自己肯定感を低める思考パターンを変えるために

体験談 自己肯定感 芋虫

こんにちは。芋虫です。

世の中の様々な物事にはそのひとつひとつに対してさまざまな視点の捉え方があります。

我々はその視点のうちの1つを自身の視点からの考えと思うわけですが、「その視点」が正しいかどうかは必ずしもわかりません。そもそも視点に正解はないのではないでしょうか?

私の実体験から挙げましょう。

私は幼少期、様々な人から怒鳴られることが多かったのですが、

たくさん怒鳴られることで

「怒鳴られるということは私はダメな人間なんだ」

と日に日に思うようになりました。

誰かに決められたわけではないのにも関わらず、です。

幼少期の私の場合、

『怒鳴られた→私はダメ人間』

の思考で終わってしまい、自己肯定感はどんどん低下する一方でした。

しかしながら、たけき者もついには滅びぬ、です。

あることに気づき、私のことを強く苦しめてきた、

『怒られた→私はダメ人間』

というこの思考パターンもついに終焉を迎えることになります。

それは、視点を変える思考です。

『怒られた→ダメ人間』と思うこの思考も

捉え方を変えることで、「口頭で怒られただけで済んだラッキー」と捉えることもできます。

ダメ人間という捉え方は否定していませんよ。

 

でもどうせなら自己肯定感をなくすイヤな考え方はしたくないなと思うわけです。

「怒られたからクソ人間」と捉えるとどうなるでしょうか、「クソ人間だし生きている価値がない」という方向にどんどんと向かっていきませんか?自身の落ち度でない部分まで責めてしまいがちではないしょうか?

例えば、怒られたことを『口頭で怒られただけで済んだからラッキー』と捉えれば、自身を責めすぎずに済みます。

おまけに自身を責めすぎないことで、冷静になぜ相手が怒ったかについて考えることが出来やすくなるのではないかと思います。

もちろん怒られたという行動には何かきっかけがあるはずです。(そのきっかけが自身によるものでもあれば、相手によるものもあると思います。)

冷静に考えることで、きっかけが自身によるものであれば自身の行動に気をつけることが出来、もし相手そのものがきっかけであれば“怒られたこと”をあまり気に留めずに済むこともできるかもしれません。

マイナスな視点から捉えることで冷静に考える可能性を阻み、自身ばかり責めてしまうのはあまりにも酷であり自己肯定感は下がる一方なのではないでしょうか。

…といった視点からの捉え方もあるのではないでしょうか?

これらもアイデアの一例です。

と記述している私自身もなかなかさまざまな視点から考えられていません。とても難しいです。しかし今では自身を責めすぎないようにしようとは思えるようになりました。

さまざまな視点からを客観的に物事を捉えることができるようになり、

自分自身をより肯定してあげられるようになりたいものです。



【執筆者】
芋虫 さん

【プロフィール】
発達が非定型な学生。
二次ってましたが何とか寛解しつつあります。
興味関心の赴くままに生きています。

twitter : @n70nn7

note: https://note.mu/lmomushi


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1件のコメント

関次 返信

素晴らしい。最高だよあんた。

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