障害ならすべてを許さないといけませんか? 「きょうだい児」としての苦しみ

体験談 メガ盛り中華丼 きょうだい児

先日はコラムを掲載していただきありがとうございました。前回の投稿では普通に生きられなかった自分がつらい、という話をしましたが、今回はその原因の一つでもある家族の話をさせて頂きます。

【関連記事】
・気付いたら幸せに生きている今 それでも「普通に生きられなかった」コンプレックスが消えない

 

きょうだい児、という言葉があることを先日初めて知りました。

障害のある方の兄弟姉妹を指す言葉だそうで、数年前までこの問題に直面していたわたしは専用の言葉がつけられるほどこの問題が認知されてきたのは喜ばしいことだと思っています。

わたしはまさにこの「きょうだい児」で、4つ下に弟がいます。

この弟は発達障害(詳細は母が教えてくれなかったので不明ですが)と軽度の知的障害を持っており、わたしが中学生になった頃から二次障害として盗癖があります。

 

小学生時代


弟とは同じ小学校に通っていましたが、ある時行事で縦割り班が同じ班だったことがありました。とは言え20人ずつくらいの大きな班で、学年もかなり離れているので基本的には下級生にはノータッチ、のはずでした。

当時の弟は騒がしい場所に行くとはしゃぎ過ぎて奇声を上げ、大人の先生でも抑えるのがやっとなくらい暴れ倒すことがあったのですが、案の定暴れ出した弟をなんとかするためにそばにいた特別学級の先生を呼んだら「お姉ちゃんなんだからなんとかしてよ」と怒られました。

「いや、私は注意したし……暴れてるとこに下手に止めに入ったら自分が怪我するから大人を呼んだだけなんですが……そもそも同じ班じゃなかったら気付きもしなかったんですが……」というのが当時のわたしの本音ですが、とりあえず適当に謝ったことだけは覚えています。

そしてそれを友達に愚痴れば「兄弟なんだし仕方なくない?」「〇〇ちゃんとこもそうやけど文句なんて言わないよ」と、なぜか逆にたしなめられる始末。その〇〇ちゃんにたしなめられるならまだ分かるんですけど、こういう時にこういうこと言ってくるのは大抵部外者なんですよね。

親も「ある程度は仕方ない」「どこのきょうだいだって上の子は下の子の面倒を見ている」みたいな感じでわたしの目の届く範囲にいるときのことは丸投げ、という感じでした。

そんなこんなでわたしはすくすくとひねくれて育ち、小学校高学年になる頃には周りの「△△さんのとこの弟はお姉ちゃんが面倒見てくれるよね」という期待をいつか裏切ってやると固く誓っていました。

 

中学生時代、盗癖の始まり


そしてわたしが中学生の頃、そこから家族が長く苦しめられることになる弟の盗癖が始まります。

盗癖は「某カードゲームで同級生に勝つためにはカードがたくさん要るけれど、親からもらえるお小遣いではほとんど買えず、親戚が少なかった我が家は臨時ボーナスもなかったため遊びについていけなかった」とか、そんな感じの理由で始まりました。

最初はわたしのお小遣いがなくなっているところから。しかし同じく手持ちの少ないわたしの財布からお金を抜いても実入りが悪く、次は母から。母は弟に甘かったので、メインの収入源は長い間母の財布でした。

しかし、母とわたしがお風呂に入る時すら財布を肌身離さず持ち歩くようになり、盗む難易度が格段に上がってしまった弟はついに父の財布に手を出すように。父は母と違って弟に厳しかったので、激烈に怒られるし、しまいには手が出る、典型的な怒ると怖い父親でした。体格も良かったので、さながら野獣といった感じです。

無関係なわたしがトラウマになるくらいあの時の怒っている父親の姿は怖かったので、普通ならそこでやめると思うんですけど、弟は盗癖をやめられませんでした。病気だな、と思いました。

 

高校生時代、盗癖の悪化と弟の性への目覚め


その頃わたしは高校生になり、弟は中学生に。

普通の子と同じように育てたかったらしい母親は弟を部活に入れ、案の定他の子のロッカーを漁っているところを他の保護者の方に見つかり部活に居られなくなりました。

お金を盗むのにも周りがガチガチに対策し過ぎていてなかなか難しかったことで、弟の盗癖は冷蔵庫の中の食材やわたしの引き出しの中に入っている小物、家族の漫画や雑誌に移行。また、盗んでもバレづらい小銭だけを盗むことを覚え、その小銭はゲームセンターのコインゲームに消えて行きました。

