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予備校の転校、知り合いとの問答…そして私が気づいた「大学に行く」ということの意味

コラム 大学受験

皆さん、お久しぶりでございます。悠です。

前回のコラムを書いてからかれこれ1ヶ月経ちました。私にも色々な出来事があり、ゆとりが出て来ました。

そこで感じたこと、思ったことを綴りたいと思います。

 

1.お医者さんの一言から、転学へ

6月の下旬でしょうか、かかりつけの精神科に行く機会がありました。そこで私はある種の覚悟を持っていました。それは「お医者さんに『もう予備校が辛くて行きたくない』ということを伝える、それがダメなら腹をくくって、今の予備校で勉強する」というものでした。

前回のコラムで述べたように、私は予備校に行きたくなく、辞めたいと思っていました。しかし、親に言う勇気がなくダラダラと時間が過ぎていきました。そんな中で精神科に行く機会があり、お医者さんを通して今の気持ちを伝えようと決めたのです。

そして当日、都市部から外れたところにある精神科に母親と共に行ったのです。行きの車の中ではこんなことを母親と話しました。

母「今の予備校、つらい?」
私「まあ、つらいよ」
母「だけど、頑張らないとねえ」
私「うん・・・(車窓の風景を見て棒読みのように言う)」
母「今日はさ、お医者さんに言えるからさ、いろんなこと、いいなよ」
私「うん・・・(『わかっているよ』と思いつつ車窓の風景を眺めている)」

精神科につき、臨床心理士の方とのカウンセリングを済ませ、いよいよ診察の時が来ました。お医者さんと視線が合うと挨拶もそこそこに会話が始まりました。

医者「最近、どう?」
私「まあ、ええと、ちょっと予備校の方がきつくて…」
母「この子、実は予備校の勉強が辛くて途中で帰ることもあって、本人に聞いてもつらそうな感じで言って・・・(母親の話が数分続く)」
医者「で、〇〇(私の名前)くんはどう思っているの?」

ここで私はようやく、主張を述べる機会を得ました。

私「まあ、辛くて、もう疲れて、授業のレベルも高いし…」
母「まあ、数年間サボってきたからね(高校に馴染めず、私が数年間勉強をしてこなかったことをイジる)」
私「それで…」
母「もう辞めたいの?」
私「(まさか母親がこんなことを言うとは思わず、驚きつつ)ええ、まあ、うん」
医者「じゃあさあ、だったら教科書とか、そう言うレベルのところからさ、英語とか数学とか、始めたらどうかな。今のことを聞いていると、基礎をしっかりやる方が〇〇くんに合っていると思うよ」

そのあと数分のやりとりが続き(詳細は忘れました)、薬の処方などの話をした後、診察は終わりました。終わった後、待合室で母親が「やっぱし基礎からやり直せるコースに変えたらいいじゃないの」と言うのを聞き、私は通っている予備校の学校法人が運営する不登校・高校中退者向けの予備校があることを思い出しました。

そうして私は家に帰った後、チューターさんと相談。そして、その転校先の予備校とも連絡を取り、何度も手続きや面談、体験授業を受け、7月上旬、無事私は転校しました。

転校先の予備校は文字通り「自由」なところでした。授業を受けなくてもいい、自分のペースで勉強できる空間がそこにはあり、私はホッとしました。

しかし、それでも私はまだ、心に引っかかる何かがありました。それは「なぜ大学にいくのか」ということ。私はそれに対して明確な答えを出すことができなかったのです。

 

2.「それ、北大じゃなくても、いいよね」。知り合いとの問答

予備校を転校してから一週間、私は焦っていました。6月まで全く勉強していない。もうそろそろ志望校を決めて勉強しなければならない。しかし、学びたいものが見当たらない。どうすれば?

