「こころ百科」に関する記事につき、一部不確定な事実に基づく表現がありました、読者の皆様にお詫び申し上げます。

「普通に生きる」とは何か 不登校を経て、通信制高校に編入した先で見つけた答え

コラム 不登校 通信制高校 せいかい

メンヘラ.jpの皆さん初めまして。せいかいと申します。

今では以前に比べ落ち着きましたが、双極性障害Ⅱ型と診断されてかれこれ数年が経ちました。今でもうつ状態になると行き場のない不安に襲われることはあります。

でも、生きてます。来年は成人式です。今は療養とアルバイトの日々です。

 

普通に生きるという事。当たり前のように平日は学校に行き、授業を受け、友達と話し、放課後は部活に精を出す。進学して就職して、人生を充実させる。昔の私ならそうやって答えていたでしょう。恐らく、このサイトの利用者様でもそういった生活をされてきた方は少なくないと思います。

私にはそれが出来ませんでした。

高校に入った私を待ち受けていたのは、行き場のない絶望でした。部活での人間関係のもつれを皮切りに、教師との関係の悪化、家族との不仲...まるで、今までの順調な人生をすべて否定されたようなきっかけが立て続けに起こりました。

何かを求めているわけでもなく、ただ普通に生きたかった。

自分が何をしたというのか、これからどんな罰を受けるというのか。自分を責める日々が続きました。

半年ほど不登校が続いた結果、留年が確定した私は教員の方の勧めでとある通学制の通信制高校に編入することになりました。当初の私は考える気力もなく、ただ黙って授業を受ける毎日でした。本当にすべてが終わってしまった。私の人生はこれで終わりなんだ。そんな思いが私の心を埋め尽くしていました。

そんな時、ある人に声をかけられました。

彼は私よりも五歳ほど年齢が上でした。髪を染め、耳にピアスをいくつも通した彼に声をかけられた時は正直驚きを隠せませんでした。今まで「普通」であろうとしていた私には衝撃的だったからです。しかしその思いも、彼と話しているうちに打ち解けていくことになります。

彼は複雑な環境で生まれ育ち、中学を卒業した後も職を転々としたそうです。ですがこのご時世、高校を出ていないと就職するにしても不便なのでこの年齢から通うことにしたそうです。

私とは何もかもが正反対でした。彼の話を聞く中で、自分の中で死にかけていた思いが再び動き出した気がしました。

私は、今まで何を思いながら生きてきていたのだろう。「普通」という言葉に操られながら、自分自身を見失い、ただ惰性に生きているだけに過ぎなかった。自分よりも大変な環境でも、彼のように人は志を持って生きているんじゃないか。

彼もまた、私の話をよく聞いてくれました。話していく中でも様々な思いが駆け巡り、もう一度自らを見つめなおすきっかけになりました。卒業して二年目に突入しますが、いまだに彼には感謝しきれません。

 

人生において絶対的な「普通」の道なんて存在しません。人は挫折をして、時には道を変えることだってあります。

私もそうでした。ですが、私はこの道を選んでよかったと思ってます。一つの道だけが正しいものとは限りません。辛いときは道を変えるのも一つの手段であり、一つの生き方でもあると私は考えています。

生きていく中で、時に息苦しさを感じる時もあるでしょう。その時は頼ってください。人にでも、ネットにでも。人は頼ってなんぼです、頼られてなんぼです。

どうか、これを読んでくれた方が生きることを諦めませんように。


【執筆者】
せいかい さん

【プロフィール】
どこかの19歳男。双極性障害とバイトと暮らす日々。
Twitter:@seikai_ha_12


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