発達障害といじめ 被害者と加害者の両方を経験した自分の場合

体験談 いじめ 人間関係 ADHD(注意欠如多動性障害) わとりん

筆者は発達障害と診断されて久しいが、実際に診断を下されたのは二十歳を過ぎてからのことであった。

今にして思えば、中高生時代から発達障害の基質によって様々なモンダイ行動を起こしていたように思える。そういったこともあってか、中高生時代の筆者はいじめられっ子であった。

イジメはたしかに酷いとは思うが、筆者の場合は、今にして思うとイジメられる原因が多数あったと思う。

 

イジメられた原因

まず1つ目は、空気が全く読めないことだ。友達の輪の中ではゲームの話をしているのに、突然宿題の話をしだすようなことを度々行っていた。会話の文脈を読むことができなかったのだ。

他にも、みんなが静かにしている中で、一人はしゃいで大声を出しておしゃべりを始めたりするような子で、一度、クラスのリーダー的存在の子に首を絞められ「いい加減にしろ」と怒られたことがある。当時は何が悪かったのか理解できなかった。おそらく理解できなかったのは僕だけであろう。

2つ目は、落ち着きの無さである。試験中は特にひどく、貧乏ゆすりをしたり、異音を出したり、独り言をボソボソしゃべっていたり、隣の席の子からしたらストレスの溜まる隣人であっただろう。

3つ目は、鈍感なことである。1つ目に挙げた気質と似た分類であるが、ここでいう鈍感とは「他人の心」に対して鈍感であるという意味だ。とにかく他人の気持ちがわからない子であった。

誰かが少年時代の筆者に「これは面白いよ」と勧めてくれても「つまらない」の一言で一蹴したり、自分は「バカ」だの「クズ」だの「死ね」だの言われることは嫌なくせに、他人には平気でそういうことを言ってしまうような、他人の気持ちに思いを馳せず自分勝手な振る舞いをすることが多い子であった。

いくつかの事例を上げたが、発達障害の典型的な特徴のものもあるだろう。ただし、このような特徴で筆者自身は困ることはなく、むしろ周囲の人間が苦しめられていたと思う。その結果、イジメられているのだから、因果応報と言われても仕方がないかもしれない。

 

イジメる側でもあった

ここまで読むといじめられっ子のかわいそうな筆者という印象が湧くかもしれないが、実は筆者はイジメる側でもあった。しかも当人はイジメているという自覚がなく、どちらかというと「みんながやっていることを自分もやっている」という感覚に近かった。

そもそもイジメられている筆者は、中高生時代、イジメられているという自覚がなかった。人間関係とはそういうものだと思っていた。暴力の伴わない人間関係を知らなかったのだ。

だからオタクをイジメたし、自閉っぽい子をイジメた。具体的には「お前らなんかに人権はないよ」とか言いながら彼らの筆記用具を隠したり、当時は学校の持ち込みが禁止されていた携帯電話をカバンの中から取り出して先生に渡すなど、今から思えばかなり苛烈なイジメをしていた。

特定の誰かというより、隙を見せた人に対してそういった行為を行っていた。また、誰かがイジメているところに乗じてイジメを行ったりしていた。

他人に対する共感性の希薄さがゆえの行動であると思う。これでは自分もイジメられるわけである。

 

大学に進学してから

そんなイジメられっ子少年の筆者だが、大学に進学してから少し変わった。ノート取りのようなことは相変わらず苦手であったが、落ち着きの無さはほとんどなくなり、ある程度空気を読んだり、他人に対する共感能力も少しは向上したためか、イジメられたり無視されたりするようなことはなく、サークルなどでは明るい大学生活を送っていた。

しかし、他人との距離感がよく分からず、そんなに親しいわけでもないのに親しげに話したり、親しくなると喧嘩腰になったり、人間関係に難がなかったわけではない。

極めつけに、サークル費を紛失するという事態をやらかしてしまったことは今思い出しても嫌気が差す。サークルでは庶務という立場でサークル関係の書類を管理したりサークルの行事を企画したりしたのだが、必要な手続きを忘れたり、先にも述べたお金の管理が杜撰であったりした。決して発達障害では無くなったわけではなかったのだ。

 

イジメが無くなってから

イジメのないコミュニティに入ってから困ったことがある。筆者はイジめる・イジメられる以外のコミュニケーションを知らない。だからイジメられていないとそのコミュニティに所属しているかどうかがわからない。コミュニティから疎外されている錯覚に陥る。

そこで筆者がとった行動は、「いじられキャラ」になることだった。昔からテレビは殆ど見ないためお笑い芸人などを知らないのだが、出川哲朗だけは知っていた。いろんなチャレンジをして痛烈な失敗をしてみんなを笑わせる、そんな印象があったのでそれを真似てみた。オーバーリアクションをすることも覚えた。

具体的には、飲み会等でわざとわさびの大盛りを食べて苦しんでみせたり、自分の辛い恋愛話をしてみて悲しんでみたり、そんなことである。しかし、そんなものは一過性の人気に過ぎない。もっと面白いものが現れたら、一瞬で興味を失われる。その時、孤独を覚える。

 

時々思うのだ。

発達障害がなければ、もっとまともな対人関係を築くことができ、中高生時代もちゃんとした友達関係を作ることができ、もっといい大学にも行くこともでき、大学も精神を壊すこと無く充実した大学生活を送ることができ、就職活動も順調にでき、就職しても精神を病むこと無く働き続け、今頃は家庭を持って子供の一人くらい養っていたのではなかったのだろうか…と。


【執筆者】
わとりん さん

【プロフィール】
中高生の時から「周りの人となにかおかしいな?」と思いながらもなんとか高校を卒業。大学生の時にメンタル不調を自覚。ADHD・統合失調症と診断され治療を開始。その後就職するも、150h残業でメンタルが爆発四散して入院。双極性障害と診断される。気がついたら借金まみれになっていてお先真っ暗な感じでもなんとか生きています。

Twitter:@wtwtringring


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