生きるために「社会から必要とされる」必要はない

コラム 希死念慮 芋虫

はじめまして芋虫と申します。

かつての私と同じように「私は社会から必要とされていない」「だから自分なんか死ぬべきだ」と、そんな風に考えている方へのメッセージとして投稿させていただきます。

 

本題に入る前に、まず「社会」の定義からはじめたいと思います。

この投稿における社会は社会全体を指しています。定義をしたのは、一対一の友人関係などの微小なコミュニティも社会と捉えることが可能なためです。

 

では本題に入ります。

以前、私は自分が社会から必要とされていないと考え、それゆえに死ぬべきだと考えて、希死念慮に苛まれつづけておりました。

アルバイトで仕事をしてもをしても中々うまく行かず、大学も大量のグループワークに嫌気がさし行かなくなり、当然、単位も落としまくっていました。

アルバイトすらこなせない。就職なぞ夢のまた夢。社会には必要ない存在。私より置き物のほうが空間や鑑賞する人を楽しませるから私より遥かに社会の役に立っている。その点私は必要とされる所もないし、早く死なねばいい。そんな風に考える日々が続いていました。通院もしており、薬を服用する日々です。

私は考えることが好きです。何故ならば、考えるだけならいくらでも好き勝手に考えることが可能なためです。なのでよく興味や疑問を持ったことについて考えているのですが、ある時、

「私は社会に必要とされていないと考えているけれども、果たして本当にそうなのか」

という疑問が浮かびました。

 

色々と考えを深めていくと、そもそも「私が必要かどうか」という判断を、当の社会から下されていない、ということに気が付きました。

例を挙げると、

「アルバイトの採用試験落ちたから社会から必要とされていない」

といった考えがありますが、それについてよくよく考えてみると、アルバイトの職場という社会を構成する微小なコミュニティから必要されていなかっただけで、社会全体から必要とされいないという宣告をされたとは判断できません。

そのように考えていくと、別に私は「必要とされていない」と社会全体からなにか判断を下されたわけではないということに気がつきました。

 

では、「私は社会に必要ない」と判断しているのは誰なのでしょうか??

お気付きの方もいらっしゃることかと思いますが、紛いもなく自分自身です。

 

そして、驚くべきことに

「社会から必要とされる」ことはそもそも生きる上で必要ではない

という結論に至りました。必要かどうか、それは誰にも判断できない為です。

「社会から必要とされる」ことが生きる上で必要ではないならば、必要でないことを告げているのは自分自身ですよといったところでしょうか。

社会から必要とされなければ死なないといけない、そんなことは決してありません。

 

それでも社会に必要とされる必要があるんだ!と思ってしまう方へ向けて、

ここからは必要性に関して記述します。

結論から言うと、生きているだけで社会における刺激として存在なので、必要性があります。

家から出ていないから社会の刺激になんてなってねえよって思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、その場合でも生きている限り、食事は確実にします。食事を摂ることで、いち消費者としての刺激を特に食事を生産する側へ与えているわけです。生産する側からすれば、消費者がいなければ生産は成り立ちません。

実感は薄いかもしれませんが、生きている間に誰しもが、社会に何らかの刺激を与えているはずです。

 

色々記述しましたが兎に角、

「社会から必要とされる必要がない」

これが私の伝えたいことです。

もしこの投稿が現代文の文章で”筆者の最も伝えたいことは何でしょう?”みたいな問題があった場合、それが答えになります。

 

なんて考えていたら、希死念慮も大分治ってきました。
(もちろん通院し、服薬もあってのことかと思いますが)

 

私個人の見解なので、様々思うところがあると思います。

どうか真に受けず、もし良いなと思った場合、参考までにお願いいたします。

長々とお読み下さり、ありがとうございました。

読んでくださった全ての方へ心より感謝申し上げます。


【執筆者】
芋虫 さん

【プロフィール】
発達が非定型な学生。

二次ってましたが何とか寛解しつつあります。

興味関心の赴くままに生きています。


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2件のコメント

返信


興味関心の赴くまま生きてます、印象的でした。

返信

なるほど、と思いました。

「生き甲斐なくても、生きていける」
これは私がある方に質問した時、
返ってきた言葉です。

芋虫さんの考えと似ているかな、と思いました。
 

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