家では「アレがない」だとか「コレが壊れた」だとか毎日誰かが発狂するなり暴れるなどしており、知人から「おたくの弟さんが一人でずっとコインゲームやってたんだけど」という報告があって、そのたびに誰の小銭が抜かれたかを確認。「家に居られるのが限界だからもう病院に入れてくれ」と懇願するわたしと、母性なのかなんなのか弟を手放したがらない母とのバトルが始まるという世紀末状態。

そして一番最悪だったのが、弟が思春期に入って女の子に興味を持ち出したこと頃のこと。しかし現実の同年代の女の子からは弟は避けられていたので、興味は二次元へ。他の女の子に無理やり近付くとかしなくて良かったな、と内心安心していましたが、ある日わたしはおぞましいものを目にすることとなります。

B4くらいのサイズのスクラップブック数冊分に渡って、漫画や通販雑誌のカタログなどの下着姿や露出の高い格好をした女性のスクラップが収集されていました。しかもなんというか、そのキャラクターのラインナップが弟より少し年齢層が高めというか、いわゆるお姉さん系/熟女系ばかり。

自意識過剰かもしれませんが、同時期になぜかわたしがトイレに入っている時に偶然を装ってドアを開けてくる奇行があったこともあり、一番身近で年上の女性であるわたしは心から恐怖しました。当時、成長期で身長もぐんぐん伸び、太っていて体の大きかった弟に力に訴えられれば、わたしは絶対に勝てないと思いました。

しかし、わたしが弟を捨てる覚悟を固めている頃、両親は呑気に「色気付く年頃」「女の趣味が渋い」などと笑いながらほざいていて、感覚の麻痺っぷりにますます恐ろしくなりました。

その後、1年以上待ってベッドが空いた山奥の病院に弟は入院しました。高校卒業まで弟が戻ってくることはなかったので、卒業までの約半年間は本当に心穏やかでした。家の中で怒鳴り声や人を殴る時の鈍い音、ものが倒れる音を聞くことなく、お財布を常に肌身離さず持ち歩く必要もなく、部屋に帰るたびに弟が立ち入った形跡を見て不快になることもない。正直、最初からいなかったらどれだけ良かったかと毎日思っていました。

わたしは弟の入院の少し前くらいから今まで、5年ほど弟と口をきいていません。3年ほど実家にも帰っていないので最後の帰省以来顔すらも見ておらず、今何をしているのかも知りません。

 

わたしが実家を出てから


実家を出た後もわたしの帰省と弟の一時帰宅が被っていると母から会話を強制され、拒否するとわたしが怒られていました。

しばらくしてから弟は退院しましたが、その後も盗癖らしき事件があったようで、帰省した際に父から「まだ財布はしっかり持っておけよ」と言われました。高いお金を払って入院させた意味はあったのでしょうか。

また、これらの話をかいつまんで聞かせた相手からは一定確率で「それでもきょうだいなんだから」と気持ちを否定されます。毒親問題でもあるあるだと思うのですが、この家族神話ってなんなんでしょうね。

自分のお金やプライベートスペースを掠取していく人間が家の中に数年間居続けたら、誰だって関わりたくなくなると思うのですが。

 

成人後


現在、わたしは先述の通り弟とは連絡もとらず顔も見ず実家にも帰っていないため、実害は一切ありません。一人暮らしをしていますが、お財布を部屋の中にポンと置いても何も起こらないというのはこんなにもストレスフリーなのだなと実感しています。

しかし、この先も起こり得るであろう問題はたくさんあります。

まず、発達障害には遺伝性があります。実際にそれできょうだい児の方の結婚が破談になったという話も耳にします。

わたしの将来の夢は、怒鳴り声のない、リラックスできる家で信頼できる人を家族と呼び、その人と一緒に暮らしていくことです。完全に自分の育った家が真反対だから家族というものに憧れがあるのが見え見えな夢ですが、弟と血が繋がっているというだけでそれすら叶わない可能性があると考えると気が狂いそうになります。

それに、もし両親が亡くなって障害を持つ家族が自立できない状況にあれば、まず間違いなくきょうだいは援助を求められます。もしきょうだいが犯罪を犯せば間違いなく家族は何をしていたんだと叩かれるでしょう。

もしそうなった時、わたしが結婚していればその相手にも迷惑がかかることになります。そこまで覚悟の上で結婚してくれる人がどれだけいるでしょうか。

障害を持つお子さんのご両親は、子供がそういったハンディキャップを持って生まれてくる可能性も覚悟なさった上で産んで子育てをされているかと思います。

しかし、きょうだいはちがいます。気が付いたら生まれていた、もしくは自分が生まれた時にはすでにそこにいただけです。

なんの覚悟もできていない状態でお世話を押し付けられても、きょうだいから何をされても、人生の可能性が狭まっても、一生リスクがつきまとったとしても、きょうだい児は障害の当事者のことを助けなければいけないのでしょうか?

一生許せないと思ってしまうわたしは薄情な悪人ですか?

最後に、メンヘラや発達障害と同じようにきょうだい児という言葉がもっと一般的になり、きょうだい児のケアにももっと世間の関心が向けられればと心から願っています。

 

【関連記事】
・放置された「きょうだい児」の末路  「大変な子」によって見過ごされるきょうだい児の困難

 



【執筆者】
メガ盛り中華丼 さん

【プロフィール】
身辺がごたついたりしていましたが、基本的には陽気なオタク。
きれいなものと美味しいものが好きです。

Twitter:@give_me_Q_Sai_


募集

メンヘラ.jpでは、体験談・エッセイなどの読者投稿を募集しています。
応募はこちらから

メンヘラjp公式ツイッターはこちらから

この記事のカテゴリ・タグ

体験談 メガ盛り中華丼 きょうだい児
このエントリーをはてなブックマークに追加

6件のコメント

塩焼き 返信

はじめまして。
この記事で『きょうだい児』という言葉をはじめて知りました。このような言葉があったとは知らなかったですし、はじめて知って世間がこの問題を認識してるのだなと嬉しく思いました。
私は一卵性双生児で、妹です。双子の姉が発達障害を持っていて、今でも頭を悩ませる存在です。私は今高校生なのですが中学2年生まで姉は普通学級に在籍してました。姉は言動が少し人とは違い、残念ながらまわりは発達障害を持っているのだとわかってしまいます。
私は昔から親から姉を面倒見るように教育されました。でも障害を持っているからといって同い年で、しかも姉の面倒を見るのは未だにもやもやします。
“しかし、きょうだいはちがいます。気が付いたら生まれていた、もしくは自分が生まれた時にはすでにそこにいただけです。”
引用させていただきました。ここが私の思っていたもやもやだったと気付くことができました。なんでこんな理不尽なんだろうと思ってしまいます。
もっと『きょうだい児』という言葉が広まることを願います。この記事を書いてくださりありがとうございました。

よしつね 返信

こんな胸くそ悪い記事、目を通すんじゃなかったと激しく後悔してます。

よしつね 返信

もう一言いわせてもらいます。
あなたの不安は理解できますが、入院している弟さんの気持ちをあなたはネガティブにしか感じられてない、考えられない、とにかく「私は被害者です」と言うことしか考えていない。
弟さんは強制入院にせよ、任意入院せよ、弟さんの中に罪悪感などの気持ちがないとは思えません。精神科の入院病棟は病院や診断にもよりますが、留置場のように自由が制限されます。犯罪によって入った留置場ではなく、入院ということに同意した弟さんに、苦しみや悲しみ、寂しさが無かったとでも思っているのでしょうか。
あなたのような被害者意識にとらわれた人間も、およそまともとは言えません。

そしてなによりこんなコラムを選んで掲載するメンヘラ.jp運営(管理者)にも疑問と怒りしか湧いてこないですね。

通りすがり 返信

うちの次男が発達障害できょうだい児が二人います。
まずはご両親の勉強不足だと思います。軽度だから楽ってわけじゃないんです。地域に参加させたいのならトラブルだってたくさんあります。弟さんの特性をしっかり理解して、このような場面ではこんな行動をしてしまう、と先生方に伝えることは必要だったし、迷惑をかけそうなら行事は欠席させるといった決断もしなくちゃいけなかったと思います。

あなたも今まで大変でしたね。だけどちゃんと療育されなかった弟さんはもっと苦しんでいると思います。
あなたがこれからのことを心配しているならもう少し知識をつけて対応してあげてください。犯罪を犯すのは障害者だけではないです
よ。

通りすがり 返信

うちでは将来は面倒見てね。なんて絶対に言いませんが、ご両親と一度しっかり話して見た方がいいですよね。どうするつもりでいるのか。

面倒を見たくないでしょうけど、どんな福祉サービスがあるかとか知っていても損はしないと思います。

別の通りすがり 返信

同じ保護されるべき子供なのに血が繋がっているというだけで
大人の振る舞いを要求され、受容できる事以上の負荷をかけられて大変でしたね
今は心穏やかに過ごされているようで幸いです

私はあなたを薄情な悪人だと思いませんよ
他人に危害を加えられたら怒っていいんです。許せなかったら許さなくていいんです
相手が誰であろうが関係ありません
あなたの人生はあなただけのものです
あなたが不幸になる事を強要されるいわれはない

コメントを残す

返信をキャンセル
返信先コメント