「こころ百科」に関する記事につき、一部不確定な事実に基づく表現がありました、読者の皆様にお詫び申し上げます。

宇宙人のような両親の元に生まれた私が、なんとか人間的な生活を取り戻すまで

コラム 文系@依存体質

物心ついた頃から、わたしの世界の80%はとある新興宗教に侵されていた。

母も父も祖父母の代からその宗教に入っており、わたしは三代目。母について回る宗教活動で好きなアニメが見れないことなんか日常茶飯事だったし、宗教活動で帰りが遅くなるとよくママチャリの後ろで寝落ちしていた。それがわたしの幼稚園時代の日常。

今でこそアクティブでだらしないわたしだが、母はなぜかわたしのことを大人しくて親の言うことをよく聞くいい子だとはなから勘違いしていたので、小さい頃から4、5年上の勉強教材で勉強することは普通だったし、習い事は週5日だったし、親に口答えはしなかったし、一日の時間割りを30分単位で円グラフに記載してそれ通りに日常をこなす異常な子供だった。

小学校2年生で待望の妹が生まれたが、彼女は生まれつき身体が弱く、そして非常に攻撃的な性格をしていたので、牛乳ですら銘柄指定をして、夕飯のメニューは彼女の食べたいものだけだった。ちなみにわたしは高校生からお弁当を持たせてもらったが、好物をいれてもらったことは一度もない。

 

悲劇だったのはわたしが小学校三年生の頃。ヒステリックで躁鬱でアスペな母親に耐えかねて父が浮気をした。浮気をするまではよかったが、父はその話をなんと小学生のわたしに全部相談をするという奇行にでた。

母は父の浮気にヒステリーを起こしてわたしに八つ当たりするし、のんきな父は「結婚を焦るアラサーの浮気相手の家でグラタンを食べたので舌を火傷した」なんてつらつらとわたしに語る。酒を覚えたのもそのときで、やたら浮気相手の話をしたがる父について小料理屋に行った際、梅酒を飲まされたのが最初だったと思う。浮気相手とは一度電話で話をしたが、この話は知人に話すと驚かれる。

無事父が浮気相手と別れて、しばらくは平和な家族でいられたのも束の間。手のかかる妹と対照的に良い子のわたしは放置される一方で、もちろん学校ではいじめに遭っていたし、母親は宗教雑誌をめくりながら煎餅を食べている姿しか記憶に残っておらず、話を聞いてもらったことなどない。

今でこそ驚かれるが当時は少食でおとなしく地味だったので、本当は派手でおしゃべりなわたしは相当ストレスを溜めていたのだと思う。小学校高学年になると不眠症になった。

 

中学校に上がると睡眠障害は悪化し、昼夜逆転したところになぜか父親がネットとパソコンを与えた。昼過ぎに起床して、仏壇に険しい顔で題目を唱える母親に泣きながら謝って登校する毎日。崩壊は目の前だった。

高校目前で妹がお受験。アスペ気質の妹は周囲と馴染めず、悲惨なお受験だった。母親は全エネルギーを妹に傾けてくれたので、お陰さまでたくさんリストカットとODができた。薬は最高で200錠溜めた。

高校一年生で精神科に入院。退院後もなかなか登校できず、結局中退した。ちなみに入院した理由は援助交際。当時レイプで初体験を終えたわたしは、この世にはセックスという素晴らしい快楽と金銭をもたらしてくれるおじさんがたくさんいることを知ったばかりだったので、のめりこんでいた。

退院後は両親が「働かざる者食うべからず」と言うので、一日に薬を50錠飲みながらアルバイトをした。成人してからは「そんなに友達と遊べるなら家に金をいれろ」と言うので、やっと手にした自由を渋りながら家に金を入れたけれど、20歳をゆうに越えた現在の妹は高級シャンプーは買うし宗教仲間と焼き肉は行けど家にびた一文もいれず、学費も払ってもらっているようだ。悪いがクソみたいな人間になってそのうち人生に絶望することを願っている。

23歳のときに社員登用試験に受かり就職。24歳のときに結婚した。被虐待サバイバーの男性だったので、これから先はつらいことも分かち合って生きていけるかと思ったが見当違いだったみたいで、じきにわたしは出会い系で男漁りを始めた。家事はなにもせず、会社はやめた。

30歳で離婚。セックス依存症のわたしは何度か危ない目にも遇った。それこそ死にたくて出会い系で出会っていたのかもしれない。

 

その頃、出会い系で山登りという共通の趣味がきっかけになり、とある男性と出会った。ラインは他8人と同時に連絡しているなかで圧倒的につまらなく、なんとなく文芸出版社でたばこを吸いながら仕事をしているイメージだった。離婚の翌月、なぜかその男性が一人暮しをするわたしのアパートに転がり込んできた。

どうせ身体目当てだろ、と思っていると、毎日帰って来て腕枕をしてくれる。夜中まで延々話を聞いてくれて食費をくれ、そのうち二人で住むマンションを契約してきた。

それが今の夫で、当時アル中と買い物依存症とセックス依存症でもうソープに落ちるしか生きる道はないと心を失いかけていたわたしを、彼は毛布のように温かくくるんでくれた。

現在、両親とは絶縁している。貧乏だからとブラジャーも買ってもらえず、それでも我慢していたし、社会人になってからはなけなしの金を家に入れていたが、ここ最近宗教に1000万円寄付したと聞いたら馬鹿馬鹿しくなったので連絡することはやめた。どうせ期待しても裏切られるのだ。新居の住所も知らせていないし、結婚したことも知らせていない。

わたしは今、専業主婦で毎日服薬と散歩と家事とアニメ鑑賞と夫とのふれあいで一日が終わる。とても退屈だけれど、とても幸せだ。次の目標はアルバイトをすることだ。


【執筆者】
文系@依存体質 さん

【プロフィール】
メンヘラ歴20年、双極性感情障害1型、ボーダー、たまに摂食、アル中、買い物依存症、元セックス依存症、現在自宅療養中
Twitter:@WZTiPcgbPAGTCYy


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