じでいる事が生きる術だと信じ込んでいた。

社会人3年目で鬱になった。何をしても楽しくない。興味も湧かない。一月の休暇を貰い、実家に帰った。実家の押入れには小、中、高、大学のころ描いた絵が大量にあった。ぼくはそれを全て縛って「黒歴史だから」と笑って処分した。

 

絵を描く事は生きていく上で必要のない事だと思った。才能がないのだから上手くならない。下手な絵を見られるのは恥ずかしい。その点、カメレオンになる事は生きていく上で必要だ。周りに溶け込めれば、馬鹿にされる事もない、必要としてもらえる。

一月の休暇を終え、同じ職場に戻ってきた。カメレオンに磨きがかかり、自分の気持ちを押し殺すことでなんとか続いている。しかし、もう限界だ。こんなに辛いのはそもそもこの職場がぼくに合っていないからではないか? ぼくが本当にしたい事はいったい何なのだろうか。

小さな頃からずっと続いている唯一の事は絵を描く事だった。どんなにしんどくても、辛くても、鉛筆と紙があれば、何となく絵を描いてしまう。必要のない事だと、才能がないと言い聞かせても何故か描く事は辞められなかった。

「そうか、ぼくは絵が描きたかったのか!」

生きていく上で必要だと思っていた「カメレオンになること」はぼくを苦しめた。必要無いと思っていた「絵を描くこと」はぼくを癒してくれた。黒歴史だなんて傷つけても、ぼくを見捨てずにずっと側にいてくれた。

好きな事を、やりたい事をしたい。他人に認められる為に生きていくのはしんどい。ぼくは、ぼくの為に人生を生きたい。子どもの頃のぼくと今のぼく、求めているものは同じだった。なぜ、忘れていられたのだろうか。

まだ、勇気が出なくて環境を変えるまでには至っていない。

でも、もう大丈夫だ。ぼくには将来の夢がある。癒してくれる存在がある。絵を描くことだ。それが、ぼくをこの苦しみから救ってくれると信じている。


【執筆者】
ぼく さん

【プロフィール】
3年前鬱病を発症。常に生きづらさを抱え生きています。


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