私は必死で学部を調べました。そして北大の総合入試理系というところを第1志望校にしたのです。北大は旧帝大の一つであり、死ぬ気で勉強しないと合格できません。勉強しなければならない量も必然的に多くなります。

そして、私は絶望しました。その勉強量が余りにも多く、こなすことが無理だと思ったからです。

人間、絶望すると、悪い方向に思考が向いてしまいます。マナー違反する人の動画の度を超えるコメントを見てはげんなりし、ツイッター上の政治の話を見てげんなりし、生きる意味を考えてげんなりし、ため息が多くなり、何もかもが暗く見えたのです。このコラムを書く直前も、私は憂鬱としていました。

思わず下り電車に乗った私は、かつて通っていた高校の最寄り駅に降りていました。そして、なぜか私は高校生時代に知り合った市議会議員の方に電話をかけて「会いたい」と言ったのです。その方は「午後なら大丈夫だ」と言い、会う約束をしてくれました。空き時間に母校に行き、挨拶を済ませ、待ち合わせ場所に身を移り、知り合いの方と私は会いました。知り合いの方は「急に来て何があったの?」と私に問いかけました。

私は「北大を志望校にしたこと」「そこにいくための勉強量が多くて絶望したこと」「その影響で精神的に不安定になっていること」を伝えました。知り合いの方は私が話すことに区切りがさす度に「困ったもんだなあ」と言い、沈黙して、車の運転をしていました。

昼食を済ませ、気がついたら、ホームセンターに着いていました。そこにあるフードコートで知り合いの方と私は飲み物を買い、座って話し合いました。

知り合い「それで、悠くんはどうして北大を志望したんだい?」
私「いやあ、まだ学びたいことが決まっていなくて、そこで良い入試制度※を見つけて、旧帝大の国公立だし、いいかなと思って(※総合入試で合格した学生は二年次から各学部に所属することになっている)」
知り合い「そうだね・・・でも、いつかは専攻を決めないといけないよ」
私「ええ、そうなんですけど・・・」
知り合い「それに、他にもそのような募集をする大学もあるよね」
私「まあ、ありますが・・・」
知り合い「だったらそれ、北大じゃなくても、いいよね。私が聞いていて思ったことはそれなの」
私「そうですけど・・・」

その後も色々と話しました。

・そもそも興味がある学問がないと大学で学ぶのは厳しい
・理数科を卒業したからと言って、文系に進んではいけないルールはない(森鴎外だって医者兼文学者だった)
・今の所、私は経済学や社会学に興味がある
・受験勉強と並行して、本を読んで学びたい学問を決めたらどうだろう(知り合いの助言)
・近代経済学とマルクス経済学を両方とも学べるところは少ない
・経済学でも数学を生かせる数量経済学などがある
・まずは本を読んで、本当に学びたい学問を見つけたい

・・・など、話した内容としては、箇条書きで整理するとこういった内容になります。そうしているうちに私は駅前広場で知り合いの方と別れました。

私は、自分が学びたいことを無視して志望校を決めていたことに気づいたのです。ブランドや名前、レベルで大学を判断していたのです。しかも無自覚に。

実際、それでなんとなくレベルの高い大学に入り、留年や休学、退学した学生もいると知り合いの方は話してくれました。実際、知り合いの方の甥は一年間大学に通わず「なぜ、この学科を選んだのか?」と考えていたようです。

自分に正直になることから逃げて、私は勝手に苦しんでいたことに気がつきました。

 

3.最後に

そして今、私は本を読むために図書館を探しています。学ぶ学問を見つけたい。自分を専門化するために他を切り捨ててもいいような、そういう学問を見つけたい。その一心で、図書館を探しています。そして、図書館にたどり着いたら、本を数冊借りて読もうと考えています。

今このコラムを読んでいる方、特に浪人生を始めとする受験生に私から、問いかけをして終えたいと思います。

「貴方が行きたい(もしくは行った)大学に学びたい(学びたかった)ものはあります(ありました)か?」

私も考え始めたところです。自分の答えは持っていません。

このコラムがそれぞれの自分なりの答えを出すきっかけになればいいなと思います。
最後までご覧いただきありがとうございました。


【執筆者】
悠 さん

【プロフィール】
色々あって、予備校を転校し、ゆとりある(?)受験生生活を送っています。